W.E.Sガリヴァー 〜未知なる世界への旅〜

芳川見浪

第一章

第1話 故郷への長い旅 ①

 大きな破砕音と衝撃がリオを襲う。あまりの衝撃に耐え切れずその場に膝を付いて何とか耐えきる。重力制御装置が機能停止したらしく、足が床を離れて身体全体が浮遊しバランスを崩しそうになった。

 直ぐに重力制御装置が機能回復したので大事には至らなかったのが幸いだ。


 だがホッとするのも束の間、突然背後から「きゃあああ」という悲鳴が聞こえてきて心臓が凍りつくような衝撃を受ける。

 後ろにあるのは客船のロビー、ついさっきまで友人と談笑していた場所だ。振り返って開け放たれたドアから中の様子を遠目に見ると、そこにはさっきまで無かった異物が混じりこんでいた。


 硬い甲羅のようなものを背負い、足は節足動物なのか十本以上ある。見た目だけならコガネムシに近い。二本の触覚のようなものを巧みに使って逃げ惑う人々を一人ずつ突き刺しては口元に運んでバリバリ食べている。


「大変だ、助けないと!」


 まだ生存者がいて助けを求めている。込み上げる使命感に任せて走り出そうとするのだが、そんな決意も虚しく、足を向けた瞬間に隔壁が下りてロビーと断絶され、更にロビーの隔壁が一つ解放、中の人間ごと敵性生物がエーテル界に放り出された。



――――――――――――――――――――



「ぐ、ここは」

「目が覚めたんですね、どこか痛いところはありますか?」


 ジクジクと痛む頭と共に目を開けると、視界一杯に可愛いらしい少女の顔が広がった。ここは天国なのかと思いつつ、ゆっくり身体を起こす。


「大丈夫ですか?」

「頭が少し痛む以外は……いや背中も痛いな」

「頭を打ったのだから無理もありません、背中の方は、固い床で寝ていたからですね」


 言われて見れば確かに、どうやら自分は床で寝ていたらしい。どちらかと言えばベッド派な自分がどうしてと思いながら視線は周りへ。

 床で寝ていたのも当然で、ここは部屋ではなく狭いシャトルの中だった。


「シャトル? なんで……いや、そうだ、乗ってた船が襲撃されて」

「どうやら記憶障害があるみたいですね、自分の名前はわかりますか? 出身は?」

「俺は……リオ・進藤、日本人で、そう確か魔法留学のために異世界アルファースへ向かってたんだ」

「いい調子です、ボクの事はわかりますか? アルファース行きの船の中で会っているんですよ」

「君は」 


 さっきから気にかけてくれている少女をじっくり観察する。透き通るようなネイビーアッシュの髪は一本にまとめ、あどけない少女のような顔からはどこか不思議な年季も感じる。何より純白の白衣を着ている事から彼女の職業を察する事ができた。

 そしてそれを認識したと同時に彼女との出会いを思い出した。 


「君はドクター、俺の健康診断をしてくれた」

「そうですそうです。ボク達が乗っていた船は謎の生物に襲われて撃沈しました。幸いボク達三人は脱出シャトルで逃げる事ができましたが、コースから外れてしまってエーテル界を漂流している状態です」

「思い出した、あの虫みたいな奴に襲われたんだ」

「はい。まあ今はエンジントラブルで動けないのですけど」

「それってヤバいんじゃないか?」

「でもヒデさんがエンジンを直しに行ってくれてるから大丈夫だと思います」

「ヒデさんて?」

「ドワーフの方です……噂をすればですね」


 タイミングが良く、そのヒデさんが整備ボックス片手に床下から現れる。

 ヒデさんの身長は低く一四〇センチメートル程、髪は無くツルツルしている。ドワーフと呼ばれる種族だ。ドワーフは例外なく低身長で、また指先が細く力強い。器用さも持ち合わせているため技術者として色々なところで重宝されている種族だ。


「エンジンの方は何とかなった、動かしてみる」


 ヒデがコックピット席へ座ってパネルを操作する。程なく小気味よい振動と共にシャトルの機能が回復したのが見て取れる。


「ヒュー! 大成功だ。とりあえずアルファースへ進路をとるぜ、それとシンドーも目が覚めたんだな」


 シンドーとは誰か、と思ったが直ぐにリオ・進藤こと自分の名前だと思い至った。


「ええ、でも短期的な記憶が無いみたいで」

「そいつは難儀だな」


 ドクターとヒデを見てる内に少しずつ記憶が蘇ってきた。


「そういえば、シャトルベイで発艦準備してたらドクター達が来たんだっけ」

「ええ、シンドーさんたらシャトルの操作がわからないて嘆いてましたね」

「言わないでくれ、恥ずかしい」

「全くドワーフのワシがいなかったらどうなっていたか」

「発車して直ぐに船が爆発して、その余波でシャトルが大きく揺さぶられシンドーさんはバランスを崩して床に転んだんです。頭を打って気絶したのはその時です」

「思い出したよドクター、情けないな」

「いえいえ、そのくらい可愛い方が魅力的ですよ」


 こうして冗談を言えるくらいには心に余裕ができてきたのだろう。リオは改めてエーテル界を見渡した。エーテル界はズバリ異世界の宇宙、自分達の世界の宇宙と違って色は濃紺と少し明るい。このエーテル界が見つかったのは百年前、地球の衛星軌道上に突如次元の穴が現れたのだ。

 調べた結果、この宇宙にはエーテルと呼ばれる元素が満ちており、濃紺色はその色だからという説がある。またこの世界の住人にとってエーテルとは魔法と呼ばれる不可思議な力の源となっているため、生活に不可欠な物となっているそうだ。

 そんな絵本や映画で思い描いたファンタジーな世界ことエーテル界を漂うのが我々だ。


「センサーに反応! 奴らだ!」


 唐突に耳障りなアラームが鳴り響く、ヒデの元へ駆け寄りセンサーをチェックすると、前方からさっきの敵性生物が迫ってきているという表示があった。

 このままでは奴らに食い殺されてしまう。


「進路反転! 振り切り……くそっ後ろからも」


 後ろだけではない、センサーに拠れば左右も上下も完全に囲まれている。この囲みを抜け出すのは不可能に近い、というより不可能だ。


「いや、まだ生きてるんだ。生きてる限り諦めない! 望みは低いが囲みが薄いところを突っ切ろう」

「ワシはもう一度エンジンを見てくるぜ」


 ヒデが床下へと入り、代わりにドクターが操縦席へ、彼がエンジンを見直して出力を上げてくれれば更に望みは高まるかもしれない。しかし、やはり数の差はどうしようもなく、状況が絶望的な事に変わりは無かった。

 センサー上の敵性生物を示す光はどんどん増えてくる。どんどん、どんどん……そしてある時を境に急に数を減らし始めた。 


「なんだ?」


 センサー範囲を拡大、すると拡大されたセンサー範囲のギリギリ圏内、敵性生物の囲みの外から別の大型の何かが迫ってきているのがわかった。それはまるで雪の日に走る除雪車のように敵性生物を消し飛ばしていき、道を作りながらだんだんこちらへと近づいてくる。遂にはシャトルからでも目視で確認できる所まで接近してリオ達にもそれが何かハッキリわかるようになった。


「戦艦だ、めちゃくちゃデカい」


 全長はおよそ七百メートル程、剣頭のような前部デッキを挟み込むようにして後部デッキが細長く展開していた。生き物で例えるならジンベイザメのようだと思った。

 


――――――――――――――――――――


 

戦艦のブリッジ内はとても静かだった。計器類の数値、艦内の損傷状況、レーザー砲の使用状況等々、それらの情報を頭に入れながら、中央にある艦長席に座る男はモニターに映る脱出艇を見ていた。


「あの船に生体反応はあるか?」

「はい艦長、生体反応は三つ。怪我人はいません」

「間に合ったようだな。脱出艇の上に船を寄せつつ背後の敵を牽制、その後奴らの囲みが一番厚い所に火炎魔砲フレアブラスターを撃ち込む」

「了解、船を移動後火炎魔砲の発射シークエンスに入ります」


 艦長が指示を一つ飛ばしただけでブリッジ内の空気が引き締まった。操舵手のいない操舵席では、勝手にパネルと操縦桿が動き、ややふらつきながらも敵陣を抜けて脱出艇の上に移動し、火気管制担当のいない火器操作盤は、レーザー砲の操作をしながら火炎魔砲の準備を行う。


「火炎魔砲フレアブラスターの発射シークエンス入ります。詠唱コード入力完了、エーテルリアクターの稼働は安定してます。魔力値上昇、射線軸上に味方の反応無し。発射可能です」

「発射」


 艦長が淡々と告げた瞬間、船の先端に幾何学的文様の魔方陣が展開し光を放つ。魔方陣は船の全高より大きく、放つ光は次第に炎へと変化する。炎は渦を作り、大きさを増し、色を赤から黄、黄から白、白から青へと変化する。青い炎は渦を巻きつつ前方へ爆発的な速度で発射し、その行く先にいる全ての敵性生物を焼きつくしていく。


「面舵いっぱい、なぎ払え」


 濁流のような炎を吐き出しながら、船はその場で回頭して文字通り敵性生物をなぎ払っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る