初日

その1

 阿武隈あぶくま亜季あきがニューラグーン警察捜査一課三係に配属されたのは、異常気象の影響からか、恐ろしく肌寒くなってしまった時のことである。

 天気にあわせて人も行動が異常になったのか、その年はニューラグーン市で大小さまざまな事件が起こっている。

 いくつか挙げると

『ニューラグーン市長、長年にわたって行われていた贈収賄疑惑で辞任』

『街の名物おじさん、またの名をニューラグーン皇帝氏登場』

『動物園に、ナンキョクグマのタータンが来た!』

といった具合にである。最後のは関係ない気もするが、とにかくそんな多難な時期に亜季は、ここに来たのである。


 亜季は、所謂『』と言われる、人と猫の合の子であった。

 代々警官の家系に生まれた彼女は、殉職じゅんしょくした父のように刑事になりたいと連合警察(大陸の保安や犯罪捜査をするために設立された司法機関)に就職し、この度ニューラグーン支庁本部、通称ニューラグーン警察に刑事として配属されたのである。


 彼女が三係のある捜査一課のオフィスで初めて見たものは、常時戦場か修羅場のような荒れた雰囲気の職場だった。

「ああ、君が阿武隈亜季さん?」

「そうであります!」

「ふうん、耳つきで私服警官なんて珍しいね」

 三係の机に唯一いたその人物は、そんなことを言う。

 亜季は自分の4つある耳の内、頭に飾りのようについている猫耳を揶揄されたのだと思い、赤面した。

「ああ、そういう意味で言ったんじゃないよ。私にしても、ほら」

と、件の人物は眼鏡を外して、自分の目を見せる。

 それは、人間の目ではなく、猫の目特有の、青みがかった縦長の目。

「にゃ、貴方も……」

「うん。そんな訳でもないんだけど、ここで一番偉い係長なんだよ」

「そうでありますか!」

と、亜季は敬礼をした。

「改めまして、阿武隈亜季です!」

「よろしくね。所で、君の教育係なんだけど……」

係長は、ウンザリした感じで言う。

「どうかしたでありますか?」

「いや、実際に見てもらう方が早いか……」




ガガガガガ……!

「うわあ!」

 銃撃をうけて、パトカーが大破する。

 銀行をAS(アームドスーツ。もとは土木用で軍事用に転用された所謂ロボット兵器)で武装した強盗が襲っていると連絡をうけたニューラグーン警察だが、それ故に事態は膠着していた。

「うにゃ、大変そうです!」

「あ、君が三係の新人にゃね!」

 近くにいた警官は、大声でそう言う。

「そうであります。私の教育係になるという方はどちらですか!?」

「ああ、犯人たちと交渉するとか言って、銀行の中に入っていったけどにゃ……」

と、その時、いきなりASが爆発した。

「にゃあ、なんでありますか!?」

「あれをやったのが、おたくの教育係だにゃ!」

「にゃんですと!?」

と、話していると爆風から男が出てきて、頭をかきながら言う。

「やれやれ、人の話を聞かない連中だったよ」

 男は黒髪を刈り上げて少し伸ばした感じの髪型で、ピッシリとスーツを着た亜季に比べて、ラフなジーンズに夏服、シャツといった格好だった。

「また派手ににゃったねえ」

「ええ、これがいつものことでありますか?」

と、亜季はびっくりして、耳をたてた。

「まあ、解決はしてるからにゃあ……」

「さて、本部に帰る……」

 男がそう言った瞬間、銀行が唐突に

トカァァァァン!

と、いう音とともに大爆発を起こした。

 男が爆風で、亜季の方へ飛ばされた。

「うにゃあ、何どさくさに紛れて胸を揉んでいるでありますか!」

「不可抗力だよ。しかし、中々豊かな……」

 亜季は男の脳天に、ゲンコツをオミマイした。

 さて、こうして後に『ニューラグーン警察の最終兵器』『最悪の擬人化』と呼ばれるバディとなる、二人が出会ったのである。


「ええと、君、いつものことだからわかるよね?」

「はいはい、アレでしょ、始末書山ほど書くんでしょ?」

「正解なんだけどさ、そんな開き直られても困るよ」

と、係長は小首を傾げる仕草をした。

「反省してまーす」

「それ、課長とか上役の前でもやってるから、君スゴいよなあ……」

 スゴいと言われて、教育係はエヘンと、胸をそらす。

「今日はまだ仕事あるから、それが終わったら、課長に始末書提出ね、頼んだよ」

「アレ?今日の仕事と言いますと、銀行強盗以外になにかあるので?」

 亜季が尋ねる。

「ああ、ここは捜査一課とはいうけれど、ニューラグーン警察はそもそも私服警官自体この課しかいないからねえ、君もこいつとのコンビ以外に明日から5件くらいあるから頼むよ」

「ええ、本当でありますか!」

「だから、今日一日、そいつについていって、仕事の仕方を学んでほしいんだけど」

「ははあ、お任せくださりませ」

 教育係はニヤニヤしながら、言う。

「まあ、こういうふざけたやつだから、まずは自分の流儀を見つけることだね」

「はあ……」

 亜季は、不安そうに、耳を垂れながらため息をついた。

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