ある研究所員の追憶

 わたしの話をしようと思う。

 わたしは秋月国の北側にある『学園都市』の近くにある小島の出身で今もそこに住んでいる。地図や行政区分だと学園都市の範囲内で、なんなら学園都市線という本土と繋がっている路線まである。

 学園都市はその名の通り教育機関であり研究機関だ。あらゆる分野の最先端技術がここに集中している。学生に支給される奨学金はすべてこの機関から出ているし、学費も無料だし、生活に必要な費用もほとんどかからない。

 そんな環境だからか、この島には様々な国籍の学生が集まる。わたしのような獣人も珍しくはない。

 そして、島の住人のほとんどはそこで働く研究員とその家族だったり、あるいはその関係者であったりするわけだけど……正直なところ、わたしはあまりいい目では見られてはいないと思う。

 理由は単純明快。「自分たちとは違う」からだそうだ。

 確かに、わたしたちの見た目は人間そのものだと思う。でも、耳の形が違うし尻尾もある。それに、寿命だって違うはずだ。そもそも人間ではないんだから当たり前のことなのにね。でも、それはそれとして、やっぱりどこか居心地が悪いというのはあるのだけれど……。

 それでも、わたしはこの島での生活を気に入っている。生まれ育った故郷であることに変わりは無いし、何よりここでしかできない体験があるというのも大きいだろう。

 例えば、そう、今まさに目の前で行われている実験なんかがその最たるものだと言えるかもしれない。

「お疲れ様です、先生!」

「んー?あぁ、うん……」

「どうしたんですか?」

「いや、なんでもないよ。ちょっと考え事してただけ」

「へぇ〜!さすがですね!」

「えっへん!もっと褒めてもいいんだよ〜」

「すごいです先生!!」

「ふふん♪」

 ここは、島の中央にある山の中腹に位置する研究所。主に超能力関係の研究をしている場所で、能力開発のためのカリキュラムを生徒たちに与えている場所でもある。

「それで、今日は何の実験をするんでしたっけ?」

「うーんとねぇ……」

 手元の資料を確認する。そこには今回の実験内容が書かれているはずなのだけど、肝心の内容が書かれていない。というか、白紙だ。

「あれれ?」

「どうかしましたか?」

「いや、あのぉ……これってどういうことかなぁ?」

「はい?何かおかしなことでもありましたか?」

「おかしいっていうかさぁ……」

 思わず頭を抱えてしまう。おかしいのはあんたらの方だよと言ってやりたいところだが、言ったところで無駄なので言わないことにしている。

「……うん、とりあえずいつも通りでお願いします」

「了解いたしました!」……不安しかない。

 それからしばらくして、ようやく実験が始まったのだが、案の定というべきかなんと言うべきか。結果は散々なものになった。

 被験者の少女は意識を失い、その場に倒れ込んでしまった。周りの研究者たちは慌てる様子もなく淡々とデータを録っているだけだ。

「はい、じゃあ今日の実験はこれくらいにしておこうか」

「わかりました」

 こうして1日かけて行われた実験は終了した。結局最後までまともに成功したことはなかったように思える。

「ねぇ君、大丈夫?」

 声をかけてみるが返事がない。近づいて様子を見てみると、少女が苦しそうな表情を浮かべていることに気付いた。呼吸も荒く、顔色もよくないように見える。

(これはまずいかも)

 すぐに察する。こういう時の勘はよく当たる方だと自覚しているので、おそらく間違いないだろう。

 わたしはすぐに少女を抱きかかえて部屋を出た。そのまま研究所の医務室へと向かい、ベッドの上に寝かせる。

 幸いなことに、症状はそれほど重いものではなかったようだ。しばらくすると落ち着いたのか、先ほどよりも幾分マシな表情になっていた。

「まったくもう……無理しちゃダメじゃんか」

 一応、あとで診ておく必要がありそうだが、ひとまず問題なさそうであることに胸を撫で下ろす。

「よし、それじゃあ後は任せるからよろしくね」

「はい!ありがとうございました!」

 元気よく挨拶してくる研究者たちに見送られながら部屋を出る。そして廊下に出るなり大きくため息をつくのだった。

「はぁ……疲れるなぁ」

 研究員たちの前では余裕のある態度を見せてはいるが、実際のところかなり疲労していたりする。何しろ相手は子供とはいえ人間だし、しかも複数の大人を相手にしなければならないのだ。精神的にも体力的にもキツイものがある。

「まぁでも、まだ頑張らないといけないんだけどね……」

 そう、わたしにはまだまだ仕事が残っている。これから次の実験の準備をしなくてはならないのだ。正直言って気が滅入る。しかし、これもまたわたしの仕事のうちである以上、投げ出すわけにはいかないのだ。

「さてと、次はどんな子が来るんだろうなぁ……」

 そう呟きつつ、わたしは次の準備のために歩き出した。

「先生!おはようございます!」

「おはよ〜」

 研究員たちとすれ違いざまに軽く言葉を交わしていく。わたしは研究棟の2階にある研究室へと向かう。そこが自分の職場であり、わたしの城でもある場所だ。

 扉を開けると、中には数人の研究者たちが忙しなく動き回っていた。

「おっ、来たね。待ってたよ」

「どうも〜。それで、今日は何をすればいいの?」

「うーん、とりあえずいつも通りにやってくれる?」

「りょ〜かい」

 指示された通り、自分のデスクに座って端末を立ち上げる。起動を待つ間にコーヒーメーカーでお湯を沸かし、カップに注ぐ。

「はい、どぞ」

「ありがと」

 隣の席の同僚に差し出しつつ、自分も一口飲む。うん、美味しい。

「そういえば、昨日の子はどうなった?」

「あー、あの子のことね。うん、特に異常はないみたい」

「そっか。ならよかった」

「うん、ほんとそれ」

 はぁ〜っと大きな溜息が出る。

「お疲れ様」

「いや〜マジでしんどいよ〜」

「わかるわ〜その気持ち」

 同僚とは歳が同じということもあり、こうして気楽に接することができる数少ない友人の一人でもある。

「それで?今日は何の実験をする予定なんだっけ?」

「今日は……」

「失礼します」

「あー!やっときたー!」

「えっ?」

 突然聞こえてきた声に驚いて振り返ると、そこには一人の女の子が立っていた。

「えーと……どちらさま?」

「あっ……ええと……」

「こっちおいで。紹介するから。ほら、自己紹介して」

「はい……ええと、あの……はじめまして。わたし、今日からここで働かせてもらうことになりました……って、あれ?」

 そこで初めて少女はこちらの存在に気付いたようで、驚いたような顔をして固まってしまった。

「ん?どうかした?」

「いえ、あの……あなたたちは一体……」

「あぁ、ごめんね。ちゃんと説明しないとわからないよね」

「うん、お願いできるかな」

「了解。じゃあ、とりあえず座ろっか」

 促されるままに椅子に腰掛ける。その様子を見て、もう一人の女性研究者がお茶を出してくれた。

「はい、どうぞ」

「あ、ありがとうございます」

「あぁ、気にしないで。ついでだから」

「はい……。いただきます」

「はい、召し上がれ」

「じゃあ、まずはわたしの方から説明させてもらいましょうかね」

 そう言うなり、彼女はわたしのことを指差してきた。

「この人はここの研究員の一人よ。あなたの『同僚』ね」

「はい、よろしくね」

「そして、私は彼女の上司にあたる人です。よろしくね」

「よろしくお願いします……」

 ぺこりと頭を下げる少女を見て、二人は微笑みを浮かべている。

「さて、それでは早速本題に入りたいと思いますがよろしいですかな?」

 急に真面目な雰囲気になる彼女に思わず背筋が伸びる。

「はい!よろしくお願いします!」

 少女も同じように真剣な表情になったので、わたしもつられて表情を引き締める。

(なんか……すごくやりにくいなぁ……)

 なんとも居心地の悪い空気が漂う中、彼女はゆっくりと語り始めた。

「それでは、始めさせていただきましょうか。今回あなたにはある実験に参加して頂きたいと思っています」

「はい、よろしくお願いします」

「はい、よろしくね。それじゃあまずは質問から。実験内容に関してはどこまで把握していますか?」

「はい、ええと……能力開発に関する実験だと聞いております」

「ふむ、なるほど」

 すると今度は別の研究者が手を挙げて発言する。

「ちなみに、今回の内容はどういうものなんです?」

 わたしも知りたかったので黙って耳を傾けることにした。

「はい、今から説明するつもりでしたが先に確認してもらった方が良さそうですね。いいでしょう。説明を」

「はい」

 彼女が指示を出すと、一人の研究員が進み出てきた。

「わかりました。簡単に言えば、今回は彼女の能力を調べようと思っているんですよ」

「ほう、というと?」

「はい、つまりこういうことです」

 彼は手に持った端末を操作すると、モニター上に何やらグラフのようなものを表示した。それは何かしらの数値を表しており、様々なデータが表示されていた。

「これは……」

「これは彼女に対するストレス負荷の状況を示しているものです」

 そこに表示されていたものは、少女の心拍数や発汗量、その他諸々の身体的変化を示す数値だった。

「えぇと、それが何を意味するんです?」

 いまいちピンときていない様子の同僚に対して、彼はこう告げた。

「まぁ、要は彼女に精神的に負担がかかる状況を与え続ければいいということですよ」

「へ〜、なるほど」

 理解したという風に何度もうなずく彼女を横目に、わたしは一つの可能性について考え始めていた。いや、もうすでに確信に近いものを感じていたと言ってもいいだろう。

(いやいやいや、そんなまさかね……)

 そんなことありえないと自分に言い聞かせながら必死に頭を働かせる。

「あの、それで具体的には何をすれば?」

 少女の言葉を受けて、二人の研究者は再び顔を見合わせた後、ニヤリとした笑みを見せた。

(こいつら……やっぱりそういうつもりか……!)

 二人の間に流れる雰囲気から察するに、どうやら彼らは少女に対し『精神的な苦痛を与える行為』をするつもりだったようだ。しかも、それをわざわざ少女に見せつけて、その様子を楽しもうとしていたに違いない。まったく悪趣味なことこの上ない。しかし、わたしには止めることはできなかった。

「そうですね。では、今日はこの子に協力してもらいましょうか」

「あ、あの、いったい……」

「ほら、こっち来なさい」

「ひっ!?」

「大丈夫だから、痛くしないから安心してね」

 そう言うと二人は両脇から挟み込むようにして少女の腕を掴み、強引に部屋の奥の方へと引っ張っていった。抵抗しようにも腕力的に敵わないのか、少女の体はずるずると引きずられていくように進んでいく。

 わたしはいても立ってもいられずに立ち上がって駆け寄ろうとしたのだが……

 パシッ

 後ろから伸びてきた手が肩を掴んだため立ち止まることになった。その力は強く、まるで行く手を阻むかのように掴まれたその感触に、一瞬体が強ばる。

 ゆっくりと振り返ると、そこには先程のもう一人の研究者の姿があった。彼女は無言のままじっとこちらの顔を見ると、そのままわたしのことを引き止めるように視線を送り続けた。

 そして、わたしにはわかったのだ。彼女の瞳から伝わってくるメッセージが。

(行っちゃダメだ……!絶対に!)

 その強い意志を感じ取ったわたしは静かに椅子に戻ると、両手を強く握りしめたまま俯いて待つことにした。何も言わなくてもきっとわかってくれる。彼女のことは信頼しているのだから。

 それからしばらくして、奥の方から悲鳴のような声が上がった。それを聞いた瞬間、反射的に立ち上がりそうになる体をなんとか抑える。ここで動けば彼女の気持ちを踏み躙ることになると思ったからだ。ただ、心の中で少女の名前を呼び続けることしかできなかった。早く助けにいきたい。だけど、それでは彼女の意思に反することになる。わたしは唇を噛み締めて堪えることを選択した。

 そして、再び静寂が訪れた時、ようやく彼女がわたしの元に戻ってきた。

「……おかえり。……大丈夫?」

「うん……ありがとう。平気だよ」

 そう言って笑う彼女だったが、明らかに疲れ切った表情をしていた。おそらく今までずっと耐え続けてきたのだろう。こんな年端もいかない子供相手にひどいことをするもんだ。わたしがキッと睨むと、彼らは慌てて弁解するように話し始めた。

「いやいや、誤解しないでくださいよ。別に変な意味で言ったわけじゃないですから」

「そ、そうですよ!これはあくまで研究に必要なものなんです!」

 必死に取り繕おうとする彼らの様子を見ているとなんだか可哀想に思えてきたが、もちろんそんなことで納得できるはずもない。

「は?そんなの信じられると思うの?」

 思わず怒りの感情をぶつけるように問い詰めるが……

「えっと……とりあえず落ち着いてもらえるかな?」

「はいはい、深呼吸しましょうね〜」

 二人から同時に宥められてしまったのだった。

(なんだろう……この敗北感……)

「あのね、今回の実験では彼女には能力を使ってもらおうと思ってたんだよ」

「はい、そうですね」

「でもまぁ、君のおかげで無事に終わったみたいだし結果オーライというやつだよね」

 そう言いながら彼は笑顔を浮かべていた。それはもう嬉しそうな顔をしながら。正直殴り飛ばしたい気分でいっぱいだが、これ以上何かをやらかすとわたしの立場も危ういことになりかねない。なので、ぐっと我慢することにした。すると、今度は彼女の方が話しかけてきた。

「ところでさっきはどうして私を助けようとしてくれたの?」

 その言葉を聞いてわたしは驚いた。なぜなら、彼女にはわたしの考えなどお見通しだったようだからだ。

「あ〜、まぁね。そりゃあ、まぁ……ねぇ」

 なんて説明したらいいものか迷った挙句、わたしは言葉を濁すことになってしまった。しかし、そんなことで誤魔化せる相手ではないということはわたしが一番よく知っていたはずだった。

「やっぱり、私のことが心配になってきてくれたってことだよね?」

「えーっと……う、うん。そうだね。……ごめんなさい。あなたのことを心配していました。反省しています」

 結局、わたしは全てを話すことに決めた。どうせ後でバレるに決まっているのだ。なら、最初から本当のことを伝えた方がマシというものだろう。それに、何よりわたしが隠し事なんかするのが苦手な性格なのだ。

「まったくもう!ホントびっくりしたんだから!あなたにもし万が一のことでもあったらどうしようかと……」

「ふぅ……本当に良かったよ。君の方こそ無茶するから……」

 彼女はわたしのことをギュッと抱きしめてきた。いきなりの出来事に一瞬戸惑ってしまったのだが、わたしも同じようにして彼女を優しく抱き返した。互いの体温を感じると安心してくるから不思議である。しばらくの間そうしていたのだが、不意に彼女の体が離れていった。少し名残惜しく感じたが、わたしはすぐに姿勢を正して彼女と向き合った。そして

「これからはもっと気をつけるからね」

 と言って、改めて頭を下げて謝ることにした。すると、彼女も同じようにして謝罪の言葉を口にした。

「……うん。私も悪かったと思ってる。だから、お互いに謝るので今回は終わりにしましょう」

「うん、わかった。許してくれる?」

「もちろんだよ。だからお願い。もう一人で無茶なことしないで欲しいかな」

 彼女はそう言うと、またわたしのことを抱きしめてきた。

「わかった。約束するよ。絶対に無茶なことしないから。だから……ずっと一緒にいてね」

 わたしがそう言うと、彼女は何も言わずにコクりと首を縦に振ってくれた。それだけで充分だった。こうして、わたし達は仲直りすることができたのだ。

 そして、しばらく二人でそのままの状態でいると、彼女がわたしから離れていった。そのまま部屋の出口へと向かうかと思いきや、そこでピタリと立ち止まった。それから振り返ると、こう言ってきた。

「それで、いつになったら実験を始められるのかな?私は別にいつでも構わないんだけど」

 その言葉を聞いた瞬間、二人の研究者は慌てて資料を確認し始めるのだった。そして、その作業が終わると慌ただしく指示を出し始めた。

「あ、じゃあ準備を始めるからそっちの部屋に行ってくれるかな」

「はい、わかりました」

 彼女の返事を聞くと、二人は部屋から出ていった。おそらく別の場所で何かの準備を始めたのだろう。そんなことを考えているうちに彼女が戻ってきた。その手には一本の試験管が握られていた。

「はい、これ。あなたが持ってて」

 そう言って渡された試験管を見ると、中には透明の液体が入っていた。

「えっと……これは?」

「これはね、私の能力を引き出すための薬だよ」

「能力……?」

「うん。でも安心してね。体に害のあるような代物じゃないからさ」

「それならいいけど……どうしてこれをわたしに渡すの?」

「あ〜、まぁね。色々と事情があるんだよ。察して欲しいなぁ〜」

「事情って言われてもなぁ……そんなことを急に言われたって困るっていうか……」

「まぁ、いずれわかる時が来ると思うからその時まで待っててくれないかな?」

「うーん……まぁ、いっか。そういうことなら預かっておくね」

「うん、よろしく頼むよ」

 こうして、わたしは彼女に頼まれて謎の液体が入った試験管を預かることになったのだった。

 そうしている間に準備が整ったようで、研究員達が次々と部屋に入ってきた。そして、全員揃っていることを確認すると早速実験を開始することになった。まず最初に行われたことは、彼女の血液を採取することだった。それもただの採血ではなく能力を使った上でのものなので普通のものよりは時間がかかるようだった。さらに検査が終わった後もいくつか別の検査が行われるとのことだったので、結構時間がかかりそうだ。

 その間、わたしはどうすれば良いのかわからない状態だった。しかし、すぐに解決されることになった。というより目の前の彼女が自ら進んで協力してくれたおかげでわたしはすることが特に無かったのだ。

「あの……何か手伝うことはある?」

 わたしは思い切って彼女に聞いてみた。しかし

「えっと……とりあえずは今のところ大丈夫かな。あ!でも一つだけお願いしたいことがあるんだけどいいかな?」

「うん、もちろんいいよ。わたしにできることだったら何でもやってあげる!」

「本当!?助かるよ〜!実はこの子たちの世話をしてほしいんだよね」

 そう言うと、彼女は小さな白いネズミのような生き物を取り出した。

「その子たち……どうしたの?」

「ちょっといろいろあって保護してきたんだよね」

 彼女は少し照れ臭そうな表情をしながらそう言った。

「そうなんだ。でも何でこんなところにいるんだろうね?」

「それが私にもサッパリなんだよね。気づいたらここにいたみたいな感じでさ……」

「うーん……もしかすると誰かに連れ込まれたんじゃないの?」

「それは違うんじゃないかな」

「確かにそうだね……ごめんなさい」

「気にしなくていいよ。むしろ感謝してるところだしね。それよりこの子のお世話お願いしてもいいかな?」

「えっと、わたしに動物の面倒を見れるのか不安だけどやってみるよ」

 そう答えると彼女は笑顔になって

「ありがとう!」

 と言い残してその場を離れていった。


 わたしは老いた。今では研究所を辞め、年金生活。

 研究所は、未だに活動を続けているらしいけど、辞めたわたしにそれを閲覧する権限はない。

 ネズミっぽい生き物は、ネズミと同じ風な育て方で良かったらしく、今唯一手元に居るのは孫世代の1匹だ。他のは少女の友人という犬頭の少年に預けた1匹以外は寿命で亡くなった。あるいは逃げたヤツもいるかも。

 獣人はネズミっぽい生き物を預かった時

「彼女の縁は、もうこの仔しかいないんですねえ」

と嘆息していたので、わたしは

「そうですね」

と返すしかなかった。

 ネズミっぽい生き物は人語を解すらしく、文字が書かれた積み木での簡単な意思疎通や、計算が出来た。もう研究者ではないわたしにはどうでもよかったけど。

 今、わたしは1匹のネズミっぽい生き物がスヤスヤ寝てるのを横目に見ながら、ハヤシライスというものを調理しようといろいろ試してる。

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