再び星々の欠片

ホテル猫目亭にて

注:本作では諸般の事情により、一部の人名や地名に仮名が使われています。


 『ニューラグーン州』は、帝国と皇国、そして共和国の緩衝地帯にある地域であり、同名の州都以外は自然豊かな州である。

 そのため、現在でもいくつか係争地があり、政治的緊張が続いている。

 また、付近で一番大きい湖である『猫目湖』を中心とした

 風光ふうこう明媚めいび風景けしきで知られ、

 その南部には『ドラゴニア』と呼ばれる天然の野生サファリ公園パークのような、

 それこそドラゴンさまざまな動植物を見ることができる一帯がある。

 その反対側、つまり北側の湖畔は『タイラ―ヴィル』と呼ばれる集落がある。

 その集落の始まりは、タイラ―と呼ばれる猫が、皇国と共和国の元になった国の両方から、迫害をうけて、

 この地にちいさな家付きの工場こうばを作ったことが、始まりだという。

 やがて、徐々に工場は発展していき、1つの集落を形成するようになる。

 タイラ―は、息子に工場をゆだね、自分はこの集落唯一の宿泊施設のオーナーにおさまることにする。

 ちょうど、工場の近くに小さな城跡があり、そこを改修して、ホテルにすることにした。

 これが『ホテル猫目亭』の始まりである。

 そして、共和国が建国され、ニューラグーン州を始めとした地域の領有権をめぐって、皇国と戦争状態におちいり、特にタイラ―村のあたりは激戦区となり、一時は村が消えてしまうのではないかという、存亡に危機に立たされる。

 しかし、なぜかこの戦争な真っただ中であっても、ホテル猫目亭への客足が衰えることなく、むしろ戦火から避難した名士の溜まり場としての役割をになうようになり、有名な作家や女優、大金持ちやスパイといった、色々なモノの縮図ととっていた。

 ここを舞台に、幾多のロマンスや、歴史的大事件がおこったそうだが、それは別の話である。

 ともあれ、この時期に、ホテル猫目亭は、その名を知られるようになったのだ。

 そうして、今のホテル猫目亭は、タイラ―から数えて四代目にあたる『宗矩ムネノリ』が経営している。


 さて、ある日のこと、ホテル猫目亭に1人の少年が訪れる。

「君、お名前は?」

と、ホテル唯一の受付である『ジニィ』が、少年に話しかけた。

 すると、少年はぼうっとなにも考えてないようなからっぽな顔をしていたのが、キョトンとして顔でジニィの方を向いた。

 ジニィは、彼を観察してみる。

 身長は、ジニィより低いので、目測で150センチ位だろうか。

 白髪頭で、パリッとした紺色スーツの上下を着て、古い旅行カバンを2つもってるさまは、まるでお稚児さんのようだった。

 少年の方は、ジニィのそんな目線を気付いたとしても、気にする様子はなかった。

 考え込むそぶりをみせた彼の横のふいに、女があらわれた。

 しかし、ジニィがそれに気づく様子はない。

 女は、少年の耳元でナニゴトかささやいた。

 その刹那しゅんかん、女は登場した時と同じふうに、かき消えた。

 そして、少年は宿帳にそのナニゴトかを、書き写し始めた。

「うにゃ、無視ざれちゃったにゃ」

と、ジニィは1人グチるが、少年はそんなことは気にせず、書き終わる。

 そこには

『プルミエール』

と、書かれていた。

「ふうん、なんか、ドラゴニアを探検する時に、ガイド兼ボディガードみたいなことを、してくれそうな、女の人っぽいにゃ」

と、ジニィは訳しり顔で、その名前をみた。

 プルミエールは、特に気にしたふうでもなく、滞在日時も1年と記入した。

「ええと、お金が1000万位かかるけど、そんなにもってるにゃか?」

 と、ジニィが尋ねると、プルミエールは、持っていたカバンの1つの中身をみせる。

「なにゃ?!」

 大量の札束おかねが入っていた。

「たしかに、チェックインできるにゃね」

と、ジニィはビックリした顔で、つぶやく。

 ふいに、プルミエールは、プルミエールにのことを、思い出した。

 ホテルであらわれたり、消えた女は少年に

「一郎って名前、ダサいからプルミエールって名乗りなさい」

と、その時言っていた。

 ともあれ、こうしてプルミエールは、ホテル猫目亭の宿泊客となったのだった。


 聖森市は、映画の都である。

 ここで、いままで多くの映画が製作されたし、今日も大小さまざまな映画が製作されている。

 さて、ここは『Eスタジオ』という映画会社の一室。

 プロデューサーのエドは、なにやらイライラした様子で、電話をしている。

「おい、ふざけるにゃよ!

 誰のおかげで、ここまでの位置にまできたか、覚えておけと、ヤツに言っておけにゃ!」

 それを観察しながら、藤谷ふじや健介けんすけは、

(なんで、オレ、こんなとこに来てるんだろう)

 と、ウンザリした気分になった。

 しかし、エドは

『地獄のコマンドー杢次もくじ

 や

『荷馬車は行く』

 といった、大作、話題作、名作を制作して、名プロデューサーである。

 ここで、彼に気に入られれば、ゆくゆくは、そういう名作に、自分も関わることが、できるかもしれない。

(いや、それのために、ガマンしているようなものだな)

と、かれは心の中で、そうごちた。

 ようやく電話が、終わったらしく、エドは、健介の方を向いて、おもむろに話始めた。

「ああ、くそ、めんどくせえにゃあ

 おっと、藤谷くんだったかな?」

「はい」

「ああ、うんと、『使者の謝肉祭』とか知ってるよ

 あれは良い脚本ほんだった」

「あの劇を観ていただいたのですか?

 ありがとうございます」

と、社交辞令のような会話が続く。

 藤谷健介は、いわゆる劇作家である。

 学生時代から始めた劇団の座付き作家として、色々な作品を書いてきた。

 そうして、こつこつ作品を作ってきた健介だったが、自作『アポカリプス』の映画化のさい、映画用の脚本を書くことになり、それをきっかけに、映画の脚本も書くことが、多くなった。

 今は、目の前にいるプロデューサーのエドの依頼で、新作の脚本を書くことになっている。

「まあ、そう緊張せんでも、いいよ」

「はあ」

「それで、どういうアイディアが、あるのかね?」

「うーん、とりあえず、いくつか腹案はありますが、中々まとまらないですね」

「ふむふむ、そうか」

と、エドは訳知り顔で、うなずいた。

 健介は、どうしていいかわからないといったふうに、怪訝な表情をしている。

(これは、どっちなんだろうか?

 もう首になってしまうのかな?)

と、健介はじょじょに心が暗くなっていくのを、感じた。

 エドは、健介のそんな感情などかまわず、

「こっちからの注文じゃないんだけどね、

 たとえば、あれなんかどうだろうね?

 女の子が、マスケット銃でも拳銃でも良いけど、火器を持ってて、

 ライバルの女の子が、槍をもってたりするの」

(つまり、

「ああ、良いですねそれ

 なんか、色々湧いてきます」

「ははは、そうかい?」

と、話は続けられていき、そうしてこのエドのアイディアを元に、脚本を書くことになった。

「それでなんだけど、気分リフ転換レっシュも兼ねて、書くための場所を、予約したよ」

(つまり、缶詰ってことだな)

「どこなんですか?」

「ホテル猫目亭という、所でね…」


 タイラ―大学付属高校は、ニューラグーン州最大の敷地面積である大学、タイラ―大学の文字通り付属の高校であり、小中高大一貫校として、現在のタイラ―村にある唯一の大きな施設でもある。

 リッチは、その高校に通う、高校三年生だ。

 彼女が行方いな不明なったのに、リッチが気付いたのは、ユーディがふいに言った1言からだった。

「そう言えば、ミーちゃん見てないにゃね、最近」

「どうしたんにゃ、藪から棒に」

「だって、あんな華やかな娘が、ここ数日存在感0にゃんだもん」

「ふうん」

と、リッチは言葉を返す。

(たしかにそうだな)

 ミーちゃんこと、ミッチは彼が昔付き合っていた彼女だった。

『私達、名前が似てるね』

『そうだにゃあ』

 リッチは、そんな会話を思い出しながら、自分の嫌な想像が、杞憂であってほしい、と思った。

 しかし、その思いは、裏切られる。


 猫目湖は、ドラゴニアの影響もあって、色々な淡水魚が獲れる漁場としてよく知られていた。

 たとえば、ウナギやマス、ワカサギなど。

 ロドニーは、ここでよく釣りをしていて、その情熱のあまり、釣り専門のガイドになってしまった男だった。

 今日の客はニューラグーンをナワバリの1つにしている『ニャのつく自由業』の用心棒ボディガードをしているらしい(あたりまえだが、そんなもんは詮索するのもどうかと思うし、なりより釣り仲間であること以外知りたくもなかった)、帽子好きな男である。

「いや、それにしても、釣りでその帽子はにゃいよ」

「ほっとけにゃ、趣味にゃ」

 ロドニーは、その男が何故か釣りに不釣り合いなソフト帽をいっつも持って来てるはなぜだろうかという、話をしている。

 と、男の釣り竿が反応を示した。

「お、きたみたいにゃね」

 上げてみると、紙袋が引っ掛かっただけらしい。

「だめだったにゃあ」

「うん…」

と、男の方はあるにおいに、気付いた。

「なんか、

「まさかあ」

 ロドニーは懐疑的だったが、男はかまわず紙袋を開けてみる。

「ひぃ…」

 ロドニーは悲鳴を漏らした。

 男はつぶやく。

「首みたいだにゃ」

 と、ロドニーは、その首をこわごわとみて、

 男が尋ねる。

「誰か、知ってるにゃか?」

「ああ、ミッチちゃん、こんな変わり果てた姿になっちまって…」


 プルミエールは、自分が長期間宿泊することになる、ホテルの1室に入った。

 503号室。

 彼は、部屋の中を、観察する。

 シングルサイズのベットが2つ、テレビやシャワー付きの浴槽も完備している。

 特徴的なのは、部屋に何故か備え付けの蓄音器(古い映画でよく見る、メガホンみたいな形状の、レコードやラジオを聴くための、機器)があることである。

 プルミエールが、蓄音器を動かすためのスイッチを押すと、蓄音器は

 …ジッ……ジジッ…

 という、ノイズを奏でだした。

『脚本書きに来ただけなのに、なんでこんな目に』

『まさか、彼女を殺したのが、こんな理由だったなんて』

 少年は、ベットにすわって、ように、そのノイズを、聴いていた。

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