ダレかがダレかを
紗千あきと
第1話
わたしの通う中学校は3年間クラス替えがない。なので進級しても周りの顔ぶれは変わらないままである。
少し人見知りぎみなわたしは、これまで新しいクラスに馴染むまで時間がかかることもあったので、そのままなのはとても助かった。
学年が上がって2年生になると、最初の席は男女混合の名前順に席に着く。
わたしはありがたいことに、出席番号はクラスで最後なので、外が見える窓側の一番後ろに座ることができる。
行事などがあればよく名前順に並ぶので、なにかと最後尾になることが多いのが、自分では気楽でよかったと思っている。
まあ、すぐに席替えがあるだろうが、しばらくはここに居座ることができるのが嬉しいかぎりだ。
ここから見えるのはクラスのみんなが過ごす、ごくごく普通の学校生活だ。
朝のホームルームから始まり、午前の授業、休み時間、昼食、更に午後からの眠気と戦う授業まで。そんな何気ない日常が繰り返される。
その何気ない日常のなかで、毎日、毎日、この教室では些細な出来事から、そしてその本人にとっては大事件になりうる出来事が、あちらこちらで起こっている。
その平和な日常を見守りながら、それぞれに巻き起こる事件(さっきも言ったが、他の人から見れば些細な、本人にとっては学校生活を揺るがすほどの大事件)を、陰ながら応援するのが最近の日課になっている。
まずは、出席番号2番の井上くん。
彼は前の席の相田さんに話しかける回数が他の人よりかなり多い。席が近いからだと言われれば確かにそれもあるけれど、様子を見ていると明らかにテンションが違う。
それに対して相田さんは、特に気にした風もなく相づちをうっていて、そこそこ仲が良さそうには見えている。
ただ残念なことに、彼女は隣のクラスの榎本くんが廊下を通るとき、いつも突然、教科書をバサバサしたり、大きな音をたてたりして存在をアピールしている。しかし、榎本くんはまったく気付いていない様子。
もちろんその間は、井上くんの話をほとんど聞いていない。いや、まったくと言っていいほど聞いていないかもしれない。井上くん、ちょっとかわいそう。
ちなみに、颯爽と歩き去っていく榎本くんは彼女持ちである。
続いて、出席番号6番の北原くん。
彼は後ろの席の佐々木さんが、気になって気になってしょうがないようだ。
なぜなら、隣の席の高橋くんとその後ろの席にいる田中くんとよく雑談しているが、いつも田中くんの方に体を向けてどうにか彼女を視界にいれようとしている。そして、あわよくば自分を意識してほしいのがまる分かりだ。
見ていると、なんだか必死だ。ものすごく必死だ。
でも、これまた残念。佐々木さんは今、世間で話題の人気アイドルに夢中で、クラスの男子どころではない。
今も北原くんの姿は、彼女の目には映っていないことだろう。
彼女のあの様子だと、今日もダッシュで家に帰って動画配信でも見るのだろう。あんなに夢中になれることがあって、佐々木さんがうらやましい。
さらに続いて、出席番号15番の中村さん。
彼女はいつも休み時間になると、隣のクラスの仲のいい子と話をするために廊下に出ていく。その子とは小学校からの友達だそうで、よく一緒に帰っているのを見かける。
二人はいつも会話が弾んでる。昨日見たドラマの話だったり、数学の先生がちょっと厳しくて苦手だったり、今度の休みにあの店に買物に出掛けようだったり、様々だ。
ただ、わたしは知っている。
彼女たちが本当に話がしたいのは、このクラスの川崎くんのことである。ふたりとも話をしている時も、意識は廊下から見える川崎くんに向けられている。
彼女たちはお互いの気持ちに気が付いている。だからこそ、彼の名前を口に出せずにいるようだ。
言っちゃえばスッキリしそうだけど、こじれるとなかなか難しくなっちゃうんだよね。
ああ、あの様子だと、今日もどちらも言い出せなかったみたい。
もうひとつ続いて、出席番号19番の長谷川さんは後ろの席の林くんに、前から回ってきたプリントを渡すときにいつも緊張している。
この間はたまたま指先が当たったのか、それにビックリした長谷川さんが思わず手を引いた勢いで、筆箱の中身を床に落としてしまった。
林くんが転がってきたシャーペンを長谷川さんに渡そうとしたら、彼女は顔を真っ赤にして、指先をブルブル震わせながらお礼を言って受け取っていた。
それを見た林くんは、「顔が赤いけど、熱あるなら保健室行ったほうがいいよ」とテンプレみたいなことを言っていた。
なんでだよ、どうしてそうなる。誰が見ても分かるだろ。大きな声で叫びたかった。
うん、わたしが見る限り、林くんはかなり鈍感である。
まだまだ続いて、出席番号21番の平野くんは小説をよく読んでいる。なぜなら、図書委員の千葉さんと共通の話題をつくりたいからだ。
彼は千葉さんが読んでいるタイトルを見て、同じ小説を読みはじめる。ただ、彼女の読むスピードが早いようで、なかなか追いつかない。
彼が読み終わった時には、いつも千葉さんが持つ小説のタイトルが替わってしまっていて、話が切り出せない様子。
さっさと、「その本、面白い?俺も読んでみようかな」とでも言えばいいのに、たぶん偶然一緒ってことが大事みたい。
そこは彼の譲れないところなのかな。いつか追いつければいいけれど。
平野くんはなんとか距離を縮めようとがんばっているのだが、なんと、なんと、千葉さんは、先程颯爽と廊下を歩き去った隣のクラスの榎本くんの彼女である。
ちなみにお付き合いしていることは、みんなに秘密にしている。なんか、それってドキドキする。
出席番号28番の矢野さんは、毎週2・3回だいたい同じ授業中に眼鏡をかける。最近視力が落ちてきたそうだが、「まだそんなに悪くないから、ずっとかけなくても大丈夫」と言っていた。
そんな彼女が眼鏡をかけるのは、この教室の窓から見えるグラウンドを、より視界がクリアな状態で見守るためだ。
ただあれは、見守るというより監視に近い気がするのだが。
今日もグラウンドでは3年生が体育の授業を行っていた。矢野さんは、その中にいる同じ部活の先輩を見つけるために、毎週この時間、眼鏡をかけて準備をしている。
彼女の様子を見ていれば、その先輩が活躍している瞬間が外を見なくても伝わってくる。
あ、ガッツポーズした。きっと先輩が何かしら、ゴールでも決めたらしい。
ただ、本当にまるごと授業そっちのけなので、黒板よりもグラウンドに夢中な彼女の成績が心配だ。特に毎回、英語の授業にかぶることが多い。あの様子ではきっとノートに1文字も書いていないだろう。
あとで何気なくノートを渡しておこうかな。でも、わたしも英語は得意ではないから役に立つかが心配だ。ちょっとでも、助けになればいいけれど。
今日も今日とて、登校してから放課後まで。大なり小なり、あちらこちらで事件が巻き起こる。
そんななか、わたしの望みを言えば、次の席替えまでにこのなかの誰かの想いが、相手に届いてくれることにかぎる。
さらにもっと望みを言えば、その相手から同じベクトルで、その人に想いが返ってくれば万々歳だ。
それを見届けることが出来れば嬉しいのだが。
うーん、みんなの様子を見るかぎり、ゴールまでの道のりはかなり遠そうだ。
明日もまだまだ、わたしの日課は終わらない。
ここから見える景色に、大きな変化があるわけではないけれど、だけど、毎日どこかで誰かの心が動いている。
今日と明日とその次と、何気ない日常は続いていく。
今日もまた、誰かが誰かを想っている。そして、みんな誰かの想い人。
誰かが誰かに、みんな一途に恋をしている。
ダレかがダレかを 紗千あきと @sachi-akito
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