第6話
ある日の夕方。
弱くもなく、かと言ってうるさいほど激しくもない、地面全体に覆いかぶさる布団のような、優しい雨が降り続いている。
正門に面する昇降口がある本館の三階には、誰が置いたのかも、誰が手入れしているのかもわからないような、そんな謎のピアノがある。生徒たちは勝手にそれを使うことが許されていて、休み時間になると誰かが演奏していることがある。
そこに僕はいる。
ピアノを習ったのはずいぶんと昔になるが、オタクになってからというもの、アニソンを弾いてみたくなるものであり、何とか練習して簡単なものなら何曲か形になり始めていた。
だが今日はアニソンではない。
あるソシャゲ(ソーシャルゲーム)の、のんびりとしたBGMを弾いている。
周囲に人はいない。
本館と教室棟をつなぐ、長い廊下が吹き抜けになっていて、音がよく響く。
そうして流れていく音は、やがて教室の前までかすかに届いて、消えていく。
だからそんな音に乗ってやってくるのは、そう、暇になってぶらぶらしているオタクたちくらいのものだ。
遠くから、足音が近づいてくる。白文の読めるオタク、鷲頭 将人だ。彼はどうやらこの曲の使われているソシャゲをやりながら歩いているらしい。僕のもとまでたどり着くと、そこら辺にある椅子に腰かけた。
演奏が終わるまで待っているらしい。
―♪
「ふーむ、いつものことながら、ギリギリ聞くに堪えるか否かの瀬戸際の出来だなぁ。津田らしいと言ったららしいんだが」
「あんまり一つの曲にこだわって練習していないのもあるかもな。それだとわかる程度になったら、僕は練習に飽きて別の曲に手を出しちゃうから」
「救いようがないなぁ…」
そう言いながらも鷲頭は手を止めない。
「おっっっと???」
ん?
「キターーーーーー! ほらこれ見ろって! 四万円は課金するの覚悟だったっていうのに、一発で当たったぜ!」
どうやらガチャで望みのキャラが当たったようだ。
「よかったじゃないか。なんだ? お気に入りのキャラなのか? その割には君の好みとは異なる気がするのだが…」
「そうだな。別に彼女自身が好きなわけじゃあないな。単に強いらしいからほしかっただけだ。期間限定ガチャだし。攻略サイトだって、どこも問答無用でガチャを回せ!って言っているぜ?」
見せられた攻略サイトには、確かにそう書かれていた。
「ほう。なるほどねぇ。
そこまで言われたらって気持ちにならないこともないけどさ、僕はこういうガチャはあまり好まないなぁ。商業主義に偏っているというかさ。いや、ソシャゲだって企業が経営しているんだから、商業的になるのは道理だって言われればそうなんだけどね」
「なるほどねぇ。商業主義には俺も引っかかることはあるなあ。オタク文化っていうのがもともと非営利な傾向にあるからな。その伝統に逆らっているというか。どうも潮の流れがおかしいというか」
「僕はね、楽園だったオタクの園に、金に汚い大人が侵略してくる、そういう構図をどうしても感じてしまうんだよ。偏見だとは思うけどさ。
なにより、キャラへの愛を感じない。ただ数字の上での勝敗を競わせて、金をむしり取るのはどうにも解せない。
僕はもっとこう、一人ひとりのキャラと向き合ってさ、物語を作っていたいんだよ。そこに金や勝負や能力の優劣を割り込ませるっていうのは、僕は好まないんだよ。
子供一人ひとりに向き合うと、優劣じゃなくて個性を愛するようになるのと同じといえば同じかな」
「ほうほう。
俺だってオタクの原理主義に近い人間だ。わかるぜその気持ち。いつの間にか企業のマーケティング戦略に沿っているだけの、無知蒙昧な消費者にされている気がすると冷めてしまう。そうなったらオタク活動を続けるのもつらいよな。
このキャラもなぁ。ただでさえ強さだけが取り柄なところがあるっていうのに、こう簡単に手に入れられてしまったとなると、余計に思い入れもなくなってしまう。
半年後には忘れ去られているだろうな」
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