第5話

 普通に考えれば、いつも絡んでいるオタク仲間に声をかけるべきであろう。しかしながら、この学校のオタクは皆多才であるらしく、すでにめいめい部活に入ってしまっていた。

 例を挙げよう。

 僕のクラスにいる、オタク活動の趣味も合い、日ごろ仲良くしているオタクは、絵が描けるうえに李白の漢詩を白文で読めるオタクである。おまけになかなかの伊達男ときており、うらやましい限りである。

 もう一人のオタクはサックスとトランペットが扱えるオタクで、むろんブラスバンド部に所属している。

 最後に、これは隣のクラスの男なのだが、やけに体格の良い、テニスのできるオタクがいる。当然テニス部に所属して活躍している。

 皆忙しいようで、誘ってはみたが断られてしまった。

「ほかに候補はいないんすか?」

「いないなぁ。ほかに知り合いもいないし」

「交友関係が狭すぎるっす。先輩って本当に陰キャっすね。もう名前から陰キャっすから」

「名前? 涼蔭のどこが陰キャっぽいんだ?」

「『蔭』って、思いっきり『陰』が入ってるじゃないっすか。もう先輩は陰キャになる運命だったんすよ」

「なるほど。そう考えると愛着わいてくるな」

「そこで愛着湧いちゃうんすか…」

「僕はこれまでもこれからも、陰キャとして生きていたいからな。今更変える気もない。名は体を表すってことで、いいじゃないか」

「気に入っているならいいんすけど…。あと、名前の響きがなんか引っかかるんすけど。『涼蔭』って言いづらくないっすか? 松陰みたいでなんか古臭いし、いっそ『涼』だけにしてほしいっす。かっこいいし、『リョウ先輩』って。なんかの物語のキャラクターみたいでロマンチックっすよ」

「吉田松陰先生に引っ張られすぎだろ…。僕的には、涼しいだけの『涼』より、木陰の涼しさの『涼蔭』の方がロマンチックだぜ? それに、『蔭』にはまだ惹かれるポイントがある」

「なんすか?」

「『蔭位の制』って知っているか? 古代王朝で親の官職をそっくりそのまま引き継げるって制度だ。逆にそれ以上に出世するのも難しいけどな。その『蔭』と同じ字だ。

 この流動性の激しい世の中、心身をすり減らして出世競争するなんてばからしいとは思わないか? それだったら、確実に自分を育てた家庭の所得レベルまで稼げる制度の方が、僕には魅力的に映るんだよ。

 いまこそ、『蔭位の制』復活の時だ! 世襲万歳!」

「先輩って根っからの怠惰っすね…」

「僕のモットーは『最小努力の最大幸福』だからな。『最高効率』じゃないところがミソだ。そういうポジティブな資本主義者経済人じゃあないからな。無駄なことに労力を使いたくない。それでいて出来る限り幸せでありたい。でもやっぱり面倒くさい。だから労力を一番少なくすることの方が優先だ」

「…。自分の私生活までコストカットするなんて…。営業出身社長がいる伝統的日本企業の権化みたいっすね、先輩」

「そうか? なら将来大企業から引く手あまたかもなぁ~。『いつも経営と同じ視点で仕事できます!』って面接でアピールしてやろう」

「さすがに落とされると思うっす」

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