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それはまるでいちごシロップのかかったカキ氷。なんて陽気な想像をする者は誰一人としていないだろう。辺り一面が真っ白な雪景色だったはずのそこは、白よりも目立つ赤が至る所に散りばめられていた。濃く、深く、不思議と恐怖に身震いしてしまう赤。
その中でも取り分け大きな赤には、体格のいい体がうつ伏せで転がっていた。全身のみならず顔までも身も凍る雪へ沈め、ビクりともせず動かない。
すると、そのこれまた大きな背中へ足が一蹴するように振り下ろされた。
「ったく。どんだけしぶてーんだよ!」
若干の苛立ちを帯びた声のアンフィスと隣に立つオリギゥム。
「流石は白狼と言ったところでしょうか。これだけの準備をもってしても予想以上に手子摺ってしまいましたね」
称賛を帯びた声のオリギゥムだったが、その隣に立つメルの顔はどこか浮かない。
「まさかこうしてヴィクトニルさんと会えるなんて思ってもなかったのに……。もっと色んな話、聞きたかったなぁ」
メルの口から白息となって零れた嘆息だけは、肌を突き刺すような風に吹かれ消えて行った。
「残念だけど、仕方ないよね。でもオーディル様と共にノワフィレイナ王国に貢献して大戦でも最後まで戦ってくれた人だから」
「そうですね。それくらいは敬意を表して」
それからヴィクトニルを中へと戻し三人は酷い有様な家の前に並んだ。
カチッ、という音と共にオイルライターの火が点くと葉巻に光が灯った。呼吸するように点滅した葉巻からライターが離れると、先端は一度光を放つ。そしてアンフィスはふーっと煙を吐き出した。
もう一度、葉巻を口に咥えるとアンフィスはライターを隣のオリギゥムへ。軽く視線を落としオリギゥムはそれを更に隣のメルへと手渡した。それを受け取りメルも同じように視線を落とす。
「僕も一度でいいからノワフィレイナ王国を見てみたかったなぁ。――色々と残念でしたが、あなたと会えた事は光栄です。ノワフィレイナ王国元国王ヴィクトニル・フィーリル・ヴァールガルド様」
メルはライターの火を点けると家へと放った。走り出した炎は忽ち家を包み込み空高く燃え盛る。
それを暫くの間、眺めていた三人だったが先にメルが背を向け歩き出すと次にオリギゥムが続いた。最後に残ったアンフィスは葉巻をひと吸いすると指で炎へと弾き飛ばし二人の後を追った。
* * * * *
ビディの言う通りウェルゼンはそこまで遠くは無かったが、列車の中で十分な休息を取れる程度の距離ではあった。何度かのトラブルにより発生した遅延のおかげと言うべきか景色を楽しむ時間さえあった。
「んー! やっと着いた」
疎らに下車する人々と共に駅へと降りたテラは真っ先に大きく伸びをした。
「結構大きな街って聞いてたけど、思ったより人が少ないね」
「その方が良い」
「私、美味しい物食べたいなぁ。あっ、でもその前に泊まるとこだね」
初めての街に心躍っているのか鼻歌を歌いながらテラは先に歩き出した。そして駅の構内を進み二人は街へ。
「えーっと。なんか思ってたのと違うね」
左右に建物がずらり並び、等間隔の街灯が照らす真っすぐ伸びた道。それを目の前にしたテラがそう呟いたのは、期待を裏切るようにそこに街の活気はなく廃れたのかと思わせる程に人けが無かったからだろう。
「どうしたんだろう。もっとこう人が沢山いてお店の光とかがキラキラしてるかと思ってたけど……。思ったより落ち着いてるね」
キョロキョロと辺りを見回しながらもテラは、先に歩き出したユーシスの一歩後ろに続き街へと進んだ。
不気味な程に森閑とした街は、まるで隙を伺い闇に紛れる怪物のようだった。夜と静寂。それがそう感じさせているのかは不明だが、ユーシスは無意識に――本能的にと言うべきかより一層警戒を強め歩き続ける。
すると、それは静けさごと切り裂くように忽然と起きた。テラはそれを目にするまでただ街の不気味さに不安を煽られているだけだったが、ユーシスは数歩先に迫る危険を察知。その瞬間、ユーシスは咄嗟に持っていたアタッシュケースを顔前へとやった。間一髪で革へと減り込む刃。その刀を握るスーツを着た一人の男。
――チッ。
思わず舌打ちを零したユーシスだったが、その間に男は刀を引き体へ捻りを加えるとアタッシュケースごと一蹴。背後に伸びていた路地へとユーシスの姿は呑み込まれた。
一方、その場に着地した男の獅子の如く獰猛で名刀の如く鋭利な双眸はテラを見遣った。さながら無防備に狩られる草食動物。テラは絡み合った恐怖と狼狽に引っ張られるように尻餅をついた。
だがテラの姿を目にすると同時に男の眉間へ微かに皺が寄る。そして男は視線をそのまま次の行動を取ろうと動き始めるが、瞬時に路地から飛び出したユーシスを刀身の側面で受け止めた。
「はーい。ストーップ」
重なり合う手の音が鳴り、続いて響く睨み合う二人とは相反した緩やかな声。場違いにも思えるその声に男のみならずユーシスも視線をその声の方へとやった。
そこに立っていたのは、糸目のにこやかな笑みを浮かべたスーツ姿の男性。男とユーシスの動きが止まったのを確認すると、その場にしゃがみ込みテラへと手を伸ばした。
「大丈夫ですか?」
「――えっ? ……あっ。はい」
依然と処理しきれず朧気な現状に、ただ無意識的に反応したテラはその手を取り立ち上がった。
「お怪我は?」
「あっ、いえ。大丈夫です」
その小さな返事にニコやかな笑みを浮かべると、男性は二人の元へ。刀を納めはしたがユーシスは依然と警戒した視線を男へと向けていた。
「うちの弟が突然すまないね」
「コイツは人じゃない」
「だからって無闇矢鱈に襲い掛かっちゃ駄目じゃん。ちゃんと説得力のある理由を元に冷静な判断をしなさいって言われたでしょ?」
「直感を信じるのも大事ともな」
「時には、ね」
言葉の後、男性は視線をユーシスへと戻した。
「でもこの子は直感が働くのも事実。失礼だけど、君は一体?」
「言う必要があるのか?」
ユーシスの返事に男は鞘へと手を伸ばすが、それを男性が止めた。
「言って貰えると助かるかな。僕らが追ってる人物じゃないって確証が出来るからね。――いや、その前にこっちの自己紹介でもしようか」
そう言って男性は自分の胸に手を当てた。
「僕は、夜条院 慧。そしてこっちは」
慧の手は隣の男へと向いた。
「同じく夜条院の清竜。僕らの可愛い弟」
そのまま手は清竜の頭へ。しかし透かさずその手は煩わしそうに払われた。
だがユーシスとテラはそれよりも夜条院という苗字に表情を変化させていた。
「夜条院?」
「そうだよ。それで? 君は一体何かな?」
「俺は、ウェアウルフだ」
「ウェアウルフ?」
今度は慧がユーシスの言葉に僅かながら眉を顰ませた。
「そうかぁ。ウェアウルフね」
「何が言いたい?」
「いや、別に悪い意味はないよ。ただ――」
すると慧の言葉を遮るように鳥が一羽、翼をはためかせその肩へゆっくりと止まった。それはワシミミズク、梟だった。
「イマチ。見つかったかい?」
人の言葉が通じているのかイマチは返事をするように鳴声を上げた。
「そう。ありがとうね」
そう言って片手でいまちを撫でながら慧は足に着いた円状の装置へもう片方の手をやった。
「竜くん。見つかったみたい。行こうか」
真剣味を帯びた声でそう言った後、慧の顔は三度ユーシスの方へ。
「すまないけど、もう行かなくちゃ。もし泊まる場所が決まってないならあの交差点を右に曲がって少し行った所にあるツクヨミってホテルに行くと良いよ。僕に教えて貰ったって言えば通じるから。それと――」
慧は言葉を止めるとユーシスへと近づき、足元に落ちていた刀傷が付き少し凹んだアタッシュケースを拾い差し出した。
「これはちゃんと弁償させてもらうから」
とりあえずアタッシュケースを受け取るユーシス。
「あぁ、それからホテルに着いたら今日はもう外には出ない方が良いよ。それじゃあ、また。――竜くん。行くよ」
そして肩からいまちが飛び立ち、慧は清竜と共にその場を後にした。
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