第三章:昼星の煌めき
1
ヴィクトニルの家を出発した二人は、恵まれた天候に見守られながらも只管に積雪へと新たな足跡を刻んでいた。
そしてそれは洞窟と言うには小さく浅い場所で二人が休憩をしていた時の事。
「ねぇ。思ったんだけど、行くときはその指輪が道教えてくれたけど帰りってどうするの?」
「どうするって……普通にこの山へ入った場所へ戻ってる」
「戻ってるって。分かるの?」
「分かるだろ。一回通って来たんだから」
当然だと答えるユーシスにテラは口を半開きにし唖然としていた。
「なんだよ?」
「だって景色変わらないよ? ぜーんぶ白だし、あとは木が生えてるだけで全然見分けつかないじゃん」
「だとしても何となくで分かるだろ。来た方向とかそんなんで」
パチンッ、するとテラは指を鳴らすとそのままユーシスを指差した。
「分かった! 帰巣本能だ」
「何がだ?」
「ほら、狼って狩りをして遠くに行ってもちゃんと自分の縄張りに帰ってこれるって言うじゃん。それとおんなじでウェアウルフのユーシスにも帰巣本能みたいな感覚があるんだよ! ねっ! どう?」
「別に何でもいい」
するとそんな二人を他所にほんの少しだけ奥側で、円形型の時空の歪みが目を覚ますように現れた。忍び寄るそうにそっと。そして水面のように揺れ動きながら歪みは煌々とした光を放ち始める。
一方、その光で歪みの存在に気が付いた二人は咄嗟の警戒と共に顔を向けた。二人分の視線を浴びながら揺れ動く歪み。
「やっほー!」
そこからひょっこりと顔を出したのはコルだった。いつもの屈託のない笑みを浮かべながらコルは二人へ手を振っている。
「コル? 何してるの?」
テラの吃驚に染まった声を聞きながらワープホールからコルは出て来たが、依然とそれは残り続けていた。
「ビディ様が行く手段はあっても帰る手段を考えるの忘れてたって。だからこうして迎えに来ましたぁー」
ピースサインを目の傍で構えポーズを決めるコル。
「丁度、困ってたでしょ?」
「んー。そうでもないみたい」
「ん?」
「私も良く分からないんだけど、ユーシスには帰巣本能みたいなのが備わってて、ちゃんと帰れるみたいだよ」
ゆっくりとユーシスの顔を見遣ったコルは、微笑みはそのまま首を傾げて見せた。
「どゆこと?」
「別にどうでもいい。それよりお前は俺らを帰す為に来たんだろ?」
「そゆこと。さっ、どうぞどうぞ」
一瞬にして切り替わったコルは波を打つように動かした手でワープホールを指した。
「まぁ楽な方が良いよね」
そして二人はワープホールを通りエスマへと戻った。
ワープホールの先はエスマの一室。偶然か二人が雪山へ入る前日に泊まった部屋だった。
そして最後に「よっと」という声と共にコルが出て来るとワープホールは一瞬にして縮小していき、跡形もなく消え去った。
「一階の食堂にビディ様はいるから荷物置いたら下りて来てねー。よろしくー」
コルはそれを言い残すとさっさと部屋の外へ。残された二人は荷物を置いたりと準備を済ませ、下へと向かった。
他のお客は一人もおらず閑散としたエスマの食堂。その空間の中でビディは一人カップを目の前に腰掛けていた。その向かいの椅子を引くユーシスとテラ。
「白狼とは会えたかしら?」
「あぁ」
「今のあなたに何が足りないか分かったでしょ。でも思ったより早かったわね」
「追い出されたからな」
「あんたまさか怒らせるような事したわけ?」
同時にビディのユーシスを見る目はどこか蔑むような呆れたような視線へと変わった。
だがそんなユーシスを弁護するようにテラが横から割って入った。
「ユーシスは何もしてないと思いますよ。――それよりビディさんはどうして私達の場所が分かったんですか?」
その質問にユーシスからテラへと移動したビディの双眸はいつもの優し気なものへと変わっていた。
「指輪よ。それで場所を特定したの。帰りの事を考えるの忘れちゃってたからね。でも、必要なかったみたいね。まさかウェアウルフにそんな能力があるなんて私も知らなかったわ」
そう言って横目でユーシスを見遣るその視線は、感心したと言っているようだった。
「面倒が省けるなら最初からそうしてくれ」
「悪いけど、私にもあまり余裕がなくてね」
「――それで? 次は何しろと? それを言いう為にわざわざ来たんだろ?」
その通り、そう言うような笑みを浮かべながらビディは紅茶を一口。
「吸血鬼を倒す為には力を手に入れたとしてもあんた一人では無理ね」
「なら仲間でも探すか?」
「えぇ。でも人間を滅ぼしノワフィレイナ王国の再建を望む吸血鬼と自分以外の種族を絶滅へ追いやった人間じゃあね。吸血鬼を倒す為に協力してくれる種族なんて思いつかないわ。ましてや皆、自分達が生き残るのに必死な今じゃ」
「結論を言え」
「そうね。敵の敵と協力するのが手っ取り早いでしょうね」
「それって人間って事ですか?」
「そうよ」
「人間は貧弱と聞いたが? 本当に意味があるのか?」
「――ウェルゼン」
ビディは一度そこで言葉を切ると折り畳まれた紙をユーシスの方へと投げ、続きを口にし始めた。
「そこにとある一族がいる。別に人間は大戦時、全てを魔女に頼りっきりだった訳じゃない。人間の中にも特殊な者達はいたの。吸血鬼やウェアウルフに対抗する術を身に着けた者達が」
「その生き残りがいるってことか?」
「えぇ、そう聞いてる」
「でも大丈夫なんですか? 人間にとって吸血鬼は敵なのにそっち側だったウェアウルフが会いに行って。話どころか……」
その先を言葉にはしなかったが、言いたい事は十分過ぎる程に伝わっていた。
「そう思うのは当然ね。でもそこもちゃんと考慮してるわ。話ぐらいは聞いてくれる」
「手筈は整ってるって事か。なら自分で話をつければいい」
「色々と事情があるのよ。兎に角、ウェルゼンよ。そこにいる
返事の代わりにユーシスは溜息を零した。
「あんたも準備を整えなさい。この子を守りたいんなら」
「そこまではさっきみたいに飛ばしてくれるのか?」
「悪いけど。そう遠くはないわ」
期待はしていなかったのか特に表情を変える事無くユーシスは一度テラを見た。そして彼女と目が合うと視線を再度ビディへ。
「明日ここ出る」
「私は大丈夫だよ? 今日出発しても」
「なら部屋で少し休んでから行くといいわ」
「そういや、まともなもんは何も食ってないしな」
「そうだね。そう言われたら何だかお腹すいちゃった」
「彼女の料理は美味しいわよ」
「本当ですか? 楽しみです!」
それからビディを残し二人は部屋へと戻ると身支度を済ませ、ローズの頬が落ちる程の料理を食べた。お腹も満たし、多少なりとも休めた二人はエスマを後にしようとしていた。
「お世話になりました」
言葉だけでなく丁寧なお辞儀でも感謝の気持ちを表すテラ。
「いいのよ。またいつでもいらっしゃい。うちはスキーとかも出来るから次は色々と楽しんでね」
「はい。必ずまた来ますね」
「それじゃあ気を付けてね」
「ありがとうございました」
最後にもう一礼し、エスマを後にした二人は駅へと向かい列車に乗り込んだ。
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