2
勢いよく起き上がったユーシスは遅れて現状を理解すると、溜息を零して片手を顔へやった。
「ユーシス? どうしたの?」
そんな彼へ隣で寝ていたテラの眠たそうな声がそう尋ねた。それに対しユーシスはゆっくりと体を倒し顔だけをテラに向ける。
「いや、何でもない。ただの悪い夢だった」
「そう」
テラは安堵したように消えそうな声で呟くと体をユーシスの方へと更に寄せた。
「何だか。こうしてるだけで昔に戻ったみたい」
懐古の情と眠気の混じり合った小さな声がユーシスの耳へと入り込む。
「子どもの頃はこうして私とユーシスと――」
だが彼女の言葉はそこで中途半端に途切れた。
「あっ、ごめん」
「別に謝る必要はない」
「そうだけど……。ユーシス、慕ってじゃん」
「もういい。もうアイツはいない。それが現実だ。――変な夢を見た所為でまだ眠い。もう少しだけ寝る」
「うん。そうだね。お休み」
「あぁ」
* * * * *
ユーシスとテラは昨日ビディが座っていたテーブルに集まり彼女と一緒に(時間的には)昼食を食べていた。二人の服装は昨日の正装とは変わりよりラフなものへ。ビディは相変わらず。
「それで? これからどうするつもり?」
「どうするもこうするもない。第一はアイツらからテラを守るだけだ」
その答えにビディは食べる手を止め何か言いたげな表情をユーシスへ向けた。
「何だよ?」
「本当にいつまでも守り続けられると思ってるの?」
「守るさ」
「あんたは一度、この子を失った。それが答えよ。いずれまた同一轍を踏む事になる」
「じゃあどうしろと? お前が守ってくれるのか?」
「私にそこまでの力はないわ。でも受け身のままじゃ何も変わらない。ずっと追ってくるわよ。そしていずれ」
ビディの話を聞きながらあまり気に留めていないような様子で目の前の料理を食べ進めるユーシス。
「そもそも何でアイツらはテラを狙う?」
「――吸血鬼が力を取り戻すのに必要な存在だからよ。それより何も考えがないのなら、まずは北にあるベラルーラっていう山に行きなさい」
「そこに何があるって言うんだ?」
「行けば分かる」
そう言ってビディは装飾の無い指輪を差し出した。
「山に行けばこれが道を示してくれる。無くさないようにね」
ユーシスはその指輪を手に取ると少し眺めポケットへと仕舞った。
「不死の一族。その名の通り吸血鬼を消滅させるには一人残らず完全に殺し切るしかない。他の種族と違って弱らせたからと言って自然消滅を待つのは命取りになるわよ」
「たった三人のうちに潰せって事か? 俺に?」
「この子のちゃんとした安全を確保するにはそうするのが一番だし、そうしないと奴らは一生追い続けるわよ」
その言葉にユーシスの視線はテラへと移動した。
「でも私の所為でユーシスが傷付いちゃうのは嫌だな」
「俺は大丈夫。約束しただろ。俺がお前を守るって」
ユーシスはその決意を表すかのようにテーブルに乗るテラの手を優しくも強く握りしめた。
「なら尚更、吸血鬼はどうにかするしかないわね」
「その為に何とか山に行って、何にも教えてくれねー何かを手に入れればいいんだろ?」
「実際に行けば分かるって事よ。まぁそうしても今の吸血鬼をどうにか出来る保証はないけどね」
それから食事を終えたユーシスとテラは少しの休憩後、この家から出発する為ドアの前にいた。その時、テラはショルダーポーチを提げ、ユーシスは頭に頭上の耳を隠す為のキャスケットを被り手には革製のアタッシュケースを持っていた。
そしてそんな二人を見送るビディとコル。
「何かあったらいつでも来なさい。それとアレはちゃんと持ってるでしょ?」
「鍵か? それとも指輪の事か?」
「両方よ。持ってるならいいわ。それとこの子の事はちゃんと……分かってるわよね?」
「そんなに心配ならついて来て付きっ切りで一緒に居たらどうだ?」
「それは出来ない。私にはやらなくちゃいけない事があるの。それにいざという時はあんたの方が役に立つ」
「役に立つって……。頼りになるって言ってくださいよ。ちょっと物みたいじゃないですか」
するとビディの言葉にテラは少しだけ不機嫌そうな口調でそう言った。
そんな彼女へビディは穏やかな笑みを浮かべ頬へ手を触れさせた。
「そんなつもりはないわよ。ただ戦闘に関しては私より彼の方が優秀ってだけ」
ビディはそう言うと視線をもう一度ユーシスへ戻した。
「とにかく、気を付けるのよ。二人共」
二人共、その言葉と共に彼女の視線は何かをアピールするようにビディへ。
「またねー」
そんなビディの一歩後ろでコルは天真爛漫な笑みを浮かべながら手を振っていた。
そして二人に見送られ開いたドアを通ったユーシスとテラの視界に広がったのは、この場所へ来た時と同様に仄暗い路地裏。しかし似たような場所だったが、似てるだけで先日とは違う場所であることは一目瞭然だった。
「行くか」
「そうだね」
そして路地裏から出た二人は流れる人波へ川の合流のように滑らかに紛れ込み、そのまま近く駅へと歩を進めた。
目的地はビディに言われたベラルーラ。そこを目指し二人は列車へと乗り込む。
最初は緩やかに、段々と速度を上げて行った列車はあっという間に景色を早送りの様に変え始めた。足早に過ぎてゆく街並み。だがしばらくして窓を覆いつくしたのは、考えが及ばぬ程に巨大な自然。列車が進んでいないと思わせる程にどこまでも続き、窓には画像でも貼り付けたようにいつまでも変わり映えのしない景色が広がっていた。
しかしテラはそんな景色をいつまでも一人楽しんでいた。とは言っても最初の頃よりは落ち着きを見せていたが。
「ねぇ! ねぇ! ほらユーシス見て! 海だよ!」
「そーだな」
「何回見てもやっぱキラキラしてて綺麗だなぁ。また中は違った世界が広がってるだろうし。――あっ! 今見た? 何か跳ねたよ!」
「気の所為だろ」
「跳ねたってば! イルカかなぁ? もしかして鯨だったりする?」
ふふふ、と楽しそうに笑うテラはそれからも飽きもせず窓外の景色を眺め続け、ユーシスはその隣で特に興味も示さず静かに到着を待っていた。
そんな二人を乗せた列車はそれからも懸命に走り続け、終点へと無事に乗客全員を送り届けた。ゴタゴタと列車から下車していく人々に紛れるように足を踏み入れたのは多くの人でごった返した駅。右往左往する人々はまるで緻密に計算された上で動いているかのように円滑にすれ違い人の波をうねらせていた。
「確かまた別の列車に乗らないといけないんだよね?」
「そうだな」
ユーシスの返事を聞きながらも足を進めたテラは券売機の傍に置かれたモニターの前に立った。そして画面をタッチし次に乗るべき列車の時刻と乗るホームを調べ始める。
「あっ。今日、最後のが今出発した」
その抜けたような声にユーシスが画面をのぞき込むと暗くなった列車情報の上には出発の赤文字が大きく表示されていた。
「どうする?」
「どうするも無いだろ。近くに泊まるしか」
「それじゃあ早速、近くの街で宿探しだね。安いとこ。それから美味しいご飯! そーと決まれば早く行こっ!」
ユーシスとは相反するテンションのテラは、彼の手を引き今にもスキップでも刻みそうな足取りで駅の外へと向かった。それから近くの街を訪れた二人は(と言ってもユーシスは後ろをついて行っただけだが)お手頃な宿を見つけ、外で食事を済ませた。
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