第18話

「やっと試験が終わったー!」

「ちゃんと俺がやっといた方が良いって言ったところは出来たんだろうな……?」


 七月に入った直後、三日に渡って行われた期末考査が終わり、教室内は伸びをしたり、気の知れた者との会話を楽しんだりと一気にリラックスした空気に変わっている。


「問題ない! 毎回思うけど、お前がテスト前にくれる問題予想って予想エグイくらい当たるよな」

「当たるも何も、もうずっとサポートを続けてきたから、何となく傾向が掴めてきてるんだよ」

「それって俺のお陰じゃん!」


 敦人がテンション高く言うが、分析の精度が上がれば上がるだけ自分の勉強がふがいなかったと反省して欲しいところ。

 ただ、このテンションの高さなら、感覚的にそこまで悪くないということだと考えられるため、赤点は回避出来たようだ。


「もうすぐ夏休みだし、クラスマッチもある! 残りの授業は少なくなって昼までの日も多くなってくる。一年の中で最高の時期が来たな!」


 敦人の言う通り、夏休みまでの三週間ほどの期間であるのはクラスマッチなどの楽しいイベントであったり、学期末の短縮授業などがメイン。

 これまでに比べたら、随分と負担が軽くなるのが間違いない。


「まぁ、昼までになる理由は懇談とかがあるからだけどな。赤点は回避出来てても、懇談で成績のことをボロクソ言われるんじゃね?」

「そこは気合で乗り越えて見せよう」

「まぁそんなことが憂鬱なら、ちょっとは真面目になるよな……」


 侑人の性格からすれば、懇談で何か問題点を指摘されることがかなり気になる性格だが、敦人は全く気にならないらしい。

 そんな部分が、自分はそれなりに神経質だと感じる侑人にとっては羨ましいと思うところであったりもするのだが。


「夏休みの予定もそろそろ立てないとな。どっか遊びにでも行かね?」

「別にそれは良いけど、間違っても彼女は呼んでくれるなよ? 俺が除け者になるし、お前らがいちゃついてるの見て倒れるわ」

「分かってるって!」


 言葉ではそう言っているが、本当に連れて来そうで怖い。


「侑人って俺の彼女の事あんまり知らないんだっけ?」

「顔は見たことあるけど他クラスだし、具体的には知らないな。可愛らしい子だって言うことは知ってる。でもお前がエグイ話するから、なおさら相手をしっかりと認識するのがしんどい」

「ひどい言い草だぞ。ちゃんと純粋に大事にしてるんだから」

「まぁそれは疑わねぇけど……」


 敦人は見た目も結構チャラそうに見えるし、勉強も出来ないがちゃんと関わる人を大事にするのは、近くにいつもいる侑人はよく分かっていた。


 ただ、侑人としてもあまり知らないとはいえ、敦人の彼女が可愛らしくしかも雰囲気的に落ち着いた子だというくらいは認識している。

 それもあって、そんな子がここにいるやつと激しく盛り上がっている話は、なかなか聞くに堪えない部分がある。


 こんなこと思ったらだめなのかもしれないが、もうちょっと彼女さん側もイケイケ感があれば全然気にならないのだが……。


「そのうち、ちゃんと紹介するわ!」

「紹介されてどうするんだよ。友達の友達以上に関わり方が難しいんだが?」

「これだから陰キャはダメなんだよなー」

「むしろ、知らないところで彼女と勝手に仲良くなられるより百倍くらいマシだろ」

「それはそうかも。ま、可愛いやつだから」

「意地でも紹介したいんだな……」

「こういうところ見せつけていかないと、お前も彼女を作ろうって気にならないみたいだからな。すっかり以前の熱は冷めちまったみたいだし」

「そ、それは……」


 本当は違うのだが、敦人の指摘に返す言葉が無い。

 結局、「彼女作りは落ち着いて考える」と言ってから、その後敦人には何も言っていない以上、早々に諦めたと思われても仕方ない。


 勉強などは一切覚えていないくせに、こういうことだけは察しも良い上に記憶力もあるところが、なんとも憎たらしい。


「たまにはショック療法も必要だぜ?」

「丁重にお断りするわ……」



 期末テスト最終日は、テスト終了後そのまま放課後となる。

 中学の頃は、午後から普通に授業をしていたような気がしたが、テストで根詰めた体にはありがたい休暇になる。


「お待たせしました……!」

「いえいえ、大丈夫です。では、行きましょうか」


 恐ろしい提案をしてきた敦人を半ば無理やり部活へと送り出した後、高校から出て少し離れたところで結愛と待ち合わせをしていた。

 期末考査の振り返りを行うことにしているのだが、いつも自習をしていた教室ではなく、近くにある喫茶店に向かっている。


 理由としては、「試験お疲れ様」と言う意味もある。


 早速喫茶店内に入って、それぞれの飲み物を注文し、落ち着けそうな奥の方にある席を確保した。


「まずは試験お疲れ様でした。出来の方はいかがでしたか?」

「今から自己採点してみないと分からないですが、いつもよりもより出来たと思います。特に数学は、小野寺君に教えてもらいましたからね?」


 一緒に勉強していて分かったことだが、侑人の方が僅かに結愛よりも数学や地理に関しては強いことが判明した。

 その部分に関して教えることがあったのだが、しっかりと吸収してより無敵になったようだ。


 その後自己採点を行ったが、結愛は国語関係の記述などの減点の不確定要素を除いてほとんど間違いが無かったため、学年一位もあり得そうな結果となった。

 侑人も解いた時から手ごたえを感じていた通り、全体的に点数は上がっていた。


 良いことではあるのだが、目の前の彼女の出来を知ってしまうと、なんだか微妙に感じてしまうが。


「小野寺君の方はいかがでしたか?」

「いつもよりも出来ていました。自分も、真島さんに教えていただけたことが生かされた部分が大きいですね」


 侑人がそう言うと、結愛はとても嬉しそうな顔をする。


「良かったです! お互いに気持ちよく夏休みに入れそうですね」

「そ、そうですね!」


「夏休み」と言う言葉を結愛から聞いて、侑人は少しだけ体をびくりとさせた。

 敦人との話にも出たように、このタイミングで話せば誰が相手であってもこの話になることは想定出来るのだが、それでも平常心で居られない。


 その理由は、侑人が今日ここで話そうと思っていたことにある。


「あの、真島さん……」

「はい、何でしょう?」

「夏休みなのですが、良ければどこかに遊びに行きませんか?」


 敦人も色々と考えていたように、侑人もこの夏休みに結愛と二人で過ごせる時間が欲しいとは以前から考えていた。

 二人で出かけたのは、もう二ヵ月くらい前の話になる。


「はい、喜んで! 予定決めないとですね!」

「その予定なのですが、今のうちに提案したい日が既に一日ありまして……」

「今のうちに?」


 不思議そうに頭を傾げる結愛に、スマホに映し出されたカレンダーを見せた。


「八月十一日、いかがですか?」

「この日って……」


 言っていて、口から心臓が飛び出るのではないかと感じてしまう。


 少し前に柚希から聞いた結愛の誕生日。

 色々と考えた結果、彼女をお祝い出来ればと考えていた。


 しかし、勝手に誕生日を把握していることも結愛から見ればどうかと思われる分からないし、家族や友人たちとの都合もあるかもしれない。


 断られるかもしれない、ちょっと引かれるかもしれない。


 今まで声をかけてきたどんなことよりも大胆過ぎることは、言っている侑人自身が一番感じていた。


「柚希が教えてくれたんです。良ければ、お祝い出来ればと思うんですが、いかがですか? 当然、家族や友達との兼ね合いもあるので、難しいかもしれませんが……!」

「……大丈夫ですよ?」


 逃げ道を作るように慌てて追加で色々と話す侑人に、結愛はちょっとだけ恥かしそうに笑いながら、快く承諾してくれた。


「ほ、本当ですか!?」

「柚希が教えてるってことは、柚希を含めた集まりはあの子が色々と察してコントロールしようとすると思いますので。家族との予定もありますのでどれくらい一緒に居られるかは分かりませんが、必ずお時間は作ります」

「あ、ありがとうございます……!」

「こちらこそです。……楽しみにしてますね」


 思い切った誘いを承諾してもらえてホッとしたのもつかの間、OKしてもらえたことに対することへの高揚によって、侑人は終始ずっとドキドキし続けていた。


 何も書き込まれていない真っ白な八月のカレンダーに、大切な予定が記された。

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