第13話
二人がこうして集まる密かな放課後この時間は、長くても二時間までという取り決めにしてある。
理由としては、あまり長居し過ぎると部活動を終えて帰宅する生徒たちが出てき始めて、周りの目につきやすくなるためである。
色んなことに気を配る必要はあるものの、今まで朝一番に挨拶と軽い会話しか出来なかったことを考えるとまた一つ関係性が進展したと言える。
そして、勉強が全くできない柚希としか関わっていない侑人としては、初めて成績が優秀な女子の勉強する姿を目にすることにもなっている。
結愛の勉強している姿を見ると、ノートの取り方や教科書にアンダーライン一つ引くのにも、丁寧さが伺える。
自分さえ理解出来ていれば綺麗さや丁寧さを求めない侑人とは、正反対のスタイルと言える。
「何か気になることでもありますか?」
「いや、綺麗にまとめているなって思いまして」
「そうですかね?」
結愛自身には、そこまで綺麗にまとめているという意識が無いらしい。
「小野寺君は、かなりシンプルな勉強方法なんですね」
「ですね。全く綺麗じゃないので、恥ずかしいのですがね……」
「どういう形であれ、理解出来ているのであればいいと思いますけどね? 小野寺君は、成績良いですし」
「そ、そう言ってもらえると、ありがたいですね」
また彼女からさらっとフォローを貰ってしまった。
何か話を振ったことで、自分のボロを晒してしまうところからこのフォローまでの流れが、徐々に鉄板になりつつある。
だが、こういうことで結愛の対応が変わることが無いと分かってきたことも、侑人が少しずつ彼女に話を振ることが出来るようになってきた一因になりつつある。
「私もそう言うところがあるんですけど、女子ってボールペンから蛍光ペンまで何色も持っててカラフルにしがちなんですよね。見る限り、小野寺君って赤青ペンだけで済ませてますよね? そういうシンプルに出来るところ、見習いたいです」
「確かに、自分は赤青以外の色付きペンは持ってないですね。何なら、蛍光ペンはほとんど触れてないやつが一本あるだけですね」
女子はカラフルでおしゃれな文房具をたくさん持っているのだろう。
教師の中にも、チョークの色を無駄に多く使い分けて板書するタイプも少なくないため、せっかく持っているのであれば、そういう時に使いたいと思うだろうし、結愛の悩みも何となく分かるような気がする。
侑人は、分かっているところと分かっていない情報の精査だけ色分けして出来ればいいと思っているタイプなので、教員の板書による色遣いに全く従っていない。
「それだけ頭の中で整理がすぐに出来てるってことだと思いますよ?」
「そ、そうですかね?」
「はい! そうでなければ、結果は出てないと思いますから」
フォローだけでなく、お褒めの言葉まで貰ってしまった。
そのおかげもあって、俄然やる気が出てきた侑人は行っていた予習をさらに進めるべく、手を動かした。
「あ、あれ?」
しかし、その勢い良く動かし始めた手は、思わぬ形で止められることになった。
いつも使っていた赤ボールペンが、インク切れを起こしてしまった。
「どうされましたか?」
「いつも使っている赤ボールペンのインクが切れてしまったようです」
そう答えながら、筆箱から別の赤ボールペンが無いか物色した。
しかし、残っているのは青と黒のボールペンのみ。
何本かストックしていたつもりだったが、以前使っていた分がインク切れした際に購入を先送りにしていたようだ。
「もしかして、赤ペン無くなりました?」
「そうみたいです。帰り道にどこかで購入して帰ります」
幸いなことに授業中などの緊急性を要する場面ではないので、赤ペンを使うところだけを避けて進めていけばいい話。
そう思っていた侑人の目の前に、すっと赤ボールペンを持った白い手が伸びてきた。
「お貸しします。後でまた記入するのは大変でしょうから」
「いいんですか?」
「もちろんです!」
彼女の厚意を無駄にする必要はないので、遠慮なく借りることにした。
侑人が使っているようなシンプルなボールペンではなく、小型の可愛らしい形をしたものであった。
侑人が全く見たことが無い形で、おそらくは文房具屋や雑貨屋に行かないと購入出来ないもののようだ。
使うことに緊張感を覚えつつも、ありがたく使わせてもらう。
いつも侑人が使っているボールペンと違い、滑らかな書き心地でインクのムラもなく、ストレスが一切ない。
これまで使っていたこともあって、先ほどインクが切れたボールペンにはそれなりも思いがあったような気がするが、結愛のボールペンの快適さで全てが吹き飛んだ。
「これ、使いやすいですね!」
「小野寺君もそう思います? 私も使いやすくてお気に入りのタイプです」
文房具の使いやすさ一つで、意外と勉強のモチベーションも影響を受ける。
いつもよりもスムーズに予習を進めていくことが出来た。
そんなやり取りがあってから、約一時間後。
「さて、そろそろ終わりましょうか。早いところは、もう部活が終わるころだと思いますし」
「そうですね。片付けをして、帰りましょうか」
「ボールペン、ありがとうございました」
侑人は、貸してもらったお礼を述べながら結愛に赤ボールペンを返そうとした。
「良かったら、これからも使ってもらっていいですよ?」
「そ、それは悪いですよ……」
「使いやすい物はぜひとも使っていただきたいです。ぜひ、遠慮せずに使ってもらえたら」
普通のボールペンよりも高価なことは、見た目と使い心地で分かったのでより気が引ける。
しかし、ここまで言ってくれている中で返すのはそれはそれでいただけない。
色々と考えた中で、侑人はあることを思いついた。
「じゃあ、これを頂く代わりに……これを真島さんに」
「……これは消しゴムですか?」
「そうです。特徴としては、透明なので消したいところがピンポイントで分かりやすくて、よく消えます。何個か持ってますので、ボールペンとの『交換』としていかがですか?」
侑人が考えたのは、個人的におすすめで使いやすい文房具をこちらからも渡し、交換という形にするというものだった。
「便利そうですね。小野寺君がそう言ってくれるのでしたら、貰います!」
「是非是非!」
思わぬ形で、侑人は結愛のボールペンを、結愛は侑人の消しゴムを所持することになった。
その後は、机を元通りにしてから他の生徒たちの部活動が終わる前に、高校を出てお互いに帰路に着いた。
それぞれの帰路に着いて一人で歩みだした時、二人は同じような思いを抱いていた。
(便利でも、こうして貰ったってなると大事にしていつまでも使えないかも……)
ここで初めて二人は、柚希が侑人から貰った文房具などをいつまで経っても使わずに大事そうにしている気持ちが少しだけ分かったような気がした。
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