第12話

 柚希の誕生日が終わって、六月に突入した。

 五月までは暑いと言っても、湿度が比較的低めで何とかまだ過ごせていたが、少しずつジメジメとした感覚がしてきている。

 控えめに言っても、この時期が好きだという人はあまり多くないだろう。


「ちょっと暑すぎるぞ……。どうなってんだ?」

「運動もしてないのに、それは甘いぜ……。このぐらいでそんなことを言っていたら、この時期の運動部は地獄だぜ?」

「色々想像したくないな」

「それよりも、俺としては授業ばっかりなのが堪える。行事もうちょっと分散させてくれりゃあいいのにな」

「お前は総体と言うビックイベントがあるじゃねぇか」

「それはそうだけど、あれは真剣勝負だし気軽に行事なんて言えないかな」

「それもそうか……。三年生の足引っ張れないしな」

「そうそう。もっと気軽に楽しく盛り上がれるような事を、俺は求めてる!」


 いつものように休み時間に敦人と会話するが、出てくるのはジメジメとした不快な感覚に加えて、目立った高校行事が何一つない六月に対しての不満ばかり。

 強いてあげるとするならば、運動部の総体やインターハイぐらいなもので、直接関われない生徒からすれば、日々の変わらぬ授業しかない。


 敦人や柚希と言った勉強が苦手なメンツにとっては、一年の中でも最も苦しい時期を迎えたと言っても過言ではなさそうだ。


「ま、この時期は勉強して夏休み前に赤点を取るなっていう学校のありがたい配慮だよ。そう思って、今月はしっかり勉強するんだな」

「うええ……。お前が勉強してる姿見るだけで息苦しいのに、無理ですわ。去年は宿泊学習があったから、この時期も楽しかったんだけどな」


 一年生だった去年は、県外の施設で宿泊合宿をするという機会があった。

 そこでは勉学ももちろんだが、自然体験やレクリエーションがあったので、敦人的に楽しかった思い出として残っているようだ。


「あの頃からあいつと付き合えてたら、もっと楽しかっただろうな」

「あー、彼女さんね。でも、入学してあまり経ってなかったあの時期には流石に厳しかっただろうな」


 入学して二カ月くらいのタイミングだったので、まだお付き合いを始めるまでの関係性まで発展していた人はいなかった。


 ただ、意識する相手が居る人自体はそれなりに多くいた。

『異性の部屋に行くことは禁止』など教師が色々と制限をかける中で、呼び出しや事前に打ち合わせをして、数少ない自由時間中に話をしていた。


 特別な行事中ということもあって、気持ちが大きくなり、話すらあまり出来ていない相手にコンタクトを取ろうとしている者もいた。


(真島さんも、呼び出しとか色々あったんだろうな……)


 当時は結愛と話したことすらも無かった侑人だが、男子からの注目具合を考えれば、色々とあったのだろうと容易に想像がつく。


「修学旅行では、彼女と一緒に自由行動出来たらなとは思ってる」

「ほほう、つまりそれは俺たちを見捨てて彼女さんと合流しようということですかな?」

「えーっと、その……まぁ、はい」

「……ちょっと待て。いつも一緒になっているメンバーで自由行動グループになるととしたら、俺以外全員彼女持ちってことになる。皆が、彼女と行動するために離脱でもしたら……」

「お前ひとりで知らない土地を散策ってことになるな」

「それってただの迷子じゃね?」

「どうしても彼女を作らなきゃいけない理由が出来たな!」


 理由として、あまりにもしょうもない上にピンポイントすぎることに、侑人は思わずため息をついてしまった。



 放課後。

 侑人は、部活に向かう敦人を見送った後、教材の整理を行っていた。

 そんなタイミングで、柚希が近付いてきた。

 最近ではおなじみの流れと言ったところだが、いつも以上にニヤつきながらこっちに向かって来る。

 客観的に見てもかなり美人なはずなのに、何一つときめかないのはこういうところが原因か。


「結愛が『先に行ってるね』だってさ!」

「そ、そうか」

「周りが退屈だと言っている時期に、一番楽しい時間を過ごしおって~!」

「遊ぶわけじゃないんだからな」


 今日から、結愛の同好会としての活動が無い時は、放課後利用されていない教室に集まって勉強しようということになっている。

 生徒数がそれなりに多い高校であることもあって、放課後施錠されないものの、誰もいない教室が数多くある。


 あまり放課後の活動で使用されていない場所にある教室に目星をつけて、そこで会話でもしながらのんびりと予習・復習・課題消化でもやろうといったところ。


「ほらほら、結愛を待たせないように早く侑人も行きな!」

「急かさなくても、もう行くって」


 柚希に背中をバシバシ叩かれて、半ば教室を追い出されるような形で、事前に決めた教室へと向かった。


「お疲れ様です」


 教室に入ると、既に二人分の机と椅子を動かして準備を整えてくれている結愛の姿があった。


「すみません、準備までしてもらって」

「いえいえ。お誘いしてもらいましたし、これくらいは」


 セッティングが完了したところで、お互いに向き合うように座って教材を取り出す。


「なんか不思議な感覚です。いつも勉強は一人でやっているものですから」

「同じくです。友人が勉強嫌いなもので、一緒にすることがなかなか無いですね」

「私も、テスト前は柚希を誘ったりするのですが、いつも断られてしまいます。『分からないところは、随時スマホで聞く!』との一点張りで」

「昔から勉強が苦手で集中力が続かないので、それが主な理由ですね」


 ちょっと残念そうな顔で結愛は言っているが、柚希を知る侑人からすれば集中力が続かない上に、結愛の邪魔になることを気にしているのだろうと思った。


「ここ最近は『勉強ばっかりでつまらない!』ってよく言ってます」

「みんな思うことは同じですね。去年は、宿泊学習とかありましたけど、そう言うのも今年ありませんからね」

「宿泊学習、懐かしいですね。まぁ、色々とあったような気がしますが……」


 結愛は一年前の出来事を懐かしむ一方で、珍しくちょっとだけ苦い笑いを浮かべた。


「男子から、呼び出されたりしました?」

「……はい。あんまり知らない数人からそんな話が来て、びっくりしました。よく分からなかったので対応しなかったのですが、少し罪悪感もあって微妙な気持ちになってしまいました」


 もちろん、よく分かっていない相手が一方的に声をかけてきている以上、スルーをすることは別に悪い事ではない。

 だが、反応しなかったことに対する罪悪感を感じるというのも、彼女の性格らしいなと思ってしまう。


「特別な時間で、気持ちが高揚している人も多かったでしょうからね。真島さんにとっては、とても大変だったでしょうね」

「せめて、もっとちゃんと断る理由があればスムーズかつ罪悪感もなかったかなって思っちゃいますね」

「ちゃんと断る理由ですか……。簡単なように見えて、なかなか難しいですね」

「そうですよね、嘘をついてしまうとそれもまた罪悪感がありますから」

「『友達と一緒に居るから』では、弱いですかね?」

「それだと、一緒に居る友達に融通を利かせるように言ってきてより話が拗れちゃいますね」

「た、確かに……。難しいですね」


 積極的な人であれば、周りに居る人にもコンタクトを取って合わせてくることはやりそうな話。

 断った言い分に対して対応されてしまうと、一気に断れなくなる。


「でもそう考えると、こうして知り合えたのが二年生になってからでよかったなって思います。一年生の頃から出会っていたら、おそらくあの宿泊学習で真島さんを呼び出したりしていたと思います」


 今の関係性なら、宿泊学習があればそこでおそらく彼女を呼び出して少し話をする時間を確保しようと考えたに違いない。

 仲良くなってきたことが逆に、彼女を困らせてしまうことになるところだったかもしれない。


「……小野寺君の呼び出しなら、もちろんお答えしてましたよ?」

「え?」

「断る理由なんて無いです。……喜んで会いに行きますよ?」


 思った返事と全く違っていて、侑人はびっくりしてしまった。

 そんな想定外の返事をした彼女は、ちょっとだけ顔を赤くしていた。


「そ、それに! 断る理由としてもちゃんとしてますから、罪悪感も無いですし!」

「な、なるほど!」


 後から慌てて付け足されたような彼女の言い分に、何度も首を縦に振って頷いた。

 その後、ちょっとだけお互いに話難い雰囲気になったが、侑人としては受け止めきれない嬉しさが込み上げていた。

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