先生と境界

偽エビ

第1章

第1話

「先生っていつもそこに居るよね。なんで?」


 背後から聞こえた声に閉じていた目を開く。


「……何度も言うが屋上は立ち入り禁止だぞ」

「先生だって入ってるじゃん」

「僕は誰にも迷惑かけてないからいいんだよ」

「……」


 昼休みはこうして1人静かに過ごすのが日課なのだが最近妙な邪魔が入る。


「分かったらさっさと教室戻れ」

「もうちょっとお話しよーよ」

「その必要は無い」

「ひっどーい」


 ケラケラ笑う彼女は至って普通の女子生徒だ。

 見た目にさして特徴があるわけでなし。声も明日には忘れていそうな響きをしている。

 彼女は僕のすぐ後ろまで来ると、ストンと背中合わせに座った。


「前から聞こうと思って忘れてたんだけど、先生って下の名前なんてゆーの?」

「どうでもいいだろう。君には関係のないことだ」

「ケチ。あたしはミソギって名前だよ。変でしょ」

「いい名前だな。なんでも許してくれそうだ」

「……でもあだ名絶対味噌ちゃんなんだよ?」

「何が不満なんだ」

「かわいくない!」


 それからも彼女がなにか言って僕が答えて彼女が笑った。

 生産性のない会話は彼女の十八番だ。

 僕はこれまで凄まじい時間を彼女のおかげで浪費している。


「先生ってさ、彼女とかいたの?」

「……覚えていない」

「絶対いないじゃんそれ!」


 ひと通り彼女は腹を抱えて笑うと、すっと立ち上がった。どうやら昼休みが終わるらしい。


「じゃあ先生今フリーなんだ」

「大人をからかうんじゃない」

「本気だったらどうする?」


 いつの間にか彼女は僕の横顔を金網の隙間から覗き見ている。

 誰かにじっくり顔を見られるなんていつぶりだろうか。


「デートは屋上だけになってしまうな」


「そのジョーク全然笑えないんだけど!」

「あと僕の名前は司だ。先生って呼ぶな」

「別にいいじゃん。細かいなー」


 彼女はぐいっと伸びをしてまた僕に背を向けた。


「…………次からはちゃんと許可とってから来いよ」

「うん!」


 嬉しそうに頷くと彼女は校舎へ戻った。


 風にたなびく白衣の裾を抑えながら座り直す。

 この学校の屋上という地に縛られ続ける僕を見つけたのは彼女が初めてだ。

 屋上を囲う金網が、その外にいる僕と内にいる彼女の境界線。

 越えることなんてあってはならない。

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