パンチカード・メモリーズ!
森井 威緒
プロローグ
海は透明とは程遠く、波打ち際には金属片と何の為に作られたかもわからないプラスチックの屑が散乱している。綺麗な砂浜とはお世辞にも言えない。
それでもこの砂浜から情緒が感じられるのは、空を紅く染める夕日のお陰だろう。
大地と海を汚すことで自分達の物にしてきた人類も、あの太陽だけは汚すことができなかった。
彼は潮の香りが苦手だった。
それにもかかわらず、彼女との別れの場所にこの砂浜を選んだ。
いつだったか彼女が『綺麗な海を見たい』と言っていたことを彼は覚えていた。
残念ながら綺麗な海ではない。
彼は彼女の言ったことを決して忘れたりしない、そういう風に彼は作られている。
砂浜で横になっている彼はまるで何十年も前から、そこでそうしている様な妙な落ち着きがある様に彼女は彼の隣に座りながら感じた。
実際はその逆で彼はこれから数十年、数百年という長い眠りにこれから入る。
目覚めるのがいつになるのかは、彼女にも彼自身にもわからない。ただ、それが永遠の別れになるような気が二人にはしていた。
彼女は彼に別れの言葉を伝えようと、声の震えを必死に抑えながら話した。そんなことをしても彼には全てお見通しなのだが、普段からの癖でついそういう話し方になってしまう。
「これで良かったんだよね?」
彼女はそんなつまらない事を聞くつもりはなかったが、咄嗟に出てきた言葉がそれだった。
彼は無言のまま。
もう眠りに入ってしまったのだろうか?
彼女は一瞬不安になったがそれならそれで良いと考えを改めた。
「もっと気の利いたことは言えないのかよ?」
そうまた皮肉を言ってくるかもしれないから。
ただ最後に彼女は、彼の大きい体に包まれたかったが、それは諦めるしかなかった。
彼女の両手には十数枚の厚紙が握られている。
彼女は思わずその厚紙を強く握りしめてしまい、慌てて力を緩めた。
厚紙には無数の穴が空いている。傍から見たらただのボロボロの紙にしか見えないかもしれない。
彼と彼女だけがわかる秘密の文章。
気がつくと空の主役は太陽よりも無数の星々に変わりつつあった。
彼女はなんとなくその穴だらけの厚紙を沈みかけている太陽に向かって透かして見てみる。
無数の穴から太陽の光が僅かに入り込んでくる。
星空なんかよりもよっぽど綺麗に彼女には見えた。
彼女は軽く息をついて立ち上がり、太陽が沈んで行った方に向かって砂浜を歩き出した。
そう、彼女には帰るべき場所がある。
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