面談〜森田蒼〜

 10月上旬のある日の放課後、再び面談があるということで、森田蒼は前回同様相談室で涼ちゃんと順番を待っている。

 涼ちゃんがこの前のバレー部の応援に行った話をしてきたので、それに相槌を打ちながら、はるちゃんとのことを思い出す。

 帰り道、勇気を出してはるちゃんに「手を握っていい」と聞いてみた。拒絶されたら立ち上がれないと思っていたが、幸い返事の代わりに手が伸びてきて、手をつなぐことができた。手をつないだ瞬間、体中が幸せで満たされたような不思議な感覚につつまれた。


 蒼が思い出に浸っているところで、本田さんの面談がおわり、次は森田さんの番と呼びに来る。相談室に座っている松尾先生の向かいにスカートがしわにならないように手をそえながら座る。

「森田さん、今の座り方だいぶん自然な感じでできるようになったね。スカートには慣れたみたいだね。なにか困ったことある?」

先生は緊張を和らげる話をした後、質問をしてきた。

蒼は以前から気になっていたことを話し始めた。

「2年生になってスカートを履き始めて、女の子って楽しいなと思うようになって、かわいい女の子になりたい願望が強くなってきました。でもクラスの女子を好きになって、女の子になりたいのに、女子が好きって変なのかなと思っています。」

先生は少し考えこんで、話し始めた。

「人を好きになるというのは、先に好きになってあとから性別がついてくるの。男性で好きになった人が男性だったら同性愛って言われるだけなの。森田さんもそれと同じように、たまたまなりたい自分がかわいい女の子で、好きな子は女の子。それでいいんじゃない。」

とわかったような、わからないような表現で、今の自分を肯定してくれた。


 帰りの電車中で、先生から今のままで良いと言われたが、問題はかわいい女の子になりたい蒼をはるちゃんが受け入れてくれるかだ。やっぱり、普通の女の子はかっこいい男の子が好きだよな。この前手をつなげたのも、単に女友だち扱いされただけなのかも知れない。


 蒼がそんなことを考えていたとき、突然お尻に他人の手が触れた感触があった。帰宅ラッシュの時間帯で満員ではないが、混み始めた車内で電車の揺れでたまたまあたっただけだろうと思っていたら、その手は再度蒼のお尻を触り、さらになで始めた。

 明らかに痴漢だとわかったが、恐怖で身動きがとれず、声をあげて助けを求めることもできない。蒼が無抵抗なことに調子づいたのか、その手はスカートの中まで入ってこようとした。太ももを触られ少しずつその手は上に上がってくる。

 あともう少しで股間の部分を触られそうになった時、駅に到着し電車から降りる人の波ができる。その波の流れにのり、蒼は自宅の最寄り駅ではなかったが、誰か触っていたかも確認せずに逃げるように電車から降りる。


 そのあとどうやって自宅まで帰ったか、はっきりとした記憶がない。帰宅後、汚れた体を清めたくて、すぐにお風呂場に直行し体を洗った。体を洗いながら涙が出る。いままで女子高生になって楽しい生活を送っていたが、改めて女の子は脆弱な存在であることに気づく。男である自分でもこんなに怖かったのに、はるちゃんや理恵ちゃんみたいな女子だったらと思うと言葉が出ない。彼女たちの明るさは、この脆弱で不安な現実を忘れるための明るさなのかもしれない。

 

 お風呂から上がった後、無言で夕ご飯を食べる蒼に心配した母が、

「何かあったの?」と聞いてきたが、

言葉にするとまた思い出し、母にも心配をかけるので、

「何でもない」と答えるのが精いっぱいだった。

 その後テストが近づいていたが、勉強する気にもなれず、早めに寝ることにした。目を閉じると、電車での恐怖がよみがえってくる。不安な気持ちでなかなか寝付けない一夜になってしまった。

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