思いを告げる

中間テスト

 森田蒼は憂鬱な気分で朝を迎えた。一晩寝て起きたら忘れられるかと思ったが、まだ昨日のことが頭から離れない。学校を休むことも考えたが中間テスト前の大事な時期なので休むわけにはいかず、また母には余計な心配をかけたくないので、いつものように朝ごはんを食べて登校の準備をする。

 スカートを履くとき、昨日まで楽しい気分で着替えていたが、今日はまた痴漢される恐怖が先に来る。スカートが、無防備で頼りないものに見える。

 家を出て、駅に着き電車に乗りこむ。男性がみんな怪しく思えてくるので、女性の近くに立つようにする。それでも不安な気持ちは抑えられず、つい周りを警戒してしまう。

 学校について2組の教室に入る。いつもなら朝のホームルームまでの間、クラスの友達とおしゃべりしながら待っているが、今日は話す気にならずテスト勉強をしながら先生がくるのを待つことにする。

「蒼ちゃん、何かあったの?」

 晴れない表情で勉強を続ける蒼を、不審に思ったはるちゃんが声をかけてくれる。その優しさを感じながら、昨日の件を話す。話しながら、思わず涙目になる。

「はるちゃん、いままで女の子って楽しいと思ってけど、楽しくないこともあるんだね。今まで能天気に楽しんでばかりでごめん。」

と蒼は、女の子の楽しい部分だけを享受してきた自分を恥じた。

 朝から深刻な話をしていた2人の会話は、知らない間にクラスからの注目を浴びていたみたいで、2人の会話を途切れた時に

「森田さん、大変だったね。」

「ドアのそばは危ないから、真ん中の方がいいよ。降りる直前にさっと触って逃げていく人がいるらしいよ。」

「私も後ろに変な人がきたら、さりげなく移動するようにしている。」

「私も痴漢じゃないけど、帰り道変な人がついてきたことがある。コンビニに入ったら、ついてこなくなったけど、怖かった。」

とクラスの女子が、励ましたりアドバイスをくれたりする。

 ありがたいと思いながら、みんな気を付けていると思って、今まで乗り降りするとき楽だからと電車のドアの近くに立っていたし、後ろに誰がいるなんて気にしたことなかった。無防備で不用心な自分を改めて恥じる。


 クラスメイトから話を聞いたのだろう、松尾先生が昼休みに蒼を呼び出した。

「森田さん、話は聞いたけど大変だったね。こんな時公平世界仮説って言って、被害者側に隙があったといって責める人がいるけど、それは気にしないでいいから。悪いのは加害者であって、被害者ではないから。」

松尾先生は慰めてくれた後に、

「そうは言っても何かあってからでは遅いから、心構えとしてはサバンナにいるウサギぐらいの気持ちで、常に周りを警戒しておいてね。そのあたりは男子だと今まで気にしなかったかもしれないけど、女の子になるなら気を付けてね。」

とアドバイスをしてくれた。2年生になってスカートを履くようになってから、男のままでいたらと知らない女の子の苦労がいっぱいあることに気づく。


 放課後は中間テストが1週間後に控えてので、恒例の勉強会をいつもの4人でやった後、はるちゃんと一緒に駅に向かった。

「今日はいろいろ励ましてくれてありがとう。こんな時は、みんなの優しさがうれしいね。すこし元気になったよ。」

蒼は、心配をかけたはるちゃんにお礼を言った。

 はるちゃんがそっと蒼の手をとった。この前と同じ幸せな気持ちで体中が満たされ、ゲームの回復魔法のように蒼の心のダメージを回復した気がした。


 翌日の勉強会を始める時、蒼は理恵ちゃんから小さな紙袋をもらった。紙袋から中身をとりだすと、ピンクのパスケースだった。

「それパスケースだけど、防犯ブザーもついているから鞄に着けていると便利だよ。何かあったときに鳴らせば、相手びっくりして止めてくれると思うよ。私も鞄に着けているよ。もうすぐ誕生日でしょ?誕生日プレゼントしてもらっておいて。」

 理恵ちゃんはそう言いながら、自分のカバンについている水色のパスケースをみせてくれた。蒼がもらったのはそれの色違いのようだ。友達と同じものをもつと連帯感がでてうれしい。これも女の子になってわかったことだ。


 痴漢のおかげでひどい目にあったが、女の子は楽しいばかりでないことも知れたし、みんなの優しさもわかったしで、悪いことばかりではなかった。漢文の教科書に載っていた、「人間万事塞翁が馬」の意味が少しわかった気がする。



 

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