203X年‐多民族国家・日本にて

阿月礼

第1話 事件発生

 

1-1 現場検証

 「斉藤良雄氏は、頭部を殴打されていますね。明らかに殺しです」

 捜査員の一人が言った。

 東京の一隅、外国人の多いこの地区で、町工場・斉藤鉄工所の経営者であった斉藤良雄(65歳)の死体は見つかった。

 斉藤良雄は、夜、1人でこの地区内を歩いている時に殺されたらしかった。

 斉藤の死体を発見したのは、近所の住民であった。朝になり、外が明かるくなった頃、草が半ば生い茂った空き地に頭を砕かれ、血を流した死体となった斉藤が発見されたのであった。

 発見した住民はすぐに110番通報し、そこに通報を受けた警察が駆けつけて来たのであった。

 草むらの中の斉藤の死体は、草むらの中故に、捜査は、殊に慎重に行われた。警視庁捜査一課から派遣された捜査班は、事件の鍵となるであろう各物件を慎重に探すべく、現場検証を行なっていた。

 警部補・山城葵は、30代の女性刑事であり、この捜査班の一員でもある。左腕に「捜」の腕章をつけ、又、勿論、自身の指紋がつかぬよう、捜査用の白い手袋を両手にはめていた。

 「ひどい殺され方ね」

 葵は、刑事である以上、これまでにも、研修等で、多くの死体の写真等を見ては来た。しかし、頭部を殴りつぶされているとは、随分とひどい殺され方である。

 犯人の動機は、何であろうか。このあたり一帯は、夜になると、不気味な静けさに包まれる。街灯が故障し、明かりが点かないことも多い。

 かつて、この日本の国は、アイヌや在日コレアン、華僑といった少数民族を国内に抱えた多民族国家であるにもかかわらず、

 「単一民族国家」

 という言葉で表現されたこともあり、又、政治家自身にもそのように発言した例もあり、差別発言とされたこともあった。その後、「技能実習生」等の建前で外国人を招来したり、又、福祉の現場で外国人労働者として労働を許可するといった状況が進むにつれて、21世紀の今日では、外国人が日本の各地域で日本人と共に生活している姿は既に、ごく普通の光景である。

 しかし、日本に何らかの夢を抱いて渡航して来た外国人の多くが、例えば、経済的な豊かな生活を享受できる等、「夢」等を実現できたのではない。多くが、日本に来て、そのまま経済的に苦しい状況にあるものも少なくない。

 20世紀までは、「アジアの奇跡」とも言われた、高度成長を成し遂げた日本ではあった。この当時も、「ジャパ行きさん」といわれる人々もいた。しかし、21世紀の今日では、在日外国人の人数ははるかに多くなっている状況である。

 葵は、今朝、警視庁本庁舎(桜田門)から、パトカーに乗って出勤直後直ぐに、この現場に来た。

 自宅マンションで半ば起き掛けに、スマホに殺しの件で、出勤したら、直ぐに現場に向かうように、との連絡を受けていた。ゆっくり朝食も取れず、近所のコンビニで、おにぎりとサンドイッチを買い、通勤電車を待つ間、駅のベンチで食べた。この時、葵におにぎりとサンドイッチを売ってくれた店員は、外国人店員であった。

 勿論、葵はそれが気になるはずもなかった。それが日常の風景であるからである。

 現場で葵は改めて思った。

 「犯人は、なぜ、斉藤氏を殺したのか?」

 この辺りが夜間に闇に包まれるとしたら、所謂「物盗り」であろうか。外国人達が生活に苦しんでいるとしたら、或いは外国人が‐勿論、差別的に考えてはならないのだが‐現金等欲しさに斉藤を襲ったのだろうか。

 改めて、日常の風景であるはずの外国人の問題が出て来た。

 外国人達は収入が少ないこともあり、払い得る税も少ない。そのせいで街路灯等のインフラの整備、補修もできていないのが現状である。

 政府は

 「外国人との共生、外国人は、最早、お客人ではない、地域を共に創る仲間だ」

 と言っているにもかかわらず、未だ、この日本には

 「外国人参政権」

 がない。

 「地域を共に創る仲間」

 が声を上げられないと言った問題が、このあたり一帯のインフラ整備を遅らせ、それが今回の斉藤良雄殺害の一因となった、とも言えるかもしれなかった。

 葵が、そんなことを考えていると、彼女に声がかかった。 

 「山城警部補!」

 「何?」

 葵は、声の方向を振り返った。声は、捜査員の一員である男性巡査部長からであった。

 「鉄バールがあります。本件の凶器かもしれません」

 葵は、草をかき分け、そちらに向かった。

 そこには、青い鉄バールがあり、葵は鑑識に、鉄バールをビニール袋に入れ、関係物件とするように指示した。

 このあたり一帯は、技能実習生等、外国人労働者を雇用している町工場のような組織が多い。無論、斉藤鉄工所も例外ではない。鉄バールは容易に入手し得る凶器に違いなかった。

 葵のスマホが鳴った。捜査一課長で、葵の上司の本山雄一警視からである。捜査本部設置となる予定なので、本庁舎に戻ったら、列席するように、とのことであった。

 現場では、斉藤良夫の遺体は、シートに包まれ、警察の自動車に載せられた。これから、本格的に検査されるのである。 

 葵は了解した旨を伝えると、桜田門に戻る前に、斉藤の家を訪ねた。


1‐2 未亡人

 斉藤の自宅前に着いた葵は、斉藤宅の玄関のブザーを押すと、

 「はい」

 と女性の声がした。沈んだ感じの声である。

 「おそれいります、私、警視庁警部補の山城葵と申します。良雄さんの件で、お話

 を伺いたいのですが」

 「はい、お待ちください」

 1分ほどして、玄関の扉が開いた。

 「改めまして、私、警視庁警部補の山城葵と申します。良雄さんの奥様でいらっし

 ゃいますでしょうか」

 「はい、妻の佳子です」

 女性は、何か浮かない顔、というか、突然に起きた事態をどのように解釈して良いのか分からない、という表情であった。

 「奥様、今回のことは、本当にお気の毒でした。お辛いところ、申し訳ありません

 が、今回の件で、少々、お話を伺いたいのですが」

 「はい、何でしょう」

 「御主人は、この近所の町工場・斉藤鉄工所の社長様でいらしたんですよね」

 「はい、その通りです」

 葵は、先の現場では、斉藤の死を物取りの線と解釈した。しかし、残虐な殺され方であったことからすれば、所謂「恨み」の線も捨てきれない。

 「奥様、つかぬことを伺いますが、御主人が周囲から恨まれていたということなど

 について、何か心当たりはないでしょうか」

 「ええ、ある程度は恨まれていたのかもしれません。主人は、周囲の従業員の皆さ

 んには性格が厳しいところまありまして、技能実習生の皆さんをも含め、外国人労

 働者の方々にもきつくあたることもありましたので」

 「性格が厳しくていらしたんですね」

 「ええ、主人の下にいた外国人の方々には日本語が通じない等で、主人も余計にイ

 ライラしていたようでした」

 葵は質問を続けた。

 「技能実習生のような外国人労働者を雇ってらしたのは?」

 「うちも、経営と資金繰りが厳しかったんです。それで・・・・・・」

 やはり、背後には経済的の問題による、ある種の国際関係的問題があるようなのである。

 佳子は、瞳を赤く腫らし、涙ぐんだ。

 「もう、このくらいで良いでしょうか。工場のことについては、私も分からないこ

 とも多いですので」

 葵は、今は捜査令状を持っていないので、佳子については、強制捜査等はできない。

 「奥さん、辛いところ、いきなりで申し訳ありませんでした。何かあれば、又、宜

 しくお願い致します」

 と、今後の捜査の進展次第では、気の毒ながら、なおも、捜査に協力してもらう可能性があることをにおわせつつも、佳子に一礼し、斉藤宅を後にした。

 葵は、斉藤宅から100メートル程、離れた路地裏に待機させていたパトカーの後部座席に乗ると、桜田門へと戻った。


1-3 同僚

 葵は、本庁舎内にて、捜査本部が設置されているという部屋に向かった。途中の廊下にて、同僚で同じく警部補の女性刑事に出会った。年齢も葵と同じく30代の塚本楓である。

 「葵、お帰りなさい」

 「葵じゃないわよ、ここは職場、山城警部補でしょ」

 「そうね、では、改めて、山城警部補、捜査本部設置です」

 葵は、楓とは、ごく近しい同僚でもあることから、自身も

 「楓」

 と言いそうになることに気を付けつつ、

 「塚本警部補、どうしたの?」

 と問うた。

 「私にも、捜査本部での捜査会議に参加せよとの本山警視からの命令。多分、一緒

 に捜査に加わることになるのよ」

 そう言って、楓は葵と共に、捜査本部の置かれている会議室に向かった。

 2人で歩きつつ、葵は思った。

 「楓とは、同期で、警視庁で巡査を拝命した仲。私は以前、電車の中での痴漢のゲ

 ンタイ(現行犯逮捕)などで、巡査部長、そして、警部補へと昇進させてもらった

 けど、彼女も万引き等の逮捕等で、同じように昇進した。さあ、今回の件では、ど

 ちらが評価されるか?」

 葵は、警察内でのキャリアを積んでいくうちに、より前向きな生き方、あるいは、組織内での出世欲が出て来ているようであった。隣を歩く楓がどのように思っているかは分からないものの、楓も、警察内で人生を歩んでいくなら、同じかもしれない。

 会議室の前に着いた葵は、扉をノックして言った。

 「山城葵、塚本楓の両警部補、到着いたしました」

 「どうぞ」

 中から声がした。入室を促す本山の声であった。

 「失礼します」

 2人は扉を開いて、室内に入った。

 本山警視をはじめ、既に数人の関係者が、折りたたみ式机とパイプ椅子からなる会議室に列席していた。

 本山は2人にも空いた席に座るように促した。




















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