絡繰城の姫
絵空こそら
絡繰城の姫
深い森の中心に聳える絡繰城。そこには残虐非道の魔女が住んでいるという。彼女は見目麗しい人形たちを魔法の力で従わせ、うっかり人間が城に入ろうものならば、すぐさま無慈悲な人形たちに斬り殺されてしまうという。そうやって殺した人間の魂を食べ、魔女は何百年も生きながらえてきた。
そういう噂だった。
而して、その”魔女”と呼ばれた女は住居の大広間に縛られて転がされ、侵入者に向かって尽きることのない罵声を浴びせていた。
「信っじられない!よくも僕のカワイ子ちゃんたちを!あの子たちにどれだけ時間とお金と愛情注いだと思ってんのよ!末代まで呪ってやるわ!もちろん絡繰り仕掛けで!」
金切り声を正面から浴びている赤毛の少年は苦虫を噛み潰したような顔をしており、その隣の金髪の少年は、面倒くさそうにその長い髪を掻き上げた。
「だから謝ってんじゃーん。まさかお前が人間だとは思わなかったんだって」
「それが何だ!知らんがな!勝手に人ん家に入って来て器物損壊だぞ!警察を呼べ警察を!やっぱり駄目!ここ違法建築だった!」
一人でノリつっこみをしているような女を、赤毛の少年―ヴァルはじっと観察した。歳は自分より少し上くらいだろう。顔は人形のように整っており、切り揃えられた黒髪と赤い和服がよく似合っているが、言動がそれらを台無しにしている。先ほど人形を遠隔操作するための装置はすべて没収したが、もしかしたらまだ隠し持っているかもしれない。
警戒するヴァルのとなりで、ブロンドの少年―マリアが屈んで「ごめんて」と軽い調子で謝る。その拍子に彼の義足が僅かに軋んだ。ヴァルは短く彼を窘める。
「迂闊に近づくな」
「近づくなって何?先に近づいてきたのあんたらじゃん!この人間風情が!じゃなくて魔法使い風情が!これでも食らえ、ぺっぺっ!」
一言えば十気焔と唾を吐いてくる。しかし、それはただの演技かも知れず、気を緩めた瞬間殺戮人形をけしかけてくるかもしれない。そもそも、本当に人間かどうかも疑わしい。こんな森の奥深くで年若い娘が一人で生活できるものだろうか。ヴァルはナイフを握ったまま、冷ややかに女の観察を続ける。
その時、大広間の入り口にゆらりと長身の影が入って来た。女が一瞬「ヒエッ!」と悲鳴を上げる。
「参った。まさか最下層まで落とされるとはね」
歌うような調子で、長身の男は埃を払う。
「人魚遅かったな。再生速度鈍ったんじゃねえ?老化か?」
マリアは揶揄うように言った。対する男―人魚はやれやれと首を振る。
「階段が長すぎただけ」
「ひ、卑怯だ!三対一なんて、多勢に無勢だぞ!」
女が目に涙を溜めて吠える。マリアは思い出したように言った。
「あ、こいつ魔法使いじゃなかったぽいよ」
「なんと」
人魚が目を見開く。
「縄とか解いた方いい?」
「そうだろうな」
「待て」
ヴァルが鋭く制止し、警戒を緩めないまま少女の傍に膝をついた。
「今からいくつか質問をする」
「よっ!ヴァル刑事!カツ丼いる?」
マリアが茶化したが、ヴァルは無視して少女を押さえつける。「ぎゃ!」という悲鳴が漏れた。
「お前は南町の子供の失踪事件に関与しているか」
「なっ、何それ。知らないわよ!」
「正直に言わないと脚を斬る」
感情を一切感じさせない声でヴァルが言い、ナイフをひたと少女の膝裏にあてる。少女はさっと蒼褪め、ぶるぶると顔を横に振った。
「ほ、ほんとよ!本当に知らない!僕子供になんて興味ない!好きなのは人形だけよ!」
「では、南町で目撃されたお前の人形は。何をしていた」
「そんなの、食糧の調達とベイビーたちの材料集めに決まってんじゃん!そのほかは何もやってない!」
「この城の仕掛けには明らかな殺意がある。殺した人間たちはどこにやった?」
「そんなの半分突破したところからの話でしょ?あ、あんたたちの他はそこまで来る前に怯えて帰って行ったから、誰も死んでない!」
「本当に?」
ヴァルが手に少し力を込めると、少女は再び悲鳴を上げた。
「ほほほほ本当です!神に誓って!ベイビーたちに誓ってもいい!」
そう懇願するように叫ぶと、今度はめそめそ泣き始めてしまった。
「えーん!引きこもってドール作りに没頭して悠々自適の生活を送りたかっただけなのに~!魔法使いに拷問されて死ぬなんて嫌だー!どうせなら、可愛いドールに殺されたかったよう!」
ヴァルは温度のない目で少女を見つめた。試しに力を緩めてみたが、彼女は号泣するのに忙しく、反撃の意志はないようだった。彼は彼女の上から身体をどかし、縄を切ってやった。
ようやく体の自由がきくようになったにも関わらず、少女はこどものように泣きじゃくっており、即座にマリアと人魚が全力で慰めにかかる。
「ごめんごめん!本当に悪かったよ!俺たち、お前を子供を攫って食ってる悪い魔女だと思ってたからさ!」
「すまなかったな少女。それにしても、この俺を10回以上殺すなんて、大したものだ」
「そうそう!人形も強かったし、この城も自分で造ったのか?すごいな!」
などと宥めていたのが次第に「建築のセンスがいい」、「服のセンスが良い」、「自立した生活をしてえらい」、「天才だ!」、「人形最高!」など雑な誉め言葉に変わっていき、ようやく少女は顔を上げた。鼻水を垂れ流しながら、涙目で問う。
「そう?僕ってすごい?」
「うんうん」
「すごいすごい」
二人が頷くと、彼女はぱっと顔を輝かせた。
「お詫びと言っちゃあなんだけど、人形直すの手伝うぜ」
「修復魔法は得意だ」
「ほんと?でも駄目。いくら魔法で直せるって言われても、これだけは譲れない。僕が直す。ここに全員運ぶの手伝うのと、パーツを弁償してくれるだけでいいよ!」
そう無邪気な笑顔で言われ、二人はうっと言葉に詰まった。そもそも、この城を訪れたのだって、魔女討伐の謝礼が欲しかったからで、それがなければ彼らは無一文なのだ。
「めんどうくさいな。破壊屋、やはり殺したら?」
「なんてこと言うんだ。駄目だ。俺のポリシーに反する」
人魚が歌うように物騒な提案をし、マリアが慌てて首を振る。その後ろで、ガシャンと音がした。早速ヴァルが人形を一体運んで来たらしい。少女はきっと彼を睨みつけた。
「乱暴に扱わないで!っていうか、あんたは僕の人形に触らないで!さっき、本当に怖かったんだから!」
ヴァルは全くの無表情で彼女を一瞥すると、再び長い階段を降りて行った。
「ちょっと、聞いてるの?!ねえ!」
元気を取り戻した少女が憤慨してその背中に吠える。マリアは首を竦め、指先をちょいちょいと動かした。壊れた人形が宙を浮き、次々と広間に運ばれてくる。
「わあ!すごい!」
少女は怒るのも忘れて、その光景に見入っている。
「ごめんな。でもあいつ、悪いやつじゃないんだ」
「どこが?さっき殺されかけましたけど?!」
少女が憮然とした表情になる。
「うーん、そうなんだけどさ。やむを得ずやったっていうか……例えばホラ、この人形とあっちの人形、」
マリアは苦笑して、ふよふよと浮いている人形を指さした。一体はほぼ大破しており、もう一体はほぼ外傷はなく、核の部分だけが破壊されている。
「俺は何も考えずに壊しちゃうけど、あいつは誰かが作ったものとかに遠慮しちゃう奴なんだよ」
「え~?そんな風には見えない!ていうかあんた、よくもうちの子を……」
少女の額に青筋が立ったのを見て、マリアは慌てて頭を低くする。
「もうしわけないっ!この通り!で、弁償はするから一つ頼まれてくれないか?」
「何?」
「すっごく魔女っぽい魔女の人形を作ってくれ」
その数日後、南町にはひどく人相の悪い魔女の死体が届けられ、懐が暖かくなったマリアたちは街を後にした。しかし、今でも森の奥の絡繰城には、魔女が住んでいる。まったく彼女の意に沿わないことだが、見た目の地味な人形に材料調達をさせ、人形作りに没頭し、引きこもり生活を謳歌しているということだ。
絡繰城の姫 絵空こそら @hiidurutokorono
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