第4話 【炎の大蛇】ボイタター(O Boitatá)

 ボイタターは、ブラジル南部のリオ・グランデ・ド・スル (Rio Grande do Sul) 州やブラジル南東部のミナス・ジェライス (Minas Gerais) 州に現れたとされている。この妖怪は、人間よりも数倍大きく、黄色や青いほのおをまとった透明とうめいなヘビの姿をしているが、時には丸い形のほのおにもなるという。つまりボイタターは、火の玉の一種である。ちなみにブラジルでは「火の玉」のことをフォグ・ファトゥ (Fogo fátuo) という。

 大抵たいていのボイタターは、さびしそうで冷たそうな青い光を放つといわれている。しかし、中には強烈きょうれつな光を放つものがおり、それはボイグァスー (Boiguaçu) と呼ばれている。ボイグァスーの光はとても強く、見た者の目がつぶれるほどであるという。

 さて、ボイタターは夏の雨季うきが終わる頃によく現れるが、冬には出てこない。夏に現われるところが、日本の火の玉に似ていて興味深い。

 日本でもそうだが、ブラジルにも妖怪を信じず、科学的に物を考える人々がいる。彼らの意見では、「洪水の後で水が引いたとき、陸に取り残された魚が死んでガスを放つ。水の流れた帯状おびじょうあとにガスがまり、青白く燃えるのではないか」ということだ。

 ところで、サンタ・カタリナ (Santa Catarina) 州では、ボイタターはひたいの中央に光り輝く第3の目がある巨大な黒毛の雄牛おうしとされている。これは、ボイ (Boi) がポルトガル語で「雄牛おうし」を意味しているからであろう。

 一方、南米インディオによると、この妖怪はムンバエ・タタ (Mbaê-Tata) と呼ばれている。彼らの言葉で「ムンバエ」の意味は「ヘビ」、「タタ」は「燃える」とか「火」を意味している。彼らは、ムンバエ・タタを山火事の守り神だと信じている。山火事が発生したときに、この神を呼べば、鎮火ちんかしてもらえるという。

 インディオ達はムンバエ・タタを神としてあがめる一方、恐怖の対象としている。なぜなら、ムンバエ・タタの性格は、たいへん獰猛どうもうで、動物の死肉や目玉が好物であるとされているからである。ポルトガルのイエズス会士であるホセ・ジ・アンシエタ (José de Anchieta) が1560年に記した本国への書簡しょかんには、「海や川で、インディオを素早く攻撃し、殺してしまう火といったらボイタター以外に見ることはない」と書かれているそうだ。

 インディオからたいへんおそれられているボイタターであるが、この妖怪に出会った場合に切り抜ける方法というのが2つほど伝えられている。1つは眼を閉じ、じっとしていることだという。すると、火の玉をやり過ごせるのだそうだ。2つ目の方法は鉄を投げつけることである。鉄が火の玉に命中すると、火は消えて無くなるといわれている。

 余談よだんだが、筆者ひっしゃがサンパウロ (São Paulo) に滞在たいざいしていた頃、現地の人と市場に行ったことがあった。そのとき、同行者はジャガイモのことを指差して、「あなたの好きな怪物が売られていますよ」と言って笑った。ブラジルではジャガイモをバタター (Batatá) というが、別名でムンバエ・タタとも呼ぶということをそのときに教えられた。なぜジャガイモを怪物の名で呼ぶのか分からなかったが、後になって考えてみると、ジャガイモが光合成こうごうせいして緑色になった様子が、青白い火の玉のようだからかも知れない。緑色のジャガイモには毒があり、食べてはいけないということを怪物の名前で警告けいこくしているのだろう。

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