第9話 至宝の覚醒

 こんな結末はあんまりだ。


 みっともないくらいに涙が溢れてくる。わめいて誰かにすがりつきたい。


 おぞましい龍がのっそりと近づいてくる。もう動けない獲物を前にして、ゆるりと歩いてくる。謎の原理で浮遊できるのに、自分の存在を知らしめるように、死の宣告ように、足音を強調させている。


 プレス機みたいに僕の頭を潰す気だ。爪で内臓を抉りだしたり、床にたたきつけて遊ぶつもりだ。


 ヒグマは食べる目的以外で、家畜や人間を襲うことがある。遊ぶためだ。人間を敵視する魔獣はより一層、派手に遊び散らかすだろう。


 なんだかんだ、ミレイと一緒にいるのは楽しかった。それだけに悔いが残る。


 今度こそ終わってしまう。自分の命はここまでだ。そう確信してしまった。


 絶望の中で、ミレイのそばに深い青色の馬が現れたのが見えた。


 魔獣のような禍々しさはないけど、得体が知れない。幻想的にすら見えるそいつは金属のような、光が反射するようなものを口にくわえていた。


 あれは……ペンダント?


 青い馬が持ってきたのは、依頼のペンダントだ。あいつが持っていたから、レーダーの反応が移動していたのか。


 探し物は見つかったけど、この状況をどうにかしないと無事に帰ることができない。もうすでに無事ではないけど、せめて命だけは持って帰りたい。


 ミレイがいる瓦礫の中から何かが空中に飛び出した。博物館から盗ってきた、もう一つのペンダントだ。


 なんでこんなところに。持ってきてたのか?


 本来あるべき二つのペンダントが揃った。


 二つは突然磁石のように引き合って、青馬が咥えているペンダントが宙を舞い、ミレイのペンダントとぶつかった。


 ペンダントが溶け合う。水と水が混ざるみたいに、同じものが一つに戻るように、二つのペンダントが合体した。


 爆ぜるような光が溢れた。光は豪華な噴水みたいに噴き出して、眩しい光量のはずなのにずっと見ていられた。


 青馬は光に驚いたのかどこかに行ってしまって、どこにもいない。


 光は収まらない。神聖ささえ感じるそれは、何かを祝福しているような気がした。


「痛ってぇ」


 ガラガラと、瓦礫が崩れる音がする。ガラの悪い、けれど凛としたその声音は、よく聞こえた。


『システム起動』


 続いて、この場には似つかわしくない音声が聞こえた。様々な電子機器から流れるために、聞き慣れていた無機質な音。だけど、しばらく聞いていない機械の音声だ。


『遺伝子認証クリア。動作確認完了。スタンバイフェイズに移行。ご命令を』


「ぶっ潰す!」


『受諾。自動戦闘支援を開始します』


 敵を察知したガレプトが振り返り、唸り声を上げて威嚇をしだした。


 ミレイは包帯を引きちぎって啖呵を切った。血がにじんだ包帯の下にあったはずの傷はきれいさっぱりなくなっていて、まるで始めから怪我なんてしていなかったようにピンピンしていた。


 あれだけの傷が、いったいどうやって。


 元々すごい治癒力を持っていたのなら、この階層にくるまでの小さな傷はとっくに治っていたはずだ。魔法は、生活に必要不可欠なものしか使えないと言っていた。


 何かが変わったはず。だけど、特別に変わったところがあるようには見えない。


 あれ、首になにか……ペンダントかけてる?


 目を凝らして見てみれば、ミレイの首にはさっきまでなかったペンダントがあった。しかも、あれは依頼のペンダントだ。五千年前の、解析できなかったもの。


 あれに、何かが?


『インビジブルブースター展開。動作を補助します』


 ガレプトがミレイに向かって突進した。高速で迫る巨体は、当たればタダじゃ済まない。しかも、さっきよりも速い。正面から来ても、あのスピードを避けるのはミレイでも難しいはずだ。


 はずなんだ。なのに、余裕を持って横に避けていた。足と背中に火の尾を引いて。まるでロケットエンジンが噴き出す炎のようだ。


『プラズマスキン発動。敵性存在に接触してください』


 掻き消えたように見えただろう。ガレプトは反応ができていない。そこに、ミレイは拳を叩き込んだ。


 頭に突き刺さり、スパークした。スタンガンなんて比べ物にならないくらい、明るい閃光だ。


 電撃で硬直した隙だらけのところに、さらに追撃を加えた。


 絶え間ない電気を帯びた攻撃に為す術もなく、やられている。


 このままいけると思ったけど、そうはいかなかった。突然顔を上げて、至近距離であの光線を放った。質量を持った、触れただけでも危ないあの極大光線だ。それが直撃した。


「ミレイ!」


 叫んでも遅いのはわかってる。あれの威力は僕がよく知ってる。少し掠っただけの足が使い物にならなくなったんだ。それを直撃してしまったらどうなるのか、想像したくない。


 光線が弱まって中から出てきたのは、傷一つないミレイだった。本来なら、トラックにぶつかったみたいにぶっ飛ぶはずなのに、無事にそこにいた。


『自動防御システム正常稼働。安全は保たれています』


 どういう原理かわからないけど、機械音声が攻撃を防いでいるみたいだ。


 明らかにあのペンダントが音声の主で、ブースターやバリアもあれの仕業だ。間違いなく五千年前のものなのに、外の世界でも完全なオーバーテクノロジーをポンポンと繰り出している。SF映画でも中々見ないくらいの、極まった科学力。魔法よりもデタラメだ。


 反撃はすぐに始まった。


 開いた下顎に膝蹴りのアッパーが刺さる。


「ほら、歯ぁ食いしばれ!」


 人間にあたる頬に右ストレート。


 その全ての攻撃にはスタン効果がついている。ミレイが一呼吸置いても、ガレプトはその隙を突くことはできない。


 絶え間ない攻撃。なのに、一向に倒れない。異常にタフだ。


 何度目かの攻撃を受けた時、ギョルン、と音が聞こえそうなほどに目玉を剥き出しにしてミレイを見た。


 元々ある二つの目だけじゃない。全身から目が開いている。その全てがミレイを凝視している。


 突然の敵の変化に驚いているのか、ミレイは動きを止めた。


 なんだ?


 様子がおかしい。躊躇して止まったにしては、不自然だ。横から見ているが、その表情は苦しそうにも見える。


『異常を検知。注意してください』



 ミレイの変化に気づく。肌が黒ずんでいる。それがどんどん広がり、こっちから見えるのと反対側から侵食している。


 見ることによって発動する、呪いみたいなものかもしれない。そんなこともできるのか。


 侵食は止まらない。金縛りにあったように動けないでいる。あのままだと呪い殺されてしまいそうだ。


 ガレプトの全ての目から血涙が流れている。負担が大きいのかもしれない。


「構え。放て」


 注意をそらすために衝撃波を放った。反動で痛みが増す。


「こっちだ、こっちを向け」


 当たったが、反応すらされない。横たわった状態で過装填での砲撃をすれば、ミレイにも当たってしまう。だからといって豆鉄砲では通じない。


「こうなったら」


 近づいて撃つしかない。歯を食いしばって体に力を入れた時、機械の声は言った。


『汚染を確認。除去します』


 機械音声とともに、ミレイの肌が元の色を取り戻し始めた。


『解析完了。防疫システム再構築』


『防疫システム正常稼働。異常ありません』


『対象の完全耐性を獲得。安全に排除できます』


 体の調子を確かめるように腕を回している。ミレイは動けるようになった。


 あのペンダントは何でもできるのか? すごい、すごすぎる。いったいどういう仕組みなんだ。


 コントローラーの解析結果が視界に映し出された。相変わらずよくわからないみたいだが、一つわかった。


 ナノマシンを検知?


 ミレイとその周りにナノマシンがある。やっぱりこれは魔法じゃない。高度な科学力によるものだ。


 いったい、何なんだ?


 ガレプトが負けを認めたのか、鳴き声を上げながら、飛び上がって逃げ出した。全身の目から血涙を撒き散らしながら、天井を破壊して上に登った。


 するりと素早い動きで天井の穴に潜り込んでいたけど、がっしりと掴んだ鎖がそれを阻止した。鎖の先はミレイが握っていた。


 ナノマシンで作ったのか。


 鎖はナノマシンの集合体だ。網膜に映る情報はそう告げている。


 魔法よりも魔法みたいだ。


「つれねーな。最後までやろうぜ!」


 鎖を思い切り引き寄せて、ジャンプした。


『ブースター全開』


 見えないロケットエンジンが火を噴く。


『プラズマスキン最大出力』


 紫電が纏い付く。


 ガレプトとミレイが交差する。


「くたばれぇ!」


 ブースターで勢いを増し、雷のような特大の閃光がこめられた蹴りがキマった。


 電気のピリピリとした感触が、空気から伝わってくる。


 スパークしたガレプトは煙を吐いてぐったりした。さすがの最上位危険指定魔獣もこれだけやられれば、限界のようだ。いや、これだけやってようやくか。生物なのかも怪しいくらいだ。


 やった? 本当にやったのか? あの何をやっても倒せるイメージができなかったあいつを。触手に埋もれた、祟り神のような風貌で恐ろしいあいつを


 僕は歓喜した。怪獣映画に出てくる恐怖の象徴の怪獣を、あの手この手でやっと倒せたような安心感と達成感だ。映画もこれも、僕は観客だったから手助けなんてできなかったけど、とりあえずよかった。


 早くここから出たい。お風呂に入って、安全な場所でふかふかのベッドに潜り込んで寝たい。


「っはー! 疲れた!」


 そう言って、ミレイはその場で座り込む。あれだけ動いて疲れるのは当然だ。倒れていないだけよかった。


 瓦礫の中からなんとか這い出た。足だけじゃなく、全身が痛む。


「おー、そこにいたのかタカミ。お互い生きてるな」


「一応ね。まともに歩けないけど」


「アタシもだ。体がいうこと聞かねー」


 ミレイは少し震えている。緊張の糸が切れて、疲労が急にキたのだろう。


 二人揃って倒れているところに、ペンダントを持っていた青馬がやってきた。


「さっきは助かった。ありがとよ」


 ミレイが近寄ってきた青馬の頭を撫でる。普通の見た目じゃないけど、危険はなさそうだ。


 青馬は一鳴きすると、青い波動を放った。身構えたが、何かされた感じはしない。


「わっ。な、なんだなんだ」


 波動は僕とミレイを青馬の背中まで運んだ。乗ってみてわかったけど、この馬はけっこう大きい。あと一人くらい乗っても大丈夫そうな安心感がある。


「おぉ」


 横にいるミレイは少し驚いてるようだけど、落ち着いてる。


 それから大きく跳躍した。天井にぶつかりそうなほどのジャンプをした先には、地下水道の冷たい天井も壁もなかった。夜空の中の天の川のようなところを、馬は走っていた。


 コントローラーが異常を知らせる。現在位置が不明だという。正常空間からロストしたらしい。


 空間跳躍だ。


 馬の背に乗って星空の中をゆくのは、おとぎ話の主人公にでもなった気分だった。


 博物館で見上げた夜空よりも星が明るく輝いてる。キラキラと煌めく光の粒の濁流の上を駆け、周りではゆっくりとした流星が湧き出る火をこぼしながら僕たちを追い越していく。星の間の暗闇は、少しだけ青色がにじんでいる。


 言葉が出ない。


 ため息も出ない。


 呼吸も忘れそうになる。


 夢のような光景に、夢のような体験だ。星々の中を幻想的な馬に揺られるのは、なんてメルヘンチックなことか。


 夢の終わりが近づいてきたのか、強い光が前方から現れた。


「っ!」


 まぶしくて目がチカチカする。太陽の下に出たようだ。馬の足が石畳についている。


「あ、帰ってきた!」


 ペットを探している女の子だ。地下水道の入り口が後ろにある。戻ってきたんだ。


「マスタングが大きくなってる!」


 マスタング。探しているペットの名前だ。というと、この馬がそうなのか。すごいペットだね。


「ねーちゃんすげーだろ?」


「うん! おねーちゃんとおにーちゃんぐったりしてるけど大丈夫?」


 今のミレイは外傷がない。僕は足がすごいことになってるけど、靴に隠れて、一見すると汚れているだけだ。だから二人とも、ただ疲れているだけに見えるのだ。


「ちょっと疲れただけだよ」


 僕は笑ってごまかした。


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