大混乱でしゅか?

第22話お出かけでつ?

 暗い、暗い、何も見えない何も存在しない空間。ひまりはふよふよと小さく丸まり眠っている。


 二人の仲よさげに微笑んでいる若い夫婦がひまりを見つめている。


 むにゃむにゃと何かを食べている夢を見ているのだろうか、口元をむにむにと動かしている。突然、身体をビクリと震えさせ急に眼を覚ました。


 夢の中で食べていたジェラートを落としてしまったのだろうか? ひまりの目には涙が浮かんでいる。


 きょろきょろと周囲を確認すると若い夫婦が微笑んでいるのに気が付く。


「おかーしゃんッ! おとーしゃんッ!」


 声を掛けながら追いかける。だが、仲良さげな夫婦はひまりを見つめ微笑んでるだけ。


 驚異的な身体能力を発揮して全力で走る。走る。走る。けれど追いつかない。追いつけない。とうとうボロボロと泣き叫び始めるひまり。声を上げ、息を切らしながら追いかける。


「うええええええん、おかしゃんおとしゃん!! まってぇっ! ひまりをおいてかないでええええええええ! ふええええええん」


 途中で躓き転んでしまった。何もない空間で足を引っ掛けてしまう。床には何も存在しないのに。何かを邪魔するかのように。


 夫婦はひまりが泣いても叫んでも微笑むだけ。


「ひまりはまだ悪い子でしゅか? 良い子になっていないでしゅか? 会いたいよう……寂しいよう……」


 ひまりの頭には暖かい母親らしき手で撫でられている。そのことに気づき、母に抱きつこうとするもその手は触れられない。


 感じるのは頭に触れられた暖かい手のぬくもりだけ。


 いつのまにか近くにいた母親らしき人物にボソリとひまりは呟く。


「もっと、もっとがんばるでつ。待っててくだしゃい。おかーしゃんもおとーしゃんもひまりが会いに行くでつ――ずっと待ってる程ひまりは良い子になれないでしゅよ?」


 目元の涙を拭い、すっくと立ちあがる。


「悪い子になっても絶対にそっちへ行くでつ。ずっと、ずっとずっと――だいしゅきでつよ――――おかしゃん、おとしゃん……」


 ゆっくりと煙のようになり消えて行く夫婦、最期には悲しそうな顔をしているのが印象的だった。周囲の空間が明るくなっていく。そして――夢の時間が終わる





 自宅の布団に包まって寝ていたひまりが目を覚ます。頬には涙が伝い泣き腫らした後が残っている。


 くしくしと洋服をめくり顔を拭いていく。ボケーッとカーテンから差し込む朝日を眺めつつ決意した瞳で何かを考えている。


「………………ジェラート食べたいでつ」 


 洗面所に顔を洗った後お出かけの準備をする。今日のおやつはジェラートに決まったようだ。魔法幼女は諦めない。両親に再び会うその日まで。




ほわんほわんほわんほわわわーん




 魔法幼女出没スポットにもなっているショップ『MAGICマジック』様々なお菓子やジェラートのサンプルが店頭に並んでいる。


「マイコおねえしゃんどれにしまつか? このイチゴさんのジェラートが美味しいでしゅよ?」


「うーん、わたしはこの『八男産抹茶・特盛りっ! 渋さと甘さのコラボレーションジェラート』が気になるなぁ。それにしても無料券わたしも大丈夫なのかな?」


 本日は日曜でマイコの学校がお休みの為、二人で一緒にデートをしている最中だった。店頭に並んでいるサンプルを眺めながら二人でうんうん悩んでいる。

 

 以前ほど騒がれるわけではないが周囲の人間達は魔法幼女を畏怖の目で見つめるだけだ。ココに居るほとんどの人間が東京都中に感じた彼女の強大な圧力を感じていたからだ。

 

 もしかすると魔法幼女とは神に準ずる強大な存在なのか? と仄めかされている。


 中には海外の特殊な部隊もちらほら監視をしている姿が見受けられる。武装はされていないため警察組織も静観の構えだ。念のため監視はしているらしいが。


 他国の部隊も内心、魔法幼女に手を出さずに助かった者もおり、上司から慎重な姿勢を評価されるとさりげなく昇進したりしていた。


「でしたら、お二人でシェアして食べ合うお客様も多いですよ? 試されてみては?」


 魔法少女であるパルルが頻繁に通うために店のお姉さんとも顔見知りになっている。こうしてアドバイスやおすすめの商品を進められては撮影会が始まるのが定番となっている。


 店頭のポスターにはあの事件以降も魔法少女がジェラートを頬張る姿が飾られていることから店のオーナーはしたたかでとってもキモが太いようだ。


 ジェラートの店の両隣のたこ焼き屋の店主も、洋菓子店の店員もこっちにも来てくれないかと眺めている。あわよくばうちも宣伝してくれないか……と手ぐすね引いて待っている。


 ここら一帯は飲食店が立ち並んでおり、魔法幼女の通うジェラートの店を羨んだ目で見ている。


「そうでつね、いつものにしまつ、一緒に食べるでしゅよ? ――――そういえばマジカルハッカーしゃんはたこ焼きが食べたいと言っていましゅた。おみやげに買って帰るでつよ?」


 それを耳に挟んだたこ焼きやの店主はマッハでタコ焼き機に火を入れ焼き始める。


「え? それじゃあわたしはおやびんちゃんとみんなで一緒に食べられるクッキーを買ってこようかな?」


 これは好機ッ!! と、ばかりにラッピングされたクッキー詰め合わせを用意しに洋菓子店の店員が店に掛け込んでいく。


 ジェラートを食べ終え移動する際には魔法幼女との撮影を終えるころには笑顔で一杯のたこ焼き屋の店主と洋菓子の店員がいたそうな。もちろん、魔法幼女一行に無料券を進呈している。





 ぷいぷい団の本拠地は特に決まっていない。


 海外組織に襲撃をされないために都度集合場所をころころ変えている。マジカルハッカーの巧みな情報操作により拠点を悟られないようにしているようだ。


 とあるオフィス街の地下にある薄暗いバーの中に主要幹部が美味しそうにたこ焼きを頬張って食べている。魔法幼女による差し入れだ。


 みな休日で暇を持て余していたようで集合率が高い。


 仕事はどうしたんだ刑事? という視線を受けながらヤクザ顔のハゲたベテラン刑事がたこ焼きをハムハム食べている。顔が大きいので頬張るあつあつたこ焼きが小さく見えてしまう。


「無事――と言っていいのか、全国指名手配は取り下げられたぞ。上からの特命だ――まぁ、ギリギリグレーゾーンだがな。今回は目を瞑るから、これからは物を壊すのは程々にして欲しいと懇願されたぜ? 入間や外道、長谷部の件があったから強く出れないんだろうよ」


「こっちからお願いできる立場じゃないんですけどね、武侠さん」


「ばっか、一応秘密組織だろうが、コードネームで言え、公安氏」


「公安って言ってるじゃないですか。武侠さんコードネームありましたっけ? 運転士△氏は有名人なのでありますが?」


「…………もう武侠でいいや――マジカルハッカーよう、AUの動きはどうなんだ? 軍事訓練と見せかけて示威行動だろあれ、迎撃できんのかウチの国は」


「パルル様が出撃されればもちろん可能ですとも――ですがずっと国の防衛をひとりの幼女に依存するのは危険な思想ですよ? あの方は自由でいてもらいたい。頑張るのは大人の責務ですよ?」


 ちげえねえや、と罰が悪そうにハゲ頭をペシリと叩くと煙草に火を付け始める。


「うちの公安でもスパイ組織の行動は把握できていますよ? マジカルハッカー氏のデバイスの性能は留まるところを知りません、ウチの人員に全て配備したいくらいです」


「製造が間に合ってないんですよ。秘密裏に工場で作っていますがね、いいんですか? ウチぷいぷい団に公安の情報握られますよ?」


「もうすでに握っていて何言ってるんですか? すでにお手上げですよウチは、凄腕のハッカーにはかないませんって――IFB連邦捜査局MI7秘密情報部も戦々恐々してますよ……このデバイスにはとっくに漏洩しているのに……」


「……言ってはいませんでしたが超常なる存在にパルル様を頼むと使命を受けたのですよ? 本当ですよ? ――信じられないでしょうけど……」


 ポカンと武侠も公安も口を開けてマジカルハッカーを見つめる。信じたくないが魔法幼女という存在がいるからこそ信憑性が増す。武侠は実際に魔法幼女の背後に何かしらの存在を感じていたので猶更だ。


「そうか……やはり存在していたのか……以前うっかり余計なことを口走っちまってな? 彼女の綺麗な碧眼が真紅に染まって凄まじい重圧が発生して本気で押し潰されそうになったことがあるぜ……あれは神だったのかもしれねぇな」


「そんなことがあったんですね、運転士△氏も絵描き屋エム氏も天使ちゃん天使ちゃん言ってましたが実際には神の使徒かもしれませんねえ……」


 それから三人で考察が始まるも分かったことは少ない。


「神の使命を受けた際には日本の神代文字が使用されていました。もしかするとイザナミという古来の神かもしれないですね。――神産み、国産みの神は子煩悩らしいですから」


 そういうマジカルハッカーの言葉によって今回の会合は締めくくられる。


 本当の所は誰も知らないし、なるべく知ろうとしてはいけない。みだりに触れれば災厄として帰ってくることが分かっているのだから。

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