第20話跪け、平伏せ、頭を垂れよ、さすれば死を賜らん

 空を駆け、空気を切り裂くスピードで移動する魔法幼女。大切な友人の危機に全力を出している。


 その速度は音速を超え周囲に衝撃波を発生させる。割れる窓ガラスに揺れる電線。被害なんて考えていない。もっとも大事なものを救いに行くのだから……。


 辿り着いた場所はアジア有数の大国、AUアジアユニオン国の領事館、マイコの反応はそこから発信されている。


 被害なぞ知ったことかと飛翔魔法を全開で展開、加速し十階層もあるビルの屋上部から次々とコンクリートをぶち抜き最下層へと辿りつく。


 地下にある部屋の中は砂煙が舞い視界が確保できない状態になる。


 瓦礫の山となり上層階からパラパラと破片が落ちてきている。

 砂煙がようやく晴れると、パルルはマイコに声を掛けようとした。


「おねーしゃ………………………………んッ」


 視界に移るのはマイコと大人の女性の無残な姿だった、指は全て折れ、腕も変な方向に曲がっている。


 顔は原型を留めていない……二人とも女性だというのに凄惨な暴力を受けたことが分かる。叫び苦しんだのか涙の後が頬らしき部分に残っている事が辛うじて分かった。


 伝えられて知った外道という男がマイコの顔に足乗せてながら愉悦の表情でこちらを見ている。


 手の中には五寸釘ほどの針が握りしめられており、マイコや大人の女性の手の甲に刺さっている金属針は恐らくこいつの犯行だろう事が伺える。


 情報収集の為にハカセが中継カメラを接続していたが、あまりにも無残な犯行に素早く被害者の部分にフィルターを掛けた。

 悪魔の所業を目撃した視聴者、警察組織は一様に絶句し増悪を募らせた。


 許すな……と。

 

 その姿を至近距離で見せつけられたパルルは衝撃の余りか固まり、表情が抜け落ちてる。


 パルルがきている事にはとっくに気付きながらも、ニヤニヤと笑いマイコの顔をグリグリと踏みつけ挑発してくる。


「おんやぁ~話題のぱるるちゃ~んじゃないでしゅか~、おそかったでつね? キャハッ! お友達は~泣き叫んで『パルルちゃんパルルちゃんたしゅけてぇ~』って一生懸命泣いていたんでちゅよぉ~? あーあ、可哀想に間に合わなかったパルルちゃん? 健気にも正体を明かさなかったのはさすがの友情ッ! すんばらしいぃぃぃッ!!」


 パルルの表情は『無』だ。その瞳は何も映し出していない。


「あんれ~、反応うっすいなあ~つっまんねえの。まあ貞操は守ってやってるから感謝しなぁ? 俺、猿みたいになんの嫌いだからさ。ね、紳士的でしょ? 代わりに太ももにも足裏にも五寸釘ぶち込んでるけどぉ~ハハハハハハッ!! ――ここ笑う所だけど? つまんねえガキがッ――――――――死ね」


 合図の音と共に、室内にいたアジア系の外人部隊十数人が一斉にガトリングガンのトリガーを引き絞る。ガガガガッと鼓膜をノックするような銃声が断続的に室内に響き渡る。


 キキキキンッと薬莢が地面に落ちる音と銃口から飛び散る火花が咲き乱れる。


 約一分間の間に六千発もの銃弾がバラ撒かれ、そのすべてがパルルへと命中した。


「ハハハハッ! 一発じゃノックバックするだけでも、これだけブチこみゃさすがに魔法幼女とやらも死ぬだろ~? ほれほれ、お代わりはたんまりとあるからさ、ドンドン食べちゃって~」


 銃身を休める為にガトリングの花火が停止し、トドメとばかりに手榴弾投げ込まる。周囲はコンクリートが粉砕された煙が舞い上がり視認できなくなっている。


「ん、撃ち過ぎたか? ミンチ肉でも残ってればいいけどなぁ。サンプル回収するのめんどくさいからなー。糞ッ! 調子に乗ってガトリング用意しすぎたか?」


 すでに魔法幼女が死んだものと判断し足元の人質を始末しようと思い付く。


「もう君たちは用済みだねぇ~、ついでに的にでもなってもらおうか…………ん?」


 外道は足元に違和感を感じると、緑色の薄い膜のようなものが拷問していた二人に包まれているのに気づく。なんど踏みしめても干渉すらできない、じわじわと折れ曲がった四肢は再生していき、五寸釘が抜け落ちる。


 顔も綺麗に元通りになると目に光が戻った。


「――――パルルちゃん……こいつ、ぶっ殺して……おねえちゃん…………………………許しちゃう」


 マイコはパルルと約束をしていた。正義を名を背負い、良い子でいるなら殺さないようにしないとね、と。

 だが、度を越した外道や危ない時は遠慮なくやっちゃってコロシテいいよね? と、キャピキャピと姉妹仲良く怖い会話をしていたのだ。


 とうとう、最強と言う名の獣の鎖がブチリと音を立てて――解放された。





「あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ああああああああああああッ!!」




 全力全開の魔法幼女の怒りという名の雄たけびは、都心一帯を震度七という記録を観測させる大地震を発生させた。


 溢れる感情は抑えきれず、半径三十キロの範囲に居た全ての人類が共感した。


 怒れ! 憎しめ! 憤怒せよ! 増悪せよ! 

 殺すッ! 殺し尽くしても生温いッ! 三千世界輪廻りんねめぐろうとも未来永劫苦しみ続けよッ!

 

 とても人の声とは思えない死の宣告は万人の心に重く圧し掛かる。

 人は心の内に神を見た。決して怒らせてはいけなかったのだと後悔する。

 

 狂乱したパルルはゆっくりと地面に向けて拳を構える。


「ああああああああああああああああああああああああああッ!」


 パルルは振り下ろした可愛い拳がペチリと地面に触れた瞬間――


 


――衝撃波が周辺一帯に襲い掛かった。




 爆心地のように陥没し、瓦礫すらも残さない衝撃が発生、天高く砂煙が舞い上がる。それでもなお、結界のようなものが領事館を覆いこみ周辺の建物への被害は軽微となっている。


 犯罪者集団はあえて生かされておりバリアで適当に包まれいる。


 ガタガタ震える外人部隊と外道ミチナガを、パルルが道端のゴミを見る目で一瞥いちべつすると、ヒュカッと音を立て腕から先がブレた。


 ボパッと間抜けな音が聞こえた瞬間、立っている者の全ての四肢が消し飛んだ。


 血液すら残さず、霧のように肉片が分解される、消えたことに気付かない奴らは、地面に倒れ伏せたときに認識すると共に、心地よい絶叫のハーモニーが響き渡る。


「ぎゃああああああああッ! 腕、う、うでえ゛、俺の、俺の腕がぁああ!?」


「あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁ」


「いでぇよお゛ッたしゅ、たしゅけて……」


 パルルの眼差しはまだ『無』だ。


 パルルがぱちりと指を鳴らすと、男共の四肢の肉が瓦礫を巻き込みながら再生する。筋繊維に巻き込まれた砂粒は容赦なく痛覚をギチギチと刺激する。その痛みは拷問でさえ味あうことがないほど神経を敏感に刺激する。


「ぎぃ、ぎぃいいいいッ! ぎゃああぁあぁぁあぁッ!」


 それが何度も何度も何度も繰り返される。神経と脳機能だけはしっかりと認識させるために完全再生させる。


 そろそろ飽きたのか再生地獄は終了し、男達共に上空に飛び上がると犯行を行った国、AU筆頭国の首都にある政治中枢機能が存在する位置に、ゆっくりと神罰を下すかのように掌を差し向けた。


 その掌を向けた位置に男達を固定すると数十メートルもの巨大な光球を生成する。


 最後の命乞いなのか男達が喚き叫ぼうとも一切聞く耳を持っていない。


「や、やめてください、パ、パルルさん、お、俺達を殺せばAU諸国がだまちゃいないですぜ……ほ、ほんとうです……――だか」


 命乞いの途中で最大に密度を高めた閃光を放つ。光の速度で走るビームは瞬きひとつさえ許さずにAU筆頭国の首都機能を蒸発させた。




 ビルが消え、人々が消え、空気だろうと存在を許さぬ神の一撃。

 消えた人間は死ということすら理解できぬままこの世を去った。

 



 世界各国で中継されていたこの事件を後世『魔女の一撃世界の腰が折れた』と永遠に語り継がれることとなる。


 断罪が終わり周囲の重圧が段々と消えて行く。


 跪け、平伏せ、頭を垂れよ、と永遠と繰り替えされていた言葉も掻き消えた。


 立ち昇っていたパルルの金髪はしおしおと垂れ下がり、親友であり姉でもあるマイコの元へバヒュンと駆けつける。


「おねえしゃん……ごめんなしゃい……いたいいたいなっちゃったでつ」


「――いいの、パルルちゃん。可愛い妹の失敗は……ドンと受け止めるのが……………………姉の役目よ」


 まだぎこちない腕を懸命に動かし、パルルの頭を抱きかかえるマイコ。


 パルルはマイコの腕の中でワンワン泣き叫ぶも、優しく、そして丁寧に、髪を撫でられる。


 最強の魔法使いに売った喧嘩は。拷問された姉と教師の二人という数字の十万倍という死者をもって完全に報復が成された。


 日本では絶対の法神の宣告として心に楔を打たれた。


『魔法幼女は怒らせてはいけない』と。

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