雑な魔法幼女が我が道を行く〜家族を失いひとりで生きる〜
世も末
魔法幼女爆誕! わるものはどこでつか?
第1話超常対策会議でつ
警視庁超常対策本部。
会議室の入り口に設置された看板はやけに達筆な文字で書かれている。
最近、世間を騒がせている者の対抗策を大人達が雁首揃えて、あーでもない、こーでもないと、うんうん唸って会議をしている場所だ。
綺麗に並べられた会議用のシンプルな机には几帳面に資料が置かれている。
机の隅にぴたりと資料が置かれているのを見れば、配布した人物の神経質な性格が伺える。
顎に無精ひげを生やしたおっさん、堅気には見えないハゲの大柄なおっさん、眼鏡を掛けた神経質そうな線の細いおっさん、腹をでっぷりと蓄えてる犯罪者風のおっさん。
おっさんの博覧会である。
そのようなおっさん達が真剣に資料を見ながら会議室のスクリーンに投影された映像資料を眺める。
そこには幼女が魔法少女コスプレをして、高い声でキャッキャと楽しそうに騒いでいる。
『魔法幼女パルルさんじょう! はやい! しゅごい! ぷりちー! 悪い奴らはやっつけるでつ!!』
―――お前は牛丼屋か。
おっさん全ての心のツッコミが重なる。
昭和生まれの世知辛い世代にはドンピシャだろう。
容疑者と思わしき、仮装をした幼女がどっかんどっかんと光線のようなものを放ち、街に被害が出ている。破壊されたビル燃え上がるトラック逃げ惑う市民。
見た目は可愛いが破壊力がおかしい。
そこらの火器では出せない謎パワーが曲者だ。
しかし、しかしだ。
なぜひったくりを捕まえるのにビームが必要なのか?
犯罪の軽重は置いといて、だ。
この幼女の罪状を上げるだけでも器物破損、傷害、騒乱、殺人未遂……etc。
笑えない、正義を成すならばもう少し考えて欲しかった。
協力を要請されれば、とも思わないが、幼女に犯罪者を捕まえるのを手伝ってくださいッ! と言われてもお家に帰りなさいと優しく諭すだろう。
会議室にいるおっさんの溜息が何十にも重なる。
ここまで証拠と被害の大きさから、先程容疑者から指名手配犯とする異例の速さで手配が回っている。
もちろん幼い年齢を加味され、保護ということに落ち着くだろうが。
彼女に命を救われた者も少なくはない、むしろ賞賛すらされている。
彼女を指名手配をすれば、世間の批判という名の銃弾で警察はハチの巣にされるであろう。
同じ年頃の娘を持つ刑事は額に手を当て凄まじく苦悩している。
進行を司る神経質な男が部屋の明かりを付けるとマイクを掴み取り言葉を発する。
「では、この指名手配された魔法幼女(仮)の会議を行う。意見を行う際には挙手したまえ」
司会である神経質なおっさんがメガネフレームの位置を丁寧に直している。
ほわんほわんほわんほわわわーん
全国指名手配された幼女が隠密魔法を解き自宅に帰り着く。
変身していた金髪も黒髪に戻り、フリフリドレスも襟が伸びたTシャツに戻る。
踵の潰れた小さな靴を玄関で放り投げ、洗面所でうがいと手洗いをする。
閑静な住宅街に建てられた二階建ての真新しい一軒家には、幼女以外誰もおらず空いた部屋は埃が溜まり陰鬱な空気が佇んでいる。
部屋の中はゴミや脱ぎ捨てられた服で散らかっており、とても生活ができている様には思えない。
「今日もわるものが一杯でしゅた! 明日もがんばりまつ! あ、見えない人、今日はハンバーグがいいでつ?」
幼女の両親はごく最近起きた事故で帰らぬ人となっていた、何かしらの力か超常現象で周りの人間はこの家と家族ごと認識できなくなっている。
それはあまりにも残酷で、世界に幼女を知るものがいないということだ。
幼女はそのことを理解していない、いや知ろうとしないのだ。
うがい手洗いを済ませリビングに幼女がやってくると子供用の小さな椅子によじ登りテーブルに着く。
すると眩い光がテーブルを包み込み、出来立てのハンバーグが出現する。
ちっさなお手々をペチリと合わせると「いただきまーしゅ」と可愛くお辞儀をする。
もきゅもきゅと幸せそうにハンバーグを食べているが、頬の周りにごはん粒や服にソースがべたべたと零れている。
「いい子にしてるとおかーしゃんとおとーしゃんに会えまつ。ひまりは頑張ってわるものをやっつけるでつよ……」
今日も幼女は、いや、ひまりちゃんは笑顔でご飯を一人で食べている。
テーブルの向かいにある二脚の椅子には誰も座っていない。テレビの音もなくカーテンは閉められたまま。切れかけた蛍光灯は誰も換えない。
不器用にフォークを手の平にぎりしているのはそれしか教えてもらっていないのだろう。覚束ない手つきでご飯を食べる。
ご飯を食べ終わると「ごちしょーしゃま」とおりこうさんに食器を流し台に置き、洗面所で子供用歯ブラシで歯を磨く。
流し台はお皿が溜まり悲惨な状況だ。誰も洗う人物がいない。
お湯をうまく出せずに水温は冷たいままの風呂へ入る、魔法幼女となった今、体は強靭になり低温の水でも耐えられる。
「えっとぉ、お風呂は百秒数えるんだっけ? 間違えないようにしないと悪い子になっちゃう! いーち、にーい、さーん――」
傍から見れば幼児虐待にしか見えない冷たい水風呂に入り、健気にも母親との約束を律儀に守っている。彼女の中で母親は大切な存在なのだろう。
風呂に浸かりながら面倒くさがりなのか、雑に石鹸でがしがしと頭髪を洗い適当に湯舟で洗い流すとびちょびちょのまま脱衣所に向かう。
床は水でぐちょぐちょになり、放り出されていた何度も使い古したバスタオルで小さな体を拭き上げる。
冷えた体を温めるために子供部屋のベッドにある毛布に、くるくると回転しながら包まる。
「いい子は、はやね、はやおき、えっとえっと、まいっかぁ。ひまりは眠たいのでつ。おやすみー! おかーしゃんおとーしゃん」
ひまりは魔法で部屋の電気を消すとぐっすりと眠りに落ちる。
お休みの挨拶に返事はない。
暗闇の中には父親と母親をクレヨンで書いた絵がぼんやりと見える。
きっと今日は父親と母親の幸せな夢を見るのだろう。
深夜の暗闇の子供部屋。
見えざる冷たい手のようなものが、そっと幼女の頭を撫でる。
体温は異常に低いのかもしれない、だがその頭を撫でる手つきには確かな愛情が見えた。
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