デビルズ・レヴェル
夜多 柄須
第零話 『英雄の終わり』
暗黒の室内に眩い一閃が駆ける。
室内には、見るものを戦慄させるほどの邪気を放っている巨大な黒羊がいた。
俺は地面を強く蹴り出した勢いのまま、刀身に白銀の輝きを纏った聖剣“明星”を巨大な黒羊の腹部に振り下ろした。
「チェイス!!」
剣を振り切った後、すぐにその場を跳躍して離脱しつつ背後に存在する気配に向け号令をかける。
「はあぁぁぁあああ!」
すると、存在感がなかった後方から、一瞬にして全身に鳥肌が立つような殺気が溢れ出した。
漆黒の装束を纏った少女が、凛とした雄叫びをあげて瞬息の間で姿を現す。
春風に吹き上げられた桜の花弁のように跳躍していた彼女の剣に、光が集約していく。
シャランとした音が鳴った刹那、彼女の姿は宙には無く、黒羊の後方数メートル先に剣を収めた彼女の姿があった。
「グアアアアアアァァァァァァァ!」
鮮血を撒き散らしながら、大地を揺るがす断末魔をあげて黒羊が倒れる。
ほっと肩の力を抜いたところに黒羊にトドメを刺した彼女が、夜空に匹敵するほど煌めく金髪を靡かせながらレイナ・アヴァンが駆け寄ってきた。
「随分とあっけなかったわね。今回の門はA級だったんでしょ?」
「ああ。しかも、これ以上敵が出てくる気配はないな」
そう言って手に携えたままであった“明星”を鞘に収める。
刀身で照らされていた室内が、開戦前の暗闇に戻った。
世界各地に存在する「冥界の門」にはランクが存在し、そのランクに該当する悪魔が門を支配している。今回の門は国の英雄クラスでないと踏破出来ないレベルであるA級という報告であった割には、あっけなく支配者であった黒羊を倒してしまった。
「まあ早く片付くに越したことはないわ。早く帰ってルミナに報告しないと」
「そうだな……」
何かが喉に引っかかっているような、嫌な気配を感じつつ重い足取りで入ってきた扉に戻ると、存在していたはずの扉が消えていた。
「あれ? 入口ってここだったはずよね?」
「間違いない。ここから入ってきたはずだが……」
何かがおかしい。
背後に纏わりつく違和感に全身の神経を張り巡らせていると、先に倒した黒羊の死体から謎の黒煙が出ていた。
「シーナ、気をつけろ」
「ええ。これで終わりじゃないようね」
俺とシーナは剣に手を掛け臨戦状態に戻す。
発生している黒煙は竜巻状になり、霧散と同時に人型へと変貌していた。
「やあやあ、人間のお二方。実に見事な手際で流石の私も肝を冷やしたよ」
そこに現れたのは、背中を覆うほど長い白髪を携えた男であった。しかし、人間と決定的に異なるのは、二本の角が生えているという点。この二つの特徴から導き出される結論は……。
「お前、アザゼルか」
「いかにも。私をご存知で?」
知らないはずがない。
アザゼルは国の女性を二百人をも喰らったS級悪魔であり、国家級の相手である。こちらの体力が完全であっても倒せる保証はない。
俺の考えはシーナに通じたみたいで、互いにアイコンタクトで確認を取る。
この場は一時離脱しかない。
「そうそう、言っておくが私から逃げることは不可能だよ。なぜなら出口の門は私を倒さないと開かれないからねぇ」
くそっ、やはりか……。
入り口が消えた上にこの登場、当たってはほしくなかった予感が当たってしまったようだ。
このボスに辿り着くまでに、俺もシーナも体力の4割を消耗している。A級とはいえ万全を期していたが、S級は流石に想定外だ。
「こうなったらやるしかないようね」
「それしかないみたいだな」
互いに手に掛けていたものを抜剣。俺は『明けの明星』シーナは『桜花舞散』を構えて、相手の出方を伺う。
「やはり君たちは人間のなかではただものでは無いみたいだね。それじゃあ、こちらも少し本気を出そうかな」
アザゼルが指を鳴らすと、爪が指ほど伸び、背中から黒翼が生えた。
「いいか、ヤツが動いたと同時にこっちも間合いを詰める。俺が爪を抑えるから、レイナはサイドから攻撃してくれ」
「了解よ。受け切れないと思ったらちゃんと引きなさいね」
「わかってるって」
視線に神経を集中させ、アザゼルが動くのを待つ。
「構えに隙がないね。今回は楽しめそうかな」
今回は……? どういう意味なのか。
アザゼルは、カッと目を見開くと、黒翼で低空飛行しながら間合いを詰めてきた。
そして、振りかざされた爪を受けようと『明けの明星』を抜剣すると、先にも発生した閃光が室内を満たす。
相手への怯みも期待して、交戦時に抜刀をしたのだが、アザゼルは怯んだ様子もなくこちらに突っ込んできた。そして、剣と爪がぶつかる寸前、腹部に強烈な打撃が入った。
「ぐぅ、がはっ……!」
「ルキ!」
俺は堪えきれず、背後の壁まで吹き飛ばされた。サイドに展開していたレイナが、攻撃を中断して駆け寄ってくる。
「大丈夫⁉︎ 何が起きたの」
「あの野郎……ご立派そうな爪をフェイクに膝蹴り入れてきやがった」
アザゼルは不敵な笑みを携えている。
「ハハハ。変身後の膝蹴りは絶対に決まるんだよねぇ。みんな爪にしか注意がいかないから楽に先手が取れるもんだ」
「はっ、悪魔でもそんな狡い手を使うんだな」
「悪知恵は得意なものでね。特に人間には効きやすい」
剣を杖にして立ち上がると、レイナがポーションを手渡してくる。
「悪いな、次は気をつける」
「今後は私も受けに入るわ。今までの魔獣とはレベルが違うみたいだから」
「ああ。攻守一体にするか」
二人してアザゼルに向き合うと、今度は爪を振りかぶりながら低空飛行で間合いを詰めてくる。
振り下ろされた爪に合わせて、シーナが抜剣し、剣の上で滑らせて爪撃を回避したところに、下から振り上げた剣撃を相手の腹部へと叩き込む。
しかし、俺の剣撃は黒翼に弾かれ、シーナを第二の爪撃が襲う。
シーナは後ろへ大きく跳躍することでそれを躱し、間髪なく間合いを詰める。
その突進を見て、アザゼルは気色の悪い笑顔を浮かべた。
刹那、俺はシーナを庇うためにアザゼルとシーナの射線に飛び出した。
――ズブシュ
「え……?」
背後から、レイナの間抜けな声が聞こえる。
下に視線をやると、俺の腹部をアザゼルの尾が貫いていた。
「ぐはっ……」
「おやおや、まさかよまれてしまうとはね。ただ、標的が変わっただけかな」
そう言って引き抜かれる尾の先端は角張っており、引き抜かれる瞬間にも追い討ちをかけてきた。
「うぐぅ……」
「うそ……そんな……」
膝を突き、崩れ落ちる俺をレイナが抱き止める。
「やめ……とけ……血で汚れるぞ」
「アルス……なんで……」
先の瞬間、シーナが殺される予感こそしたが、あくまで予感がしただけで、尾の攻撃まで予想することはできなかった。それさえ予測できていたら、剣で受けることも可能であったが、強烈な殺気に、気づいたら体が勝手に反応していた。
「この攻撃も必中なんだがねぇ。姿を変えたときに全身を変えたわけではない、というのが肝なんだが、攻撃自体予測されたのは初めてだよ」
愉快そうに笑うアザゼルを尻目に意識を保とうとするが、既に全身には力が入らなくなっていた。
「アルス! 死なないでっ! あなたまで死んだら……わたしは……」
遠のく意識の中で、レイナの泣き顔が映る。
ああ、こうなるのなら、やはり伝えておくべきだった……。
「レイ……ナ、おれ……は、おまえの……ことが……」
「アルス! お願い! 目を開けて!」
レイナから伝わる温もりが、完全に途絶えたところで、俺の意識も消失した。
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