第3話「王宮へ」
ヴァネッサさまに見送られて、トリノパルディ伯爵家の玄関を出ると、そこに、エイプリルが迎えに来ていた。
べつに、ひとりで帰るつもりであるわけではなく、すでに護衛付きの馬車は用意してあるのだから、この歓迎は余計だった。そのはずなのだが。
「何よ」
エイプリルに突っかかるわたしの声は、いつもと比べ、自分でもはっきりわかるくらい力が入っていなかった。
エイプリルは「何でもわかっているぞ」という表情で、わたしのことを見つめた。
しゅんとうな垂れたわたしの前まで歩み寄って来ると、彼女は、優しく、忌々しいくらい優しく、わたしのかぼそい体を抱き締めた。
「聞かないの?」
わたしは、ぼそりと呟いた。
「何をですか?」
エイプリルは、メイドのくせに、赤子を扱う母親のような柔らかさで、わたしの髪を撫ぜる。
いつもはろくろく仕事もしない不良メイドのくせに、こういうところだけほんとうの家族みたいで腹立たしい。
「決まっているでしょう。ヴァネッサさまがわたしの復讐計画をご覧になって、何と仰っていたかよ」
「そりゃあ、聞かなくてもわかりますから」
その声音の優しさが、なまじの厳しさよりも痛かった。
エイプリルは、わたしが傷つき、落ち込んでいることをわかって優しくしているのだ。つまりは、わたしは子供扱いされているのだった。
いつもだったら、そんなつまらない扱いをするなと怒っているところだが、いまは、いまだけはそんなことはできなかった。何といっても、自分が、ほんとうに単なる十三の子供に過ぎないことを思い知らされたばかりなのだから。
「おうちへ帰りましょう、ベネットさま。美味しいお食事が待っていますよ。もう、復讐はおやめになるんでしょう?」
エイプリルのその言葉に、わたしはすぐに返事をできなかった。たしかに、わたしの緻密だと思っていた復讐計画は、そもそも真ん中にとんでもない大穴が開いたひどい出来のしろものだった。
わたしは、何もわかっていなかった。自分がどのようにして計画をもてあそび、それを実行すらしようとしていたのか、まったく自覚していなかった。
そのことはよくわかった。しかし、だからといって、これで終わりにして良いものだろうか。
わたしの小さなプライドの問題などではなく、何かもっと大切なもののために、できることがあるのではないか。
それとも、わたしはそれすら持たないほど幼く小さいただの子供に過ぎないのだろうか。
そうだとしても、ひとつ、知っておきたいことがある。
「ベネットさま?」
わたしは、エイプリルの腕を振り払った。彼女はちょっと驚いた顔でわたしを見下ろした。まだ駄々をこねるつもりなのかと思っているのかもしれない。
そうではない。そのつもりだ。しかし、わたしにできることがあるとするなら、それを行わなければならない。
「まだ帰るわけにはいかない」
わたしはエイプリルをその場に置いて、馬車のなかへ駆け込んだ。エイプリルがあわててわたしを追って来ることを待たず、御者に命令する。
「王宮へやってちょうだい」
まだ逢っておかなければならない人が、ひとりいる。
◆◇◆
馬車のなかで、エイプリルは懸命にわたしを止めようとしていた。
「お嬢さま、やめましょうよ。何をなさるつもりか知りませんけれど、無意味ですよ。それに、王宮へ押しかけたりしたら、後で公爵さまに目いっぱい叱られますよ。だれの利益にもならないじゃないですか」
「わかっているわ」
わたしは小さくささやいた。
エイプリルはびっくりした様子で、わたしの顔をのぞき込んだ。
「え? わかっているんですか? じゃ、何のために行くんですか?」
「納得のためよ」
そう、自分自身が納得するためだ。ただそのために、わたしは王宮へ行き、「かれ」に逢って話を聞くのだ。
「ふーん」
わたしの傍らに座ったダメメイドは何を思ったのか、ちょっとニヤニヤと笑った。
「何だ、お嬢さまも考えていらっしゃるんですね。てっきり、何か無茶なことをなさるのかと思っていました。それなら、良いです。お嬢さまが納得することは、凄く大切なことだとわたしも思います。行きましょう。行ってたしかめて来ましょう。まあ、何も出てこないかもしれないですけれど、それならそれで良いんじゃないですか」
「うん。ありがとう」
わたしが礼を云うと、エイプリルは目を円くした。
「ええっ? ベネットお嬢さまとも五年のおつきあいになりますが、お礼を云われたのは初めてじゃないですか? どうしたんです、お嬢さま。ヴァネッサさまのお宅で何か悪いものでも出されましたか」
「うるさいわね、わたしだってたまには素直にお礼くらい云うわよ。黙りなさい」
「はいはい」
エイプリルは、何かひどく興味深そうにわたしの顔を眺めていたが、それ以上は何も云おうとしなかった。わたしはその視線を無視することにする。
やがて馬車は幾たびか
数日前、モニカお姉さまが人前で弾劾された、まさにその建物だ。
いままでにも何度か訪れたことがあるが、ひとりで来るのはむろん初めてだ。
わたしがだれの手も借りずに馬車から降りると、その場に佇む衛兵たちがあわてて駆け寄ってきた。
彼らも豪奢な馬車と、華麗な服装とで、ただ者ではないことがわかったのだろう。丁重な態度と言葉遣いだった。
わたしは告げた。
「ベネット・ダンデライオン公爵令嬢です。ダンデライオン公爵家を代表して参りました。アンソニー王子殿下との面会を希望いたします」
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