第3話
三日後。
その同じ部屋である。
「――と、こういうことがあったの」
わたしがひと通り話し終えると、友人のミーナは無言で両手を握り締め、その場に立ち上がった。可愛い顔が思い切りひきつっている。わかってはいたが、訊いてみた。
「どうしたの?」
「もちろん怒りを堪えているのよ! あの男、またあなたのまえに姿をあらわすなんて。まだあなたを利用するつもりなのかしら。何ておぞましい。ドリューヴさまに云ってひっとらえてもらいましょう」
「うーん」
わたしは言葉を濁した。正直、ドリューヴにこのことを話すことは気が進まない。
もちろん、かれは即座に対処し、ルーファウスがわたしに近寄れないようにしてくれることだろうが、やりすぎる可能性がある。
かれはたしかに王子であり、権力者であるわけだが、まさにそうだからこそできないこともあるのである。あまりその力を乱用させるようなことは避けたかった。
また、それ以前に、わたしの私事でドリューヴの力を借りることに抵抗があるのもたしかだ。
「何を迷っているの! ドリューヴさまはあなたに惚れ込んでいるんでしょう。だったら、そのお力をお借りすることをためらう意味がないわ。いますぐにあのごろつきを退治してもらいましょう!」
「そうねえ」
ミーナはわたしとルーファウスの関係と、その顛末についてくわしく知っている人間のひとりだ。
じつは彼女からは最初からあの男はやめておけと云われていたのだが、わたしはその忠告を無視してかれと恋人になり、そしてあの悲惨な破局を迎えた。
そういう意味では、すべてはわたしの自業自得とも云える。もちろん、だからといって、ルーファウスの責任を免じてやるつもりなどかけらもありはしないが。
「何、その生返事は。ドリューヴさまに関わることがイヤなの?」
「もちろん、そういうわけじゃない。でも、ドリューヴさまにご迷惑をおかけしたらどうしようかとも思うの」
「迷惑をかけたって良いじゃない。この機会に迷惑をかけたりかけられたりする仲になりなさい。それもイヤなの?」
「正直、あまり気が進まない」
わたしはどこかでドリューヴの怖いようないちずさを避けているのかもしれない。どうしてもわたしにそこまで好かれるだけの価値があるとは思われないのだ。
かれは何か誤解しているのではないかという疑惑が消せなかった。
そもそも、わたしはルーファウスと別れてから、一切恋愛するつもりがない身の上ではあるけれど……。
「ねえ、メロディア」
ミーナがわたしの目を正面からのぞき込んだ。
「あなたがあのろくでなしと別れてから、人の恋心を信じられなくなってしまったことはわかるわ。でも、そうやって一生だれも信じないで生きていくつもり? あなたがそうしたいというのなら止めはしないけれど、それはやっぱり少し寂しい生き方じゃない? もう一度、人の心を信じることに挑戦してみても良いと思うな」
「うん」
わたしはこくりとうなずいた。
ミーナの云うことは正論だと思う。でも、わたしは信じて、また裏切られることが怖いのだ。
もし、もう一度裏切られたなら、今度こそ立ち上がれなくなってしまう。そのくらい、ルーファウスとのことはわたしの心に深い傷を残していたのだった。
しかし、ドリューヴ、あの聡明だが狂的なところがある王子は、もしルーファウスのことを知ったらどうするだろうか。
もしかして、非合法な手段に訴えてでもかれを排除しようとするのではないか。
その可能性を思うと、やはりかれに相談する気にはなれなかった。
そうして、わたしは決断を先延ばしにし、あいまいに逃げつづけた。心が弱いと云われれば一言もない。
わたしは結局、ルーファウスが云うような強い女などではまったくないのかもしれなかった。
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