第39話
目が覚めると、私は寝返りをして腕を伸ばした。横を見ると隣に寝ていたはずの田口がおらず、シーツもすっかり冷たくなっている。
私はそのまま起き上がり、時計を見ると「あ、糠漬け……」そう独り言を落とし、台所へ向かう。ふと玄関に目をやると、田口の靴がなかったので、煙草でも吸っているのかと思いドアを開けたが、そこに田口は居なかった。
嫌な予感がして、手すりに手を置いて階段を下ると、私の指は何かに引っかかった。
そのまま目線を落とすと、ベルトが見えた。それは私が昨日外した田口のものだった。 私は声にならない悲鳴をあげ、震える指で、ベルトを外そうとするも、上手く外せず、時間だけが何十分、何時間と過ぎて行く気がした。どうやったのか、まるで分からないまま、とすん。と、軽い音がしてすぐ、ベルトの金具の落ちた音がコンクリートに響く。
たった数段の階段を何度も転びながら、携帯を取りに部屋に戻る。震える指で、番号を押すと二コールで電話は繋がった。
スピーカーの向こうでは、知らない男が「事件ですか、事故ですか」と早口で言う。私は、何とか声を振り絞り「自殺です」と答えると、這う様にして、ついさっきまで、私を抱いていた、田口だったはずの、塊の様な何かに近づくと、その手を強く握り締めた。それはまだほんのりと温かく、私は何度も田口の名前を呼んだが、目の前のそれは、うんともすんとも言わなかった。
どうして田口は上着を着ていないんだろう、と思った。服を着せてあげないといけないのに。どうして田口は息をしてないんだろう。確かにあの夜、部屋へ担ぎ込んだはずなのに。
目の前を通り過ぎようとした、郵便配達のカブが止まり郵便受けに何かを突っ込むとそのまま走り去って行った。全ての音がそのまま遠のいて、耳鳴りがするほどの静寂に取り残される。
どれほどそうしていたかは分からないまま、気づくと私は誰かに身体を揺すられた。何かを喋ろうにも、私の口の中はからからに干乾び、音の一つも出なかった。
握っていたはずの男の手が離れていったが、私は立ち上がることも、頷くことも、自分の指を動かすことも出来なかった。
そんな風にまるで言う事ひとつも訊けなくなった私の身体は、私の意識を残してその場に倒れ込んだ様で、Tシャツからはみ出した皮膚が冷かなコンクリートの上を擦った。
少し離れた所から、中央線の駆け抜ける音が聞こえ、縹色の空が只目の前に広がっていた。
モイモイ・キッピス・タイタン 韮崎半 @nirasakinakaba
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