第34話

 私が昼食の準備をしていると、田口がやっと目を覚ました。

「ごめん、寝すぎた」と言うので、「構わないわよ、それより具合は?」と訊いた。

「すっかり良いよ。有難う」そう返事をすると、田口は大きく伸びをして、辺りを見回した。

「片付け、全部ひとりでしたの?」

「まあ、伊藤さんが来るまであと三時間しかないしね。ほら、ご飯出来るから着替えなさいよ」そう言うと私は以前より柔らかすぎない鍋焼きうどんを二つテーブルに乗せた。

「そうだ、これあげるわよ」そう言って、田口に家の鍵を渡すと「いいの?」と訊くので「失くさなければいいわ。そして必要がなくなったら返して」そう言うと、田口は昨日あげたオーナメントの紐に鍵を括り付け、自慢げに私に見せた。

「あとは、そのカリマーのブルゾンとか靴とか、使ってた物もあげる」

「いいの?」

「じゃなきゃ、あなた全裸で帰るの?」

「遠慮せず貰っておくよ」田口はそう言うと、私達はうどんを啜った。

「俺たち二人で居て一番食べた物ってうどんなんじゃないの?」

「違うわ、味噌汁よ、滑子の」

「君、俺の事ポンコツだと思ってるでしょ」

「いいじゃない、古いストーブも古い車も、手入れをするたびに愛着が沸くんだから」

「それはどういう意味?」

「あなたは相応しい人と、相応しい恋に落ちて、相応しい生活が出来る人だから大丈夫っていう意味よ」

「相変わらず適当だな」

「お褒めに預かり光栄だわ。それより急いで、伊藤さん来ちゃうわよ」そう言うと私はヘアゴムを田口に渡した。


 食事を終えると洗い物を済ませ、田口の少ない――何も持たずに倒れていたころに比べれば増えたとも言える――荷物をまとめると、田口は物置に隠れた。

 伊藤さんがチャイムを鳴らし、リビングに案内すると物珍しそうに部屋の中を見回していた。「すみません、きょろきょろしちゃって。見慣れないものが多いからつい……、ところで田口は?」私がベッドの方に視線を移すと、伊藤さんは立ち上がり、田口が寝ていると思い込んだ――ブランケットでふくらみを付けた――そこに近寄ろうとした。そのタイミングで、物置から出てきた田口が伊藤さんの背後に立った。

「迷惑かけたね」

そう言うと、伊藤さんは腰を抜かすようにその場に尻餅をついたので「そんな、オーソドックス過ぎるでしょ」と田口は笑い、私も笑った。

 当の伊藤さんは、笑っている田口を見ると、文字通り号泣した。私達は顔を見合わせてまた笑い、「お茶を淹れてくる」そう言い残すと私は台所に向かった。

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