第29話
次の日も田口は調子が悪く、朝ごはんも、昼ごはんも、夕ごはんも「食べれない」と言った。仕方がないので私は田口に炊いたお粥を一人で食べた。台所で立ったまま食べていたので、その気配に気づいた田口が「リビングで食べなよ」と言ったが、「何も食べられない人の前で食事が出来るほど私の神経は図太くないわよ」と答えた。
伊藤さんに電話をし、四時間ほど絵を描くと、もう充分に遅い時間だった。電気を消して、ソファに寝転ぶと
「こっちで寝なよ」とか細い声で田口が言った
「具合悪いんだから一人で寝なさいよ」
「そういうんじゃないの、分ってるでしょ、傍にいて欲しいんだよ」
珍しい。そう思い、私はベッドに潜り込むと、思い出したように伊藤さんからの電話の内容を伝えた。「来週には。って、事だったけど、どうする?」そう訊くと「それまでになんとかするようにしたい」と答えた。
「今、あなたは何とそんなに闘っているの?」
「今……、というか、ずっと同じことだよ。闘っているっていう表現でいいのか分からないけど。突然やってくるんだよ、こう、ぐわっとしたやつが、色々、なんか、煩いんだ」
私はそれに返事もせず、ただ黙って頷くと、田口は目をきつく閉じ「しばらく落ち着いてたのにね、ちょっと引き摺られてるだけだと思う。今日を乗り切れば、明日はきっと、もう少し、マシになってる気がする。これは決して終わらない事じゃないって、必死に言い聞かせてる」と言った。
「ねえ、俺何で奥さんと結婚したか知ってる?」というので
「わからない」と答えると
「もう少し考えてから答えてよ」と力なく笑った後で「誰彼にそう訊かれるとね、俺はこう答えるんだ。『あの人、俺が居ないと生きて行けなさそうだったから』って」そう田口は可笑しそうに言ったが、声は掠れ、弱弱しく、全く可笑しく聞こえなかった。
ずっと黙り続ける訳にもいかず、今度こそ何か言葉を返してあげたかったが、何を言っても見当違いな気がして何も言えなかった。それに気づいたのか「ごめんね」そう呟いて、田口は私の腰にしがみついた。
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