Fancy The Gregory

蓮未はこ

第1話


…兄さん。


これからも、ずっと、一緒だよ?


永遠に。


***************************


藤江夫婦の間に産まれてきた僕等は、双子として産まれ、

兄は牲架(せいか)、弟の僕は凪(なぎ)と名付けられた。



20年前、冬。


この世に生を受けてからというもの、僕等は、何をするのも、一緒だった。食べるも、寝るも、遊ぶも、どんな時も。

勉強だって、一緒だった。

喧嘩すら一度だってない。



         ーそして、今日ー


今日は、クリスマス・イブで、僕等の20回目の誕生日。


これからも、この日が、最も、特別な日になる。



***************************



 今日は夜中の2時くらいから雪が降るらしい。


今は1時を過ぎたばかり。


僕は今、兄さんの部屋に居る。そして、兄さんは寝ている。


運が良いのか悪いのかは分からないが、兄さんは、昨日から風邪を引いている。そのついでに風邪薬と称して少しの物音でも起きない様、実は睡眠薬を飲ませた。


大丈夫。


そんなに見た目の違いもないし、兄さんは優しいから疑う事も知らない。


「そもそも、眼鏡がないと何も見えないんだよね、兄さんは」


部屋の豆電球をたよりに、

僕は、机の上にあった兄さんの眼鏡をとり、ベッドの上でうつ伏せに寝ている兄さんの上半身の布団をはぎ、上に股がった。

そして、兄さんに眼鏡をかけた。


僕は、半分、ニヤけながら、

「これでやっと僕の顔がちゃんと視えるね」

さらに、耳元で、囁く。

「これからも、ずっと、一緒だよ?」



          ー「永遠に」ー  


***************************


それはそうと、こんな兄さんの寝込みを狙うなんてもう、


「これが最初で最後だろうね」


僕は、右手に持っていた包丁を両手に持ち、兄さんの胸の中央に横向きに切っ先を立てる。これの方がすんなり入ると言う調べだ。


さすがに、痛みで目が覚めるだろう。


できれば、僕がやった事を兄さんの目に焼き付けたいからゆっくり刺そう。

 

何か、ワクワクするなぁ。


これから兄さんがどんな顔をするのか。


さぁ、


いよいよだ。


兄さんの顔を見ながら刺そう。


あぁ、ニヤけが止まらない。 


さぁ、早く、


ゆっくり、


ゆっくり、


ゆっくりと、


          ー体の中へー

    


この言葉と同時に、包丁は、兄さんの中へ刺さり始める。そう、


         ーゆっくりと。ー


この感覚をどう伝えよう。

何せ、初めてなんだ。

人を刺す経験なんて兄さんが最初で、


           ー最後ー  


刺さった瞬間、


痛みで一気に目が覚めた兄さん。

すかさず声をかける。


「…あぁ、兄さん起こしちゃったね。ごめんね」


兄さんの目が一気に見開き、僕を見ている。口は開いていて、声は聞こえない。聞こえないというか兄さんは喋れない。そもそも今は声を挙げれる状態なのかすら分からない。


ゆっくりと、どんどん奥に刺さっていくこの感触。


何か新鮮だ。


そして、


ゆっくり刺してるつもりだった筈も、早いものであっという間にもう半分は刺さってしまった。楽しい時程、早く時間が過ぎる。それと一緒だ。僕は今、楽しいのだ。


だから僕は、この楽しい時間を少しでも長引かせる為、一旦、手を止め、左手を兄さんの左頬に添えて、


そして、兄さんにこう問いかける。


「兄さん、痛い?それとも、苦しいかい?」


僕は同情しているのだ。

兄さんの苦しそうなこの表情に。


あぁ、これからどうしようか。

このままゆっくり刺して刺したままにするか…

それじゃあ、兄さんに刺さった包丁が邪魔だし、刺さったままだとダサい…


僕は少し考えた。


そして、考えた結果、


       ーじゃあ、こうしよう…ー


「…………………」


僕はもう一度、包丁を両手で掴み、


そして、一息いれ、


…フゥー……。


息を吐くように、


     「一気に刺してッ!一気に抜くッ!!」


すると、一気に抜いた瞬間、刺し傷からは勢いよく血しぶきが飛び散った。


壁、天井、カーテンに、僕の服に、僕の首に、僕の手に、包丁に、そして、


          ー僕の顔にー



***************************



振り上げたままの血だらけの両手にはまだ血だらけの包丁。


僕はそれを見上げてる。


刃物を抜いても少しは息があると言う。

息が止まる瞬間を確かめたい。


僕は血だらけの両手を下ろし、左手に持ち替えた血だらけの包丁を左の方へ投げ捨てた。


コツッ


投げ捨てた包丁が、ちょうどテーブルの足に当たった。


僕はこの血だらけの両手で、兄さんの両頬を触り、息が止まる瞬間を待ちわびるかのように、兄さんの息が届く範囲に顔を近づけた。


もう微かにしかしない兄さんの息。


「兄さん、これからも僕だけの兄さんでいてね」


僕は今、兄さんが次第に息をしなくなるのを悲しいのか寂しいのか分からない。


だって、僕の顔は今、楽しそうなのだ。


「ねえ兄さん」


「……………」


もう反応すらしない兄さんは、どうやら、もう息が止まったみたいだ。


上体を戻した僕は、


「ちょっと僕も休もうかな」


ベッドから降り、ベッドを背もたれに座った。

目の前にはテーブルがあって、足の方にさっき投げ捨てた血だらけの包丁も目に入った。


そして僕は、いつの間にか座ったまま寝てしまった。



***************************



 人は、死ぬ前に、死んだ人が、夢に出てくるらしい。


もし、そうだとしたら僕は近い内に死ぬかもしれない。


なぜなら、

今、僕は多分、寝ていて、多分、夢の中だ。

その夢の中には、息をしていないはずの兄さんがいる。

兄さんを殺したのは僕だ。息が止まる瞬間も見た。

動けるわけもない。立てるわけもない。

だから、兄さんが僕の横に居るわけがない。


よって、これは、夢。


「ねぇ、凪さぁ…」


尚且つ、兄さんは喋れない。


「なんで、僕をこんな目に…」


夢の中の兄さんらしき人の問いに僕は、


「それは…兄さんを…」


「僕を…?」


「ただ…」


「ただ?」


問いつめるその声に、


僕は、


        ー「殺したかった」ー



僕はそこで目が覚めた。


そして最後の声は夢じゃない。


          ー「現実だ」ー


誰だ。


僕は、うつむいていた顔を上げ、目の前の声の主を見上げた。そこには、白髪に黒いシャツ、黒いスーツの男が立っている。


しかも、テーブルの上に。


(行儀悪いな、コイツ)



「さぁ罪人よ」


(…罪人…?)


(…あぁ…、僕の事か…)


その男は、僕を見下ろし、こう言った。


「いずれ捨てる命、どうせなら有意義に使わないか」


「……、有…意義…?」


「そお!ゆーいぎにぃ!」


と、下から聞こえたと思ったら、今度はテーブルに座って足をブランブランしている子供が僕の顔を見てニコニコしている。しかも、この子も白髪だ。


(やっぱ、行儀悪、コイツら)


「ねえ、おにーちゃん、ゆーいぎに、どお?」


ニコニコしながらかわいい声で何言ってるか分からないけど何かあれだ…


「おい、お前。なぜそこに入る。着いてくるなと言ったはず」


「ギルのけち!かわいい子供がいたほうがいいじゃん。それに『お前』じゃないよ、ボクには『マナ』って名前があるもん」


…チッ…


上から舌打ち聞こえた。


「じゃあ、マナ…」

「なーにい?ギル。」


ニコニコしながら上を見る子、舌打ちをして下を見る男。


「俺は子供が嫌いだ、特にお前。だから着いてくるなと…」

「えー、マナはぁ、ギルだーい好きだよぉ(おちょくるのが)フフッ」


喋るのを遮り、ニコニコ喋るこの子供は、見てる限り、この男をおちょくり、楽しんでいる。


(何て子供だ…でも何か見てて楽しい…)


僕がそう思うのも、この子供と何か系統がにているのかもしれない。


「…ハァ…、もういいか…」 

ため息混じりに男が言う。続けて、僕に視線を変え、


「オイ、ガキ。それでどうなんだ?」

そう言うと、


「凪」


僕も男と視線を合わせたまま、その一言だけ発した。


「だから何だ」

男が無表情にそう言っては、


「僕の名前が『凪』、『ガキ』じゃないってこと」

僕は少しニヤけながら言った。


…ハァ…。


面倒くさそうにまた、ため息をつく男は、今度はしゃがみ込んだ。そして、胸ぐらを掴み、僕の目を睨んでは、


「そんな事、どうだっていい。俺の質問に、『はい』か『YES』で答えろ」


僕は呆れ顔で、


「『はい』か『YES』って…。僕には最初から断る権利がないと聞こえるし…、そもそも、いきなり人ん家に上がり込んどいて土足でテーブルの上とか態度とか悪すぎじゃないかなぁ?」


こう言った。


すると、胸ぐらから手を離し、男はいきなり、


「それもそうだったな、悪いな、人間。」


「えっ…」


以外にも謝られた。言えば分かってくれるんだと関心した。


そして、


「ちゃんと、インターホン鳴らしてから、ちゃんとドアからお邪魔するべきだった。こんな土足で窓から入るなんて無礼極まりない」


男はそう言いながらテーブルから降り、尚且つ、靴まで脱いた。


「ほら、マナも、テーブルから降りろ。無礼だぞ」


「はぁーい」


子供は男の言う通りにテーブルから降り、二人は左右に分かれた。


何だか急に別人になったみたいだ。


「ねー、ギル?」


そう言いながら、子供は男を見上げた。


「マナたちは、ふつうの人じゃないんだし、人間の言いなりになるなんて…、」


     

     「ギルはおバカさんだね、フフフっ」



ニコニコしながら、男をまさかの『おバカ』発言する子供。


…プッ…


僕もうっかり、吹いてしまった。

子供は純粋で素直だ。大人が言えない事を意図も簡単に言葉にする。良い意味の言葉もあれば、悪い意味の言葉もある。そして、今のこの空気が凍りついているのは、きっと、男は、悪い意味で捉えたから。つまり、


『悪口』


に、聞こえたんだろう。

でも、この子供は悪気はなかっただろう。


……………。


僕は子供の顔を見た。


いや、あったかもしれない。


だって、子供の顔は、今一番のニコニコさだ。すごく、ニコニコにしてる。


続けて、男を見上げた。

その顔は、真顔だった。


そして、男は子供の方を見ながら、


「お前、さっき笑ったな…。」

「マナはいつもニコニコだよ」

「いやお前じゃない、人間、お前だ」

「…いや…、笑ったっていうか、吹いたっていうか。」


「人間の分際で俺を嘲笑いやがって…」


すると、男が僕の脇に来ては、立ち止まり、今度は立ったまま胸ぐらを掴まれた。

当然、僕も強制的に立ち上がる事になった。男は怒っている。


「お前に選択権などもうない。さっさと、連れて行く事にした。」


「お言葉ですが、最初から『選択権』など無かったと思いますが」


僕達は睨みあった。


そして、数秒睨みあった後、男が胸ぐらを離し、その勢いでベッドに肘と尻を付いた。


「おい、マナ。コイツを拘束しろ。」


「りょーかーい!」


「その後ろのガキもだ。」


「りょーかーい!。……って、でも後ろのおにーちゃん、もー死んでるよ?」


「それでもいい、早くしろ。」


「はぁーい。」 


そう言うと、子供がポケットに手を突っ込んだ。何か拘束具を出せる魔法の杖とか出てくるのか。

と、思いきや、


「じゃーん、ただの、てじょうー」


と、言いながら、男に見せびらかす。ニコニコしている。


「いや、俺に見せられても。」


「あっ!そっか!」


今度は反対のポケットに突っ込み、


「じゃじゃーん、ただのてじょうーが、もーいっこぉ」


ニコニコしている。


(この子供、絶対遊んでる。)


「いや、マナ。早くやってくれ。」


男が命令する。


「うん!」


「………」


返事はするが、男を見たままニコニコして動かない子供。


「早く」

「うん」

「早く!」

「うん」


「早く…!」


「うん」


「………」


ハァ………。


男の深い溜息。


「マナ…、いい加減にしてくれ。俺は子供が嫌いだ。特にお前が。何せ全然、言う事を聞いてくれない」


「ギル、怒った?」

「あぁ、怒ってるし、イライラする、もうお前とは話もしたくないし、顔も見たくない」


何か、ピリピリした空気になった。

僕はどうすればいいんだろうか。僕は…


「もー、ギルは怒りん坊だなー。しょーがない」


このピリピリした空気にいきなり喋りだす子供。

やれやれ見たいな感じ出してるけど、この男が怒ってるのは、明らかに、


         ーお前のせいだー


絶対、今、僕と男の心の声がハモった。絶対に。


「じゃあ、おにーちゃん、両手出して」


こんなんでいいのか?


僕は渋々、両手を出したが、すごくこの場面が普通すぎる。

『人間の分際で』とか言ってたから恐らく人間ではないだろうに。だったら『人間らしくない』事を見せてほしい。


たとえば、『魔法』とか。


ガチャ


って、思ってる間にはめられてしまった。


「じゃ、死んでるおにーちゃんにも…」


と、子供は兄さんに触れようとした。が、触れなかった。



         ーなぜならー 



「おっと!アブねぇ…。ギリギリセーフ!」



        ー新たな侵入者にー



「いやいやいや、常識的にアウトです。ここ、窓だし。」



        ー邪魔されたからー






















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