SEASON 0:エレメンタル・ビギニング

【♯01】開始早々、チーターに出くわしました。

 

 ――――カキッ


『A.I.M.S』の戦いの合図は決まって、鉄同士が引き合う硬い械の音が響く所から始まる。


 その音は“撃鉄”と呼ばれる拳銃内の弾丸を叩き、発射させる為のハンマーが引かれる音。或いは自動小銃の安全装置“セーフティ”のロックを解除する音か。



 ここは仮想空間のとある次元に創成された空中都市。緑豊かなガーデン装飾で飾られたプラザや、花園ガーデンが設置された平和主義な都市が、銃や武器で血塗られるサバイバルゲームの舞台とは程遠いかも知れないが、とんでもない。


 それを証拠に、空中都市には一般市民と思われる人の気配が全く無い。

 だが耳を澄まして聞こえてくるのは、気配を殺しつつも迅速に、軽快に移動する武装されたアバターの人影。


 遠くから木霊するは刹那の狙撃音、マシンガンのハイテンポな連射振動音が聞こえたかと思えば、再び静寂を取り戻す。その繰り返し。


 勝利への栄光を勝ち取るために、己の闘志を弾に込めて撃ち続ける100人のゲームプレイヤー達。

 現在その数も半分以下、46人が生き残っている中で破格の強さを持つプレイヤーが、このカジュアルマッチを盛り上げていた。


 一人称視点のFPSゲームは、ゲーム画面には空中都市の高画質な情景と、マグナム銃と思われるハンドガンを携えた右手だけが映るのみ。

 そしてスクリーンとは別のタグ画面には、自動的にスクロールで提示されるチャットのログが。


 〘残り人数半分ですよー〙

 〘KIDキッドさん、ふぁいとー!〙

 〘初見です、宜しくお願いします!〙

 〘がんばれーー!〙



 ご存知ゲーム好きの読者の皆様には、定番娯楽となりつつある【ゲーム実況】の一般的風情。

 パソコンやスマートフォンのネット動画を通じて、この“KID”という配信者のライブ動画を視聴し、心躍るプレイを期待している人々のコメントの数が愛情の現れか。


「―――今日も沢山の人が観ていますねぇ。いつも応援サンクスです!」


 新しいチャットコメントが続々と届く中でも、彼は欠かさず応援してくれる観客に感謝を述べる。

 この実況者の礼儀正しさも人気の要因になっているそうだが、最大の要因はゲームのプレイングセンスにあった。


「……おっと、遠くでドンパチやってんね」


 FPSプレイヤーは視覚・聴覚など、五感をフルに活用して敵を撃つ。彼より南南西の方向から微かに聞こえた狙撃音が、彼の耳元に伝わって闘争心を駆り立てる。


漁夫ぎょふりにいってます!」



 皆様は【漁夫の利】という言葉を知ってるでしょうか。意味は“他人の争いごとに乗じて、何の苦もなく利益を得ること”。

 このFPSにおける敵同士との撃ち合いには、当然他のプレイヤーから水を差されることもザラ。


 戦闘に生き抜いて、戦い疲れたプレイヤーを奇襲する事を“漁夫る”と言う。

 中にはこれを卑怯と称する者も居るが、戦いに生き残る為の常套じょうとう手段の一つだ。


 敵に気配を察されずに、絶賛戦闘中の敵陣に近づくKID。チャット欄のスクロールも止まる程に観客も見入っている様子。


 そして画面中央、右手でマグナム銃を構えるKIDのエフェクトが映し出され、その照準を敵に定める。その距離およそ70メートル……!



 ――――バァンッ、バァンッ、バァンッッ


 〔エネミー56 ノックダウン・撃破!〕


 発射と同時に凄まじい反動が襲われつつも、間髪入れずに敵に叩き込むマグナム3連射!


 遠距離にも関わらず3発とも被弾ヒット。最後のは頭に直撃し2倍ダメージが入り、HPがゼロになってノックダウン。

 しかもモードが一人専用のソロモードである為、倒れた瞬間に撃破。置土産に『デスボックス』と呼ばれる箱が、撃破したプレイヤーのアイテム・武器箱が墓標となった。


「逃がすか、もう1キル!」


 絶好のチャンスに乗り気になったか。マグナムの残り弾数が3発と少ない中であと一人仕留めようという。

 一方敵軍も遠方のKIDの奇襲に怖気づいたか、散り散りに撤退を強いられる。だがマグナムの銃口からは逃れられない。


 ―――ダァンッッ……バァンッ、バァンッッ!!


 〔エネミー86 ノックダウン・撃破!〕


 初動の一発は外れるも、一旦間を置いてロックオンした標的を残りの2発で確実に仕留めた!

 マグナム弾の6発のうち、5発を命中させた脅威のエイム標的照準力。これこそが、観客ユーザーを魅了させる“魅せプレイ”系ゲーム実況者と呼ばれる所以だ。


 ◇――――――――――――――――――――◇

 ・『KID』が28キル

 新キルリーダーに選ばれました

 ◇――――――――――――――――――――◇


 マッチ内にて、多くのプレイヤーを撃破した者に与えられる称号として、【キルリーダー】がゲーム中にて選定される。ゲームに生き残ればその称号は残り、勝利報酬にも影響が出るという。

 KIDはこれまで28名のプレイヤーを撃破した為、その更新としてゲームログ内に報告された。


 現在、KIDがこのマッチで得たダメージ総数は5687ポイント。ダメージもキルも参加プレイヤーの中ではトップに当たる記録だ。


 〘すげええええええええ〙

 〘何で滅茶苦茶反動の強いマグナム銃で撃てる草〙

 〘出たな人間チーター〙


 脅威の狙撃センスにチャット欄でも各々のリアクションが伺える。中には冗談半分でゲームの不正行為である“チートプレイ”をほのめかすコメントも出たが、冷静に配信者のKIDが訂正する。


「分かってるでしょうけど、俺チートしてませんからねー。チーターが4発目を外しませんよ」


 魅せプは時に、出来すぎた展開にチートを疑われる事がある。KIDも何回か疑われたが、時折ミスも魅せる事もあって疑いは晴れている。

 そして今回の配信で、実際のチーターを生配信で晒すことになる。というのも、


 ◇――――――――――――――――――――◇

 ・『80256324』が30キル

 新キルリーダーに選ばれました

 ◇――――――――――――――――――――◇


 ハンドルネームにしては無機質な数字のみが書かれたユーザーに、KIDのキル数を越された。その時丁度、遠方にてKIDから撤退したプレイヤーの先に連射音が聞こえた事で、彼はある事に察した。


「……多分、今さっきキルリーダーになったパスワード野郎がチーターかも」


 KIDはそれに気付いた途端、動きをスプリントにさせるかのように全力疾走で射撃音のする方へ向かう。


 ドガガガガガガガガッッッ


 そこで彼が目にしたのは、今まさに眼の前でSMGサブマシンガンで敵を撃破し、周囲には数十のデスボックスが死屍累々の如く散らばっていた所。

 本物の戦場ならば、更に惨たらしい程の地獄であろう。そしてそれを魅せたプレイヤーのその姿は……形を維持出来ないほどに




「相当イッてるなぁアイツ。どうよ、チートプログラム【プレデター】で貪り食らった撃破の味は?」




 配信から伝わるKIDの声は、先程までの陽気な明るさから一転し、憎悪にも似た低く威圧的な声になっていた。

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