東堂兄弟の5分で解決録10〜ミャーコ(愛猫)には見えている事件〜

涼森巳王(東堂薫)

猫には見えるらしい?



 京都五条の町屋。

 今日はお休みだ。自宅の探偵業がさっぱり儲からないんで、アパレルショップでバイトし始めて、早うん年。

 やっぱり、休日はいいよね。のんびり朝寝坊もできるしさ。


 ところがだ。そのまったりした昼前の空気が、とつぜん、かき乱された。庭からものすごい鳴き声が聞こえてくる。


「ミギャー!」


 なんだ? あれ? 化け猫か?

 いや、違う。さすがに、いくら怖がりでも、あれはわかるぞ。うちの愛猫、ミャーコが怒ってるときの声だ。


 なんだろう? ミャーコがあんなに興奮して、庭に何かいるのかな?


 僕は自室をぬけだし、縁側に出た。雨戸はあけっぱなしなんで、ガラス戸から庭が見えている。


 毛を逆立てた怒りマックスモードのミャーコが、亡きじいちゃんの丹精した庭を縦横無尽にかけまわってる。

 それだけじゃない。庭木に隠れてよく見えないんだけど、黒い影が一瞬、よぎった。


「兄ちゃん! 兄ちゃん!」


 僕はすぐさま縁側をはいだして、助けを呼んだ。こんなときには猛に頼るしかない!


「兄ちゃん! 今、ミャーコが庭で、なんか追いかけてる!」


 猛はのんびり居間から顔を出してきた。僕の休日には朝食をカップ麺や冷凍食品ですまして、朝寝坊させてくれる優しい兄だ。いや、本来なら食事係交代制でもいいくらいなんだけど……。


「どうせカエルとか、雀とかだろ」

「違うよ! もっと大きい音がした!」


 するとだ。猛はニカッと白い歯を見せる。


「かーくん。猫には人間に見えないものが見えるって言うよな」

「やめれぇー! 怪談反対!」


 すきあらば僕を怖がらせようとするんだから。まったく……。


「まっ、となりのミケでも入ってきたんだろ」と、猛は無関心だ。腹が減ってるのかもしれない。空腹だと食べ物のことしか考えられなくなるらしい。


「もっと大きい影だった……」

「ふうん。泥棒かな?」


 泥棒! その現実的な響き!

 幽霊はもちろん怖いけど、泥棒は泥棒で怖い。


「怖いよ! 兄ちゃん!」

「よしよし。かーくんは何歳になっても可愛いなぁ」

「そんなこと言って、泥棒だったらどうするんだよ?」

「それもそうだな」


 猛はやっと立ちあがって、庭をのぞいた。


「うーん。たしかに、ミャーコはあばれてる」

「でしょ?」


「シャーッ! シャッ!」と、ここまで興奮した鳴き声が聞こえてくる。


 すると、そのときだ。

 猛が神妙な顔つきになる。


「あそこに誰かいるぞ。松の木のかげ」

「えッ? 僕には見えないけど?」

「かーくん……猫には人間に見えないものが——」

「そういう冗談いらないから!」


 とは言ったものの、ほんとは鳥肌立つほど、ゾォッとしてた。


 それにはわけがある。じつは数日前にこんなことがあった。

 ミャーコは掃除機が嫌いだ。僕が掃除機かけてると、いつも、シャーシャー言って攻撃してくる。可愛い愛猫ではあるんだけど、掃除に時間かかるだけだから、心底やめてほしい。


 なので、僕は居間にいるミャーコを二階につれていくために、なにげなく、だっこした。そのまま廊下に出て行く。階段の奥の壁に姿見がかけてある。どこにも置き場なくて、すみへ、すみへと追いやられた哀れな鏡だ。


 ミャーコがその鏡をよくのぞいてることは知っていた。僕はサービスのつもりで、階段の裏にまわる。


「ほら、ミャーコ。鏡だよぉ」

「みぎゃっ?」

「わっ! 何、ミャーコ? なんで暴れるの? 鏡、好きだろ? いっつも首かしげて見てるじゃん」

「シャーッ! シャッ、シャッ!」

「だから、それ、ミャーコだって」

「ミギャーッ!」

「ミャーコぉー」


 というようなことがあったわけだ。

 あのとき、僕の目には、鏡に映る僕とミャーコしか見えてなかった。だけど、もしかしたら、ミャーコにはそれ以外のが見えていたのかも……?


「に、兄ちゃん……」

「だから言ったろ? 猫には見えるんだよ」


 うう……。

 オバケ確定か? ヤダな。


 と、そのとき。

 ガラリ——


 いきなり、玄関のガラス戸があいた。


「ちぃーす。遊びに来たで」


 三村くんだ。大阪の友達。また来たのか。ほんとによく遊びに来る。

 すると、三村くんの口から意外な真相がとびだした。


「やぁ、かなんな、もう。ミャーコ、いいかげん、おれのこと追いかけまわすのやめてほしいわ」

「おう、鮭児。ひさしぶり」

「てか、猛。さっき見とったやろ? 早よ助けろや」

「いやぁ。なんか面白かったから」


 ハハハときさくに笑う兄。


 なんですと? 見てた? まさか、さっきの松の木の影ってやつか?


「……兄ちゃん。三村くんなら僕にも見えるからね」


 何が猫には見えてる、だよ。もう!

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