〖短編〗ラブラブ◆サイ:キッカー~^_:-@`.>2><$)
YURitoIKA
ラブラブ◆サイ:キッカー
「
また音がする。ステレオイヤホン音量最大でスノーノイズを延々と聞かされているような感覚。近未来の拷問方法だと説明されれば信じてしまいそうだ。
一週間前から、わたしの耳は突然チャンネルが切り替わったように、不穏なノイズが響くようになった。
耳鳴りと同じ要領で、不意に、唐突に、それこそ大学の講義でマナーモードを設定し忘れるのと同じ周期で、ノイズが襲う。頭が痛くなる。講義中だろうと音ゲー中だろうとSPACE✕FAMILYを鑑賞中だろうと睡眠中だろうとお構い無しだ。遠慮なしだ。まったくもって洒落にならない。
『うーん。耳にノイズ、ねぇ。
……なんて腑抜けた検察結果だ甲斐性なしめ───という言葉が喉ちんこまで出かかった、耳鼻科医の一言だった。
『突発性難聴』とか、余命宣告ならぬ余耳宣告をされるものだと思っていた。けれど、先生の〝仏みたいな笑顔〟は〝困惑した仏みたいな笑顔〟に
いや、ここは安心するべきなのだろう。これは少しひどい耳鳴りで、大して気にすることではない。VTuberの炎上と変わらないもので、一瞬が交差する、ゲリラのような悪夢なのだと。───そう、思っていた。……なんて含めた言い方をすれば、少しはドラマチックなオチが待ってると思っていた。
耳鼻科からの帰り道。マウテンビューを一口
「やってらんねー」
小声で呟き、道端で見慣れたポーズを取っている飛び出し坊やを拳で小突く。一介の女子大学生にあるまじき醜態だった。
◇
「あたし、エスパーかもしんない」
同級生のチビ娘、トキのビックリ箱みたいな発言だった。彼女の傍らに突っ立っていたでか乳娘ことミツエは、同情三割の引き笑いをあげている。肝心のわたしは、笑うこと無く、ドン引くことなく、
「まじ?」
真剣な顔つきでトキに詰め寄った。
「え?あれ、信じてくれんの?」
「いや、信じてはない……はずなんだけど、うん。なんかね」
わたしも〝なんかね〟な状況なので、本物の同情が湧いたのかもしれない。
「いやいや二人とも。なに。きゅーじゅっぷん授業で可笑しくなっちゃったわけ?ましてやオカルト嫌いなあんたらが」
「いや、そうなんだよ?けどマジなんだよ。エスパー」
「……いやガチな顔されてもさぁ」
「…………」
相手してらんない、とミツエは溜め息をひとつ。わたしは顎に手を当てて、考える人のポーズのまま、
「まぁまぁ、聞くだけ聞こうよ」
「
わたしの名前を呼び、ポンポンと肩を叩いて、また溜め息。余計なお世話だった。
「いや、ね。あたしさ。テレパシー使えんの。脳に直接声届かせることができるって、アレよ」
「テレパシーて。それ、いっちばん嘘がバレやすい奴だと思うけど?」
「だからマジなんだって。もういいよ。百聞は一見に如かずって言うしね。……ん。この場合は百聞は一聞に如かず、か」
「どっちでもいいから、はよ」
わたしが急かすと、彼女は強く目を
「「えッ!」」
わたしとミツエは思わず声を上げほれ見たことか。嘘じゃないっしょ?
「ちょ、お前脳内でも声でかい」
「しゃーないじゃん。現実はともかくテレパシーは音量調整できないんだもん。まだ」
「まだって……えぇ……。ま、えぇっ」
「いやいいねぇその反応。昨日使えるようになったっぽくて、親に使ってから気づいたんだけどね。ひたすらママで練習しちゃったんだよね」
「結構気持ち悪いよコレ。ママさんに同情します」
「同じく」
わたしとミツエは右手を上げて、抗議の意を示した。
「は?使えるものは有効活用するのがエスディーチーズでしょ」
「ジーンズね。
訂正してあげた。
「ジーズね。
訂正された。
「
と。例の耳鳴りが襲ってきた。
「っ、ぁ」
「ん。どしたん?モモカッチ」
「いや。だいじょぶ。前言ってたひどい耳鳴り」
「まだ治んないの?でーじょぶ?病院いった?」
「いったよ行った。異常無しってさ」
「あらら。あたしもこのテレパシーってどうすりゃいいんだろうね。病院で診てもらった方がいいんかな」
「そのまま解剖とかされんじゃね」
「さらりと恐いこと言わないでよ、ミツエッチ」
「そのソーシャルディスタンスを怠ったエッチみたいに聴こえる呼び方をやめるまでウチもやめません。エスパーチビ」
「さんを付けろよでか乳野郎」
二人揃って、アオハル女子大学生にあるまじき
◇
ミツエは大学の講義が五時限目まであるということで、わたしとトキは先に帰ることにした。
わたし達の大学はとある大きな神社と密接に繋がっている為に、校門から校舎まで参道が伸びていて、玉砂利まで敷いてある。
神聖的、神秘的、といえば聞こえは悪く無いが、どうも堅苦しいイメージがあって苦手だ。
落ち葉一つ無い、丁寧に整えられた参道を、わたしとトキは並んで歩く。ふと訪れた三分四十二秒間の沈黙を破ったのは、トキの方だった。
「でもよかったあ」
橙色の空を見上げ、ぼんやりと呟くトキ。「なにが?」と、約四分間もの沈黙にそわそわとしていたわたしは、早押しクイズのように聞き返す。
「エスパーのこと。もっと引かれるかと思ってさ。ちょっと反省」
「なんで反省なんか。そりゃわたしも馬鹿馬鹿しいとは思ったけど、引きはしないよ」
「うん。なんやかんやあたしの側にいてくれるし、二人は優しいや」
わたしと───ミツエのことだ。
「なんか……。照れ臭いなぁ」
「えへへ。……。実はね、あたし高校の時、さ。友達いなかったんだよ」
突然の告白に、わたしは何を答えることも、聞き返すこともできなかった。
「ほら、あたし、結構はっちゃけ過ぎちゃうタイプでさ。高一の時に人間関係ミスっちゃって。そっからどうしようもなくなっちゃってね」
「…………」
「あ!でもミツエはずっと一緒にいてくれたよ。幼馴染みだったから……かは分かんないけど、あいつはいつもあたしのメンドー見てくれてたんだ」
「確かに……。ミツエ、割とあんたに過保護なとこあるよね」
「でしょ。ミツエに友達の作り方教えてもらったけど、結局全失敗でさ。大学でも同じ状況じゃ駄目だと思って、性格も抑えるようにしてたんだけど……エスパーなんて自慢しちゃうじゃん」
少々重い空気の中、拗ねた子供みたいな言い方をする彼女に、わたしは思わず笑いそうになってしまった。堪える。
「入学してからもう二週間。折角できた友達第一号を、危うく失うとこだったよ」
「ミツエは何号なの?」
「ぜろ」
ちょっと羨ましいくらいの即答だった。
「そっか。わたし、ちょっと勘違いしてたかも」
「なにを?」
「あんたも意外と可愛いとこあるんだなって」
「可愛いってなによ!あたしっ、イッツ ア マジメ!」
ツインテールを揺らす彼女を、「はいはい」と頭を撫でて
「はい」
ひょいと小指を差し出す。
「え?赤ちゃんごっこ?」
「あんたのソレはセンスなのか莫迦なのか分からなくなるね……」
「アイカツです」
「多分
「っ……ほんと?」
褒められることに慣れていないのか(というかあんまり褒めていないが)、彼女は頬を赤くして、小指を絡めた。
「ほ、ん、と。じゃ、わたしと一緒に友達つくろ?わたしだって友達作り自信無いもん。ミツエとの三人でなら、なんとかなるよ。三人寄ればもんじゃがどうとかってことわざあるでしょ。だから、それまではずっとぜったいに友達。あ。それまで、じゃだめか。それまでも、それからも、だね」
下手くそな笑顔は、彼女に見せるのは恥ずかしいので、空に預けた。
「…………。うん!」
ぎゅっと互いに小指の力を強くして、誓いを立てた。
「
ノイズがまた響いたが、わたしに気にする暇はなかった。これから始まる新生活に、そんな隙間は存在しないのだと、この時予感したのだ。
◇
結果というか、ネタバレというか。
あれから数日後。ノイズはきっぱりと聴こえなくなってしまった。
◇
わたし達の新生活に、ノイズなんてまったく聞こえない。夏休み目前の試験明け。わたしとトキとミツエの三人。加えて、
流石に友達百人のフレーズには程遠いが、この五人で共有する時間ほど楽しい時間は無いので、これで良かったのだと思う───と、ドラマチックな言葉を残しておく。
「じゃ、そろそろミツエと合流しよっか」
「うん!」
元気良く返事をして、ポニーテールを揺らすトキ。ツインテールから変えたのは、わたしの提案だった。やっぱり似合っていると思う。
「どう、楽しい?」
なんとなく、聞いてみる。トキはキョトンとして「なにが?」と聞き返すので、わたしは「今の生活」と笑って答えた。相変わらず笑顔は恥ずかしいが、彼女に遠慮はいらない。
「うーんとね」
「なんで悩むのさ」
「違うよ。これは口でもテレパシーでも表せないかな」
「ほほぅ」
トキは屈託の無い笑顔を返してきた。というか、返すもなにも最近はずっと笑っている。遠慮無しだ。とても自由だ。
「あ。美河と久乃木先行っちゃってる!いそご!」
言って、トキの方へ振り返り、手を差し出した。「うん!」と答えた彼女の顔は、笑顔からすぐに青ざめた表情に変わって、
「あ、ま───」
瞬間。
とっても大きなノイズが、耳に響いた。
◇
わからない。わからない。
犬みたいに喘いでいるようで、
ふわっと浮いた体は、衝撃の後は何処までも果てまでも飛んでいるようだった。
ぐるりと廻る世界。雷みたいな空気の音。ずっと響いている
さいごのさいご。
見慣れたポーズを取っている飛び出し坊やがちらりと見えて、わたしの視界は、スノーノイズに包まれた。
◆◆◆
もう何度呼び掛けたか分からない。
車に跳ねられた彼女から返事はない。それは当然のことだと、二文字で
「ごめんね、ごめんね」
もし、あの日誘わないでいれば。
もし、あの時手を引いていれば。
もし、あの時声をかけていれば。
あぁそうだ、声───声だ。結局、いっちばん大事な時に、あたしの能力はなにひとつ役に立たなかったんだ───。
「あ、あぁぁぁ、あ」
自分の無力さに吐き気がする。
せめて。声が届けば。せめて、せめてせめて。この声が届くなら。
「あたしと、友達なんかにならないで」
「あたしと、一緒に帰ったりしないで」
「あたしと、指切りなんてしないで」
目を瞑って、遠い彼方に叫んだ。
返事は、やっぱり返ってこなかった。
◇
凄まじい衝撃音の後、ビジートーンのみが虚しく響く。「あちゃー」と、愉しそうに笑って、少女は通話を切った。
「自殺志願者って、結構思い切り良いんだね。オトしといて得したよ」
少女は───堪えるのをやめて、声を上げて笑う。
「ほんと、ごめん。いや~ウチもやりすぎだとは思うけど、でも仕方の無いことでもあったんだよ。ほら、やられたらやり返す、百倍返しって言うでしょう」
「でもさぁ駄目だよぉ桃香。人のものは奪っちゃ駄目って、幼稚園よりも前に習うことでしょお?トキはウチのものなの。トキとの時間は全部ウチのものじゃないと駄目なんだよ。トキは友達もできないまま、ウチだけに
と。小女のスマホから、着信音が鳴り響いた。相手はトキだった。
「じゃ、ウチはトキのきゃわわな泣き顔を見に行かなきゃだから」
淡々と語った後、道端で見慣れたポーズを取っている飛び出し坊やを小突いて、彼女は横断歩道を渡り出す。歩道の丁度真ん中辺りで立ち止まり、青空を見上げる。雲一つ無い快晴だった。
「もう
鼻唄を唄いながら、
彼女は歩道を渡りきった。
/おし_まい
〖短編〗ラブラブ◆サイ:キッカー~^_:-@`.>2><$) YURitoIKA @Gekidanzyuuni
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