第4話

 昼休みは、それぞれ仲の良いグループで食事をしていた。

 私は一人だったので、中庭で昼食を取ることにした。

 木陰で食事をしていると、アルマがやって来た。

「スノー様、一人で昼食を召し上がっていたのですか?」


「ええ。別に、誰とも約束はしていませんし」

 私がアルマにそう言うと、アルマはニコリと笑って聞いてきた。

「隣に座ってもよろしいかしら?」

「……どうぞ」

 あんなことがあったのに、私の隣に座るアルマのことを不思議に思った。


「保健室にマーク王子がいらっしゃいましたね」

 アルマが私に言った。

「そうですわね」

 私は食事を食べ終わったので、パン屑を払い立ち上がろうとした。

「スノー様くらいですわ。マーク王子と対等に話せるのは」

「そうですか? 別にマーク王子は気になさらないと思いますけど」


 私の言葉を聞いて、アルマは呟くように言った。

「それはスノー様だから言えることですわ。私はマーク王子のことをお慕い申し上げているのですが……気持ちを伝えることが出来ません」

「だから、何です? 私に何か言いたいことでもありますの?」

 私はもじもじして、何かを口ごもっているアルマに冷たい視線を送った。


「あの、スノー様からマーク王子に私が……マーク王子と仲良くなりたがっていると伝えて頂けませんか? スノー様は、先ほどマーク王子と親しげにお話しされていらっしゃいましたし」

 アルマはくりくりとした大きな目で私の顔をのぞき込んだ。

「……お断り致します。自分の気持ちはご自身でお伝え下さいませ」

「…そうですか……わかりましたわ」


 アルマは立ち上がり、私にお辞儀をした。

「失礼致しました、スノー様」

「ごきげんよう、アルマ様」

 私はアルマが立ち去った後、好奇の目にさらされるだけの教室には戻りたくなかった。

 なので、学校の裏側を散歩することにした。


 裏庭では、アルマがマーク王子に告白していた。

 アルマの行動の早さに、私は感心した。

「あの、マーク王子。私、貴方のことが……好きです」

「それは光栄です。ですが、私はその気持ちに応えることは出来ません」

 私は木の影に隠れていたけれど服が枝にひっかかり、バキッと折れる音が静かな裏庭に響いた。


「スノー様!? いつからそこに!?」

「ええと……つい先ほどです……」

 私は通りがかっただけということを伝えたかったが、失敗したらしい。

 アルマは顔を恥ずかしさで真っ赤に染めると、森の方に走って逃げていった。

「アルマさん、森にはガーゴイルが居ます! 入ってはいけません!」


 マーク王子の制止を聞かずに、アルマは森の中に入っていった。

「私、アルマ様を連れ戻してきます!」

 私はアルマの後を追って森に入っていった。


 ***


 森の中は鬱蒼としていて、空気が冷えていた。

「アルマ様! どこですか!?」

「……きゃあ!」

 森の中程から、アルマの叫び声が聞こえた。

「アルマ様!?」

 私は声の方向に走っていった。


 アルマのもとに駆け寄ると、その先には一匹のガーゴイルが居た。

「アルマ様、私の後ろに隠れて下さい」

「スノー様!? ……分かりました」

 アルマがガーゴイルから逃げたのを確認すると、私は炎の魔法を唱えガーゴイルを攻撃した。

「ガアアッ!!!?」

 ガーゴイルは燃えさかり、地面に倒れた。

 焼け焦げていくガーゴイルに剣が振り下ろされた。

 

 剣を振るったのはマーク王子だった。

「スノーさん、アルマさん、無事ですか!?」

「マーク王子!!」

「森の中には、まだ他の魔物もいます。早く逃げましょう」

「はい!」


 私の後ろでアルマは座り込んでいた。

「……私、力が抜けて……立てません……」

「しかたないわね。私に掴まりなさい」

「え!? スノー様!?」

 私はアルマを抱きかかえると、そのまま森の外に向かって走り出した。

「スノーさん、代わりましょうか?」

「いいえ、大丈夫ですわ」


 アルマを抱きかかえたまま森を出ると、キース先生とユーク、ジュリアスが森の外で待っていた。

「またスノー様か!?」

「違います! アルマさんが森に入ったので、スノーさんが助けに行ったのです」

「マーク王子!? 森には魔物がいるので近づいてはいけないと申し上げたはずです」

 キース先生がそう言うと、マーク王子は言い返した。

「最初に森に入っていったのは、アルマさんです。」


 私も言葉を続けた。

「私たちはアルマさんを追いかけて、ガーゴイルから助けただけです」

 私はアルマを地面に下ろし、ため息をついた。

「ガーゴイル!? そんなに強い魔物がいたのですか? 怪我はないですか?」

 キース先生の声がうわずっている。

「はい、怪我はありません。スノーさんが魔物を魔法で倒し私が剣でとどめを刺しました」

 いつのまにか集まっていたクラスメートが、尊敬のまなざしをマーク王子と私に向けた。


「スノー様、マーク王子、ありがとうございました」

「君の軽率な行動で、皆が心配したんだ。反省したまえ」

「……はい」

 アルマはマーク王子の言葉を聞くと、うなだれて涙をこぼした。

「怪我もなかったし、そんなに強く言わなくても良いのでは無いですか? マーク王子」

 私はアルマの涙をハンカチで拭いて、彼女に微笑みかけた。

「アルマ様が無事で良かったですわ」


「ありがとうございます、スノー様」

 アルマはそう言いながらも、その顔に微笑みはなかった。

「スノー様がアルマ様を助けた!? 午前中は殺しかけたのに!?」

「ガーゴイルを倒した? どんだけ強いんだよ、スノー様とマーク王子!」

 クラスメートのざわめきに、私は毅然とした態度をとった。


「騒ぐのはお止め下さい。もう、授業の始まる時間ですわ」

 私の言葉を聞いたキース先生は、ハッとした表情を浮かべて皆に言った。

「皆、教室に戻りなさい」

「はい……」

 キース先生とアルマ、クラスメート達は教室に戻っていった。


「マーク王子、ありがとうございました」

「いや、危険な状況を察知して、魔物を倒してくれたことに感謝する」

 マーク王子はそう言うと私の手をとり、くちづけをした。

「スノーさん、これからもよろしくお願いする」

「は!?」

 意味が分からなくて私はマーク王子を見つめた。


「スノーさんは少し、様子が変わったようですね」

 マーク王子に転生のことがバレたのかと思って、私は冷や汗をかいた。

「今のスノーさんは魅力的です」

 マーク王子が優しく微笑む。

 私がマーク王子の目を見つめていると、その顔はみるみる紅潮していった。


「これから、お互いのことをもっとよく知り合いたいとは思いませんか?」

「……ええ、喜んで」

 私は紙一重のところで、悪役令嬢のフラグをおることに成功したようだ。

「それではクラスにもどりましょう」

「はい!」


 マーク王子は私に手を差し伸べた。

 私はその手をとり、教室へと歩みをすすめた。

 私の『麗しのローズ』の世界は、すこしだけ風向きが変わって来たような気がする。

 

 

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悪役令嬢スノーは王子から愛されるハッピーエンドを手に入れたい 茜カナコ @akanekanako

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