脚
荒廃
脚
女性の脚に性的な魅力を感じる。とても強く惹きつけられる。最初は―そう。思春期の頃は、おそらく多くの少年がそうであるように、女の子の胸の方に興味があった。その頃は、脚にはほとんど何の興味もなかったような気がする。
それが、気が付くといつしか脚に惹かれてしまうようになっていた。もちろん、女の子の胸は今だって大好きだ。その膨らみも、感触も。
ご存じの方も多いと思うが、実際のところ女の子の脚に強く惹きつけられる男性と言うのは一定数存在する。よって、何人かの男性は少なからず僕の気持ちを理解してくれるはずだ。何なら、幾分かの共感だってしてもらえるかもしれない。
と、そこまで一気に話し終えると、向かいの席で、それまで口を挟まずじっと僕の話を聞いていた梢がため息をついた。
「気持ちは分からなくもないけど、それって、女の子にする話じゃないよ」
「そうかな?」
「当たり前でしょ。君さ、神経ないって言われた事あるでしょ?」
「梢には言われたことがある」
騒がしい居酒屋の店内。4人掛けのテーブル席で、僕は恋人の梢と二人で酒を飲んでいた。梢とは付き合ってもう3年近くになろうとしている。僕が27歳で、彼女は28歳だ。結婚がどうしたって視野に入る、微妙な年頃だった。別れるなら早い方がいいし、そうでなければ結婚するべきかもしれないと思う。
「次何飲む?」確か4杯目のハイボールを飲み干した梢が言う。
「ジンソーダで」
「じゃ、私もそれで」と言った梢はもうあまり呂律が回っていない。きっと飲みすぎたんだろう。
同棲している家にたどり着いた時にはもう深夜1時を回っていた。とはいえ、翌日は二人ともオフだったから、お互いに気持ちの余裕があったことも確かだ。
僕らは帰り着くなりベッドに倒れこむ。このまま眠ってしまいたい気もしたが、一息ついた後で、僕は梢に抱きつく。キスをして、服を脱がす。梢は抵抗をしない。ただ眼を閉じて、酔いのせいか、いつもよりも幾分荒い呼吸で、されるがままになっている。
ところで僕は他人のセックス事情にあまり詳しくないので、もしかしたら間違っているかもしれないけれど、長く付き合うとセックスもパターン化すると思う。
例えば愛撫する順番とか、その長さとか。舐める場所とか、触る場所とか。僕は梢の中に入った後でもまだそんな事を考えていた。ゆっくりと腰を動かしながら、もっとレパートリーを増やした方がいいかもしれない、と僕は真面目に考え始めた。酔った時の悪い癖だが、一度何かを考えだすと、もうそのことしか考えられなくなる。
長く付き合えば付き合うほど、マンネリ化するのは止む無しとして、それに抗わないのはいかがなものだろうか?
そうして思考しているうち、とある答えが突然、僕の中に降りてきた。そのアイデアについて僕はしばし考え巡らせたが、素晴らしいアイデアのように思えた。それはまさに、青天の霹靂だった。
酔いも手伝ってか、決定してからの僕の行動は早かった。正常位のポジションからやや状態を逸らし、そして梢の脚を掴んだ。そしてそのまま僕は梢の足の親指を口で咥えこんだ。そして優しく舌を這わせた。饐えた汗の匂いが僅かに鼻に付いた。
瞬間、それまで目を閉じて快感と睡魔の間をゆらゆらと漂っていた梢の様子が一変した。一気に酔いが醒めたように見える。彼女はとても困惑しているようだった。少し間があって、「…なにやってるの?」と梢はものすごく低い声で言った。
梢の足を舐めたのはそれが初めてだった。恐らく、そんな欲求が僕の中にずっとあったのだろう。普段自分では気づかない、身体のどこか深いところに。
女性の足を心行くまで舐め回したいという性的欲求を、おそらく僕は抱えていたのだ。でも僕はその気持ちに知らず知らずのうちに蓋をしていた。それはおそらく、僕の道徳観念に反しているように思える行為だったからだ。
だが、実際問題として一度彼女の足を舐めてしまうと、もう止めることが出来なかった。彼女の脚を舐め回しながら、僕は激しく勃起していた。
そんな僕を、梢は困惑したまま見つめていた。今にも泣きだしそうにも見えた。「ねえ、そんなとこ駄目だよ…。お願いだから、やめて…」と彼女は呟く。でも、僕はやめなかった。
一日中仕事をし、居酒屋へ行ってたらふく酒を飲み、シャワーを浴びていない恋人の足をべろべろと舐めた。饐えた匂いにも興奮した。僕は梢の中に入ったまま、彼女の足の裏を舐め、指の間を舐め尽くし、親指から順に、人差し指、中指、薬指、小指、と梢の足の指をしゃぶった。
やがて梢は目を閉じた。そして、両手で顔を覆った。もう好きにしなさいと言われた気がした。僕の勘違いでなければ、足の愛撫に感じているようにも見えた。そして僕は一心不乱に、腰を振ったまま梢の足の指をしゃぶり続けた。
朝が来て最初に気づいたのはひどい頭痛だ。でも、昨夜の事ははっきりと覚えていた。僕はある種の達成感すら感じていた。
目を開いて、次に感じたのは違和感だった。隣に眠っているはずの梢の姿がなかった。彼女は朝に弱い。よって、仕事でもなければ僕より早く起きる事なんてほぼないのだ。
時計はまだ8時過ぎだった。いつもなら確実に梢は寝ている時間だ。嫌な予感がして、枕元のスマートフォンを手に取って開くと、梢からのLINEが届いていた。それなりに長い文章だったが、要約すると「もう別れよう」という内容だった。
やがて達成感と喪失感がごちゃ混ぜになって襲ってきて、まだ頭痛の冷めやらぬ中、僕はベッドの中で嘔吐した。
そうして、僕は梢と別れた。
今でもあの夜の事を思い返すと、身体が熱く興奮してしまうのを感じる。あの夜の梢の表情も、彼女の足の舌触りも、饐えた足の匂いも、何もかもを、僕は今でもはっきりと鮮明に思い出すことが出来る。
でもきっと、あれは間違いで、もしもあの夜にもう一度戻ることが出来たなら、僕は彼女の足を舐めるべきではないのだろう。あの日僕はきっと、取り返しのつかない過ちを犯したのだ。
脚 荒廃 @Devastation
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