第38話


 ピピピピ‥‥ピピピピ‥‥。


 あと一年‥‥あと一年で。


「りょうやー、早く降りてきなさい。遅れるわよー」


 階段の下から母が叫んだ。


 遅れるって今日何があるんだ?今日が何月何日かもまだ確認していない。とりあえずリビングに降りてみるか。


 ドタドタと足音を立てて階段を降りるとリビングは蒸し暑かった。


「あっつ〜」


「あんた今日友達と海行くんでしょ?そんなゆっくりしてていいの?」


 海?そうか、いつかの夏休みにゆうやと予定を立てて海行ったっけ‥‥。


「あぁ、すぐ用意する」


 俺はまた二階に上がり自分の部屋に戻ると既に荷物があった。恐らく前日の夜から用意していたのだろう。


 荷物を持っており身支度を済ませるとすぐに家を出た。


「おい、おっせーぞ」


 ゆうやが家の前で待ちくたびれていた。


「わりー寝坊した」


「とにかく行こうぜ」


「おう」


 俺とゆうやは最寄りの駅まで歩いて向かい、電車に揺られて海までやってきた。


「そういえばミキは?」


「ミキは来れないって言ってたじゃんかよ」


「そ、そうだったな。でもなんで来れないんだっけ?」


「お前、ボケた?」


「違うけど忘れたの」


「なんかあいつ最近おかしいじゃん?」


「おかしい?」


「付き合いわりーし、この前のカラオケだって断られたし、ゲーセンにも来なかったじゃん」


「そうだな」


「家が母親だけで大変なのは分かるけどさ、ちょっとぐらい遊べないものかねー」


「うん‥‥」


 そうだった。ミキはこの頃から俺たちとあまり遊ばなくなった。学校はいつも通り来るし部活も一緒に頑張ってるんだけどプライベートでは何をやっているのか全然分からない。


「まっ、そんなやつほっといて俺たちは楽しもうぜ〜!」


「お、おう」


 ゆうやはミキの事が気にならないのか。


 そんな事を話していても遊び始めてしまえばミキの事などすっかり忘れて楽しんでいた俺たちは気が付くと夕方になっていた。


「そろそろ帰るかー」


「そうだな」


 帰りの電車では二人して爆睡したし、帰って風呂入る時に体を見てあまりの日焼けに驚いたり、この時の俺は青春してるって感じがして心底楽しかった。


 夏休みの間部活はあったが、ミキは当たり前のように来て一緒に練習はした。


「ミキ」


「ん?」


 俺はある日の部活終わりにミキに話かけた。


「ちょっといい?」


「何?」


「ミキさ、たまには俺らと遊びに行こうぜ?」


「ごめん、用事があって‥‥」


「その‥‥用事ってどんな?」


「‥‥詳しくは言えないけど忙しいんだよね。本当ごめん」


「いや、謝らなくてもいいんだけどさ。もしなんか悩みとかあったら俺聞くよ?」


「悩みなんてあるわけないじゃん!何言ってんの?」


 ミキはそう言いながら笑った。しかし、俺は一年後ミキに起こる事を知っている為その笑顔さえも見るのが辛くなっていた。


「いや、マジで‥‥ミキ俺に何か言えない事とかあるんじゃないの?」


「だからないってー」


 相変わらず笑顔のミキ。


「うん。じゃあさ、普通に俺んちに遊びこいよ!それならいいだろ?」


「それならってどうゆう事?」


 やばい、俺はうっかり金がかかるから遊べないって思ってる風ない言い方をミキにしてしまった。


「いや‥‥家に来るくらいなら時間作れるかなって思って」


「りょうやってさぁ、悩みとかないでしょ?」


「俺?まぁ、今のところは」


「いいよなー。俺も普通にみんなと遊びてーよ」


「じゃあ尚更」


「だから忙しいって言ってるじゃん」


 もうミキは笑っていなかった。


 変な空気が俺とミキの間に流れたその時。


「わっりー待った?」


 ゆうやが体育館から遅れて出てきた。


「じゃあお疲れー」


 ゆうやが来るや否やミキは帰って行ってしまった。


「あれ?なんかあいつ怒ってる?」


「ううん、怒ってない」


 俺はミキとの仲が悪くなってしまったらどうしようと、余計な事を言うんじゃなかったと後悔した。


「ふーん、じゃあ帰ろうぜ」


「おぅ」


 小さく返事をするとゆうやと二人で夕日が沈む中帰った。


「あっ、やべ!俺着替え忘れた!」


 突然ゆうやが思い出したように言った。


「マジ?最悪じゃん」


「絶対持って帰らないと臭くなって怒られる!わりー!先帰ってて!取りに戻ってくる」


「うん、気を付けろよ!」


 ゆうやは学校に着替えを取りに戻ってしまった。


 はぁー。俺はため息をつきながらとぼとぼ歩いていたその時だった。あまりに真剣に考え事をし過ぎていたのか無意識に左右を確認せず道路を横切ろうとしてしまったのだ。


 車のクラクションで気付き、驚いて尻もちをつきそうになった。しかし、実際に尻もちをつく事はなかった。


 何故ならその瞬間体が震えたからだ。

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