第18話
う〜ん、まだ寝ていたい。そう思うほど心地よかった。
カーテンの隙間から暖かい日が差し込んでいる。
一応確認する。今度は春か‥‥。
俺は眠たい目を擦りながら布団を出て階段をのそのそと下りるとほのかに甘い香りがした。
「あら今日はやけにゆっくりじゃない、朝練ないの?」
母が俺の好きなフレンチトーストを焼きながら振り向いた。
「あるかもだけど今日はいいや」
「よくないでしょう、ゆうやくんも今大変なんだし」
「ゆうやが何?」
「ゆうやくん今怪我してるって言ってたじゃない」
そうか。確かにゆうやは高二になったばかりの時、靭帯損傷の怪我をしたんだった。
「まぁ、すぐよくなるし大丈夫だよ」
「冷たい言い方ね、ゆうやくんには優しくするのよ」
「分かってるよ」
靭帯損傷って言っても、インハイには出れたわけだしそんな心配する事ないだろう、そう思っていた。
ゆうやも怪我してるんじゃ、やる気出ないし今日はやっぱり朝練サボろうかな‥‥と、出来上がったフレンチトーストを食べながら考えていた。
「早く用意して練習行きなさいよー」
母が脱衣所で化粧をしながら鏡越しに言ってきた。
「わかったよ‥‥」
俺は仕方なくいつもの時間通りに家を出た。
いい天気だ。
学校まで道のりでゆうやには会わなかった。学校に着き部室に向かうとゆうやの姿はそこにあった。
「おー、やっときたー」
ゆうやがベンチに座っていて、その横には松葉杖が置いてある。
「お前来てたんだ」
「来るに決まってんじゃん、今日は送ってもらったけどな」
「そうなんだ、あんま無理すんなよ」
「無理なんかしてねーよ」
「まぁ、どうせすぐよくなるしな!」
「どうせって‥‥」
俺はゆうやがボソッと呟いた事に気付きながらも知らんふりをした。
朝練が終わってゆうやと一緒に教室に戻る。
ゆうやは松葉杖を両脇に抱えながら難しそうに歩いていた。
階段に差し掛かった時俺に松葉杖を渡してきた。
「わりぃ、持っててくんね?」
「おぅ」
ゆうやから松葉杖を渡された俺は、それを持ったままゆうやを置いて先々階段を上った。
やっとの思いでゆうやも上ってくると、心なしか不満そうに俺から松葉杖を取った。
そして、何も言わずに教室に歩いて行った。
昼ごはんもその後の授業も何事もなく終わり、夕方からは部活だ。
「部活はどうすんの?」
俺は帰る用意をしているゆうやに聞いた。
「今日は迎え来るからもう帰るわぁ」
やっぱり怪我した事気にしてるんだ、俺はそう思った。どちらかと言うとゆうやは普段からふざけてはいるが何事にも一生懸命だった。夏にはインハイも控えてるし、それには出られるはずだから俺が少しでも気を紛らわせてやるか。
「明日の朝練は来んの?」
「そのつもりだけど」
「今は家でゆっくりして怪我を治すことに専念した方がいいと思うけど?」
「それって来るなって事?」
「そうじゃねぇよ、少しでも早く治った方がお前にとってもいいと思って」
「だからって家にいても落ち着かねんだよ」
「漫画でも貸してやろうか?スラムダンクとか見るだろ?」
「こんな時にスラムダンクなんか見たら余計にやりたくなるだけだし」
「じゃあ面白い動画教えてやるからさ、それでも‥‥‥」
「あのさぁ!」
いきなり大きい声でゆうやが俺の話を遮った。
「ん?」
「お前って本当無神経だよな」
「は?なんだよ」
「俺がしたいようにするから放っておいてくれ」
そう言うとゆうやは教室のドアを強く閉めて出て行った。
なんだよあいつ。俺は苛ついていた。
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