第16話


 ピピピピ‥‥‥ピピピピ‥‥‥。


 気分の悪いまま目が覚めた俺は一応確認した。季節は冬、今は高三か。て事は大学受験真っ只中。なんでよりにもよって今なんだよ。


 今勉強する気力など到底あるわけもなく更に気が重くなった。とりあえず下に降りよう‥‥そう思い身震いしながら階段を降りる。


「おはよう、昨日も遅くまで勉強してたみたいだけど無理しないようにね」


「わかってるよ」


「ほら、今日はあんたの好きなラーメン作ったから冷めないうちに食べなさい」


 そう言って母が作ってくれたのは俺の好きなインスタントラーメンだ。普段は栄養バランスを考えて、あまり作ってはくれないが俺の気を察してくれているのだろう。


 それだけ受験生というのはピリピリしているのだ。


 お陰で食べ終わる頃には頭もスッキリして、活動意欲も少しは湧いた。


「ごちそうさま」


「今日は朝練ないんでしょ」


「うん、でも自主練があるし」


「本当、こんな時でも練習があるなんて勉強に専念出来ないじゃないのよね」


「仕方ないよ、俺たちはもう卒業だけど一年と二年は次に向けてやらなきゃいけないから」


「そうね」


 母との会話もそこそこに俺は準備をして家を出た。


 外に出ると息が白く、マフラーに水滴が溜まるほどだ。


「おっはよー」


 俺が背中を丸めながら歩いているとゆうやが後ろから走ってきた。


「おう」


「バスケ部がそんなブルブル震えてたら情けねぇぞ」


「バスケ部は関係ないだろ」


「走るぞ!」


「は?もういいって」


「今日はどうしたんだよ?昨日までとノリが違うぞ?」


「疲れてんだよ」


「あぁ、受験勉強な。俺も苦戦してんだよ」


「ふーん」


「ふーん、ってなんだよ?どうせ俺が落ちるとでも思ってんだろ?」


「思ってねーよ」


 結果を知っている俺はつくづくこの能天気なやつが受かって俺が落ちた現実に納得がいかなかった。


 ため息をつく度に俺の存在意義や、やり直す事に疑問さえ感じ始めていた。


「おーい、りょうや?聞いてんの?」


「ん?」


「やっぱお前おかしいわ、早く学校行って西野さんに優しくしてもらえ?」


「なんだよそれ」


 俺はゆうやがスタスタと歩く後ろを気力なく着いて行く。


 学校に着くと早速自主練を始めた。


 体も温まり、汗で体が冷えないように素早く着替え、俺とゆうやは教室に向かった。


「おはよ」


 そう言いながら愛は机に座ってスマホを弄っていた。


「おはよ」


「愛の無い挨拶だなー、お前ら本当に付き合ってんのか?」


 ゆうやがからかうようにニヤニヤしながら言った。


「愛あるし、なぁ?」


 俺がそう言いながら愛の方を見ると、愛はスマホを弄ったまま俺の事を無視した。


「西野さんはそう思ってないってよ」


 もしかして前日に喧嘩でもしたか?そうだとしても今の俺には分からない。喧嘩した記憶なんてないしいちいち覚えていない。


「まぁいいや‥‥」


 俺には考える事が山ほどあるしこんな事気にしていてはキリがない、そう思ったのだ。


 しかし、結局その日愛が俺と話す事はなく、下校時もそそくさと一人で帰って行った。


「今日午後練なくて早く帰れるのに西野さん行っちゃったぞ?」


「ほんとだな」


「昨日喧嘩でもした?」


「してないと思うけど」


「それかお前が怒らせる事したんじゃねぇの?」


「してないと思う‥‥」


「思う思うって自分の事だろ?」


「だって分からねんだよ!」


「そんな怒鳴らなくても」


「わりぃ、先帰るわ」


 ゆうやに八つ当たりしても意味ないのに、何故か俺は焦っていた。早くあの森に帰って、中三の時に戻って‥‥。


 でもあの森に行くタイミングが分からない。何かきっかけがあるのだろうか。最初は家の近所で突然だったし‥‥。てかそう言えば俺あの時バイトしようと思って言われた場所まで行ったんだった。


 て事はあの電話の人が何か知ってるかもしれない。そう思った俺だったが、今は連絡する術もない。森に戻ったとして、問題に正解して、元の時代に帰れたとしたら何か分かるかもしれない。


 しかし、そのせいでもう二度と森へ行けなくなってしまったら?それはそれで元通りになっていいのかもしれない。


 でもせっかくなら‥‥やれる事をやってみたい。俺の心の片隅にあるモヤモヤした物をどうにか出来るのなら。こうなったのには何か訳があるに違いないから。


 ゆうやを置いて先に学校を出た俺は愛を追いかけてみたが、すでに姿は見当たらず。


 気にはしないようにと思っていたが、一応付き合ってるんだし喧嘩中なら仲直りぐらいしておこうと、少し下心も見え隠れしながら愛を探した。


 学校から愛の家に向かう道中に河川敷があるのだが、そこで少年たちがサッカーをしている。


 寒いのに元気だなあと何気なく眺めていると、一人の少年がこちらをずっと見ている。


 そして、俺の方に歩いてきたと思ったら、俺の顔をじーっと見ながら一言。


「お兄ちゃん-------」


 その瞬間全身に鳥肌が立った。

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