第11話
「夏休みの宿題……手伝ってほしい」
「え?」
「一人じゃできないし、ななしぃ手伝ってくれるよね!?」
七月を少し過ぎた頃。
朝、俺が起きて服を着ていると突然俺に向かってそんな声が聞こえてきた。
だから俺は宮崎で買ったシャツに袖を通しながら聞く。
「どうした急に。学校へ行く気になったのか?」
すると、日向は言った。
「ちっ違うよ、しゅ、宿題をやりたくなっただけだから」
「ほう……」
この前俺が話したことで、相当変化があったらしい。夏美さんとのデートした日だって日向は朝何かに取り組んでいたし。
学校には東京に住む両親がプリントを取りに行ってくれたらしく、東京からここまで宿題を郵送で送って貰ったようだ。
「で、何を手伝ってほしいんだ?」
俺が気になって宿題の内容を聞くと日向は必死に答える。相当なんとかしたいらしい。
「工作!とりあえず工作!……と毎日書く日記と作文……!」
「ふっ自分ではできないだと?」
俺がそう生意気に言うと、日向は怒って俺を叩く。
「うっうるさい違うって!ちょっと手伝ってっていってんの!もおおおお」
「嘘だよ。嘘だって!!叩くな!!宿題の何がわからないんだよ」
あまりに俺の言い方が悔しかったらしい、めちゃくちゃ俺の腹めがけてぽかぽかと叩いてきやがった。
「ななしぃいつからそんな意地悪になったの……全部わからないから困ってんのに……」
すると、俺を叩き終えた日向が何故か絶望的な顔で睨んでくるので、急いで俺は褒めてやった。
「ごめんごめん。偉いじゃん。宿題やろうと思えたなんて」
「こ、子供の夏休みは、宿題くらい、あ、当たり前だし」
日向はふんっと少々いじけてはいるが大丈夫そうだ。
「そうか。そりゃいいことだ。で、全部わからないとは?」
「何作ればいいのかわからない、何に書けばいいのか……わからない!!」
「根本的に詰んでいるってわけか……」
小学生あるあるなのか日向あるあるなのかわからないがまず、どう手を付けたらいいかわからないらしい。
すると、日向は工作を作れない悩みの種を俺に言うではないか。
「日向みんなみたいにすごいの出来ないし……」
「みんなって?学校のか?」
「うん」
どうやら周りと比べてしまっているらしい。去年やその前はどうだったのか知らないが、通っていた頃に自分の作った作品が周りよりも劣っていると感じ怖くなってしまったのかもしれない。
なんとなく状況を察した俺は言ってやった。
「なんでみんなと競おうとするんだ。自分の好きな物を作ればいいだろ」
すると、落ち込む顔で日向は答える。
「だってかっこ悪いじゃん……」
日向はどうも周りが大事らしい。ムカついた俺は「ふーーん」と呟いてから言った。
「一生懸命作った作品はかっこわるいのかぁ……」
「え?」
そして、例えを使ってさっき日向の言った言葉の意味をわからせてやろうとわざとらしく言葉を投げた。
「日向のばあちゃんや夏美さんが一生懸命作った料理も、周りよりもすごくなかったらかっこ悪いってことになるな」
すると、日向は怒りながら即答するではないか。
「違う!ならない!なんでもばあちゃんのはすごいよ!」
「じゃ、日向の作品もかっこ悪いことはないだろ?好きなもん作れよ」
「す、好きな物?」
「ああ、誰よりすごいとか周りと比べたら終わりだ。自信を持って自分の好きを作れ」
やっとわかってくれたようだ。日向の目はさっきよりも真剣さがこの一瞬でアップしてくれた。でも、何を作るかはまだ悩んでいるらしい。
「好きな物って……」
腕を組みながら頭を傾けて、俺の前で難しい顔に変化している。
しょうがないので、俺は助言してやった。
「うーーんそうだな。日向が俺と会った初日に乗ってたやつとか」
「え、初日?」
「俺の腹に嘘泣きして落ちてきた時の」
「ええ?もしかして、モアイ?別に好きじゃ……」
「おい、どうした?」
すると、日向は何かを思いついたように目を見開いて、俺に向かって勢いよく叫んだ。
「いいかも!!ねえ、粘土持ってない!?粘土!!」
だから、俺はまだ日向が書けていない夏休みの日記を書くことを条件に、頼まれたものを仕方なく買いに行くことになってしまった。
粘土を買いに近くの小さなホームセンターへと俺はやってきた。ホームセンターと呼べるほど大きくはないが、まあ、工具とかは揃っているみたいだし探せば色んな種類の粘土もあるだろう。
絵具とかは日向が遊ぶ為に家に置いてあるようだし、俺はここで粘土を買ったらすぐに帰るつもりでいた。しかし。
「…………ってなんか気配を感じる」
店内で粘土を探し出して手に取っていると、何故か俺は後ろに気配を感じて振り向いてもいいのか迷い始める。
誰だろう、めっちゃ背後に視線を感じるんだが。それがとてつもなく嫌な感じしかしない。
とりあえず、はやくレジにこの粘土を持っていくしかない。すごく気持ち悪いこの状況からできるだけ早く脱したかった。
しかし、急いで俺がレジ方向に向かい始めると、急にめちゃくちゃ叫ばれて俺は恐怖と共に振り返ることとなってしまった。
「なななな、夏美ちゃんを取りやがってええええええ!!」
「はい!?ってええええ!?さっきから何!!お前誰!?」
驚いて振り向いた先には、身長が小さめのムキムキな男が立っていた。多分俺よりは若い。
「うるせえ!なんか七星に男がいると聞けば、夏美ちゃんとデートしやがったなこの野郎!俺は一日見てたんだぞ、きゃっきゃうふふしやがって……絶対ゆるさああああああなああああ」
そして、ものすごい勢いで俺に近づきながら訴えてくる。男は叫びすぎて口からは唾がめちゃくちゃ飛んでるし、俺の耳は塞いでいても崩壊しそうだ。よくわからない勘違いを男は叫んで俺を困らせてくるし。そのせいで俺も大きな声で思い切り言い返してしまった。
「おいおいおいおい、ちょっと待て落ち着け。キャッキャウフフとはなんだ!!なんのことだ。夏美さんとデートは確かにしたが……俺はそんなつもりはない、まず誘ってきたの夏美さんだしってお前あの日一日つけてたんじゃないだろうな!?怖いぞストーカー!!しかも、なんだいきなり!!」
状況がまだわからないがあまりの異常者ぶりに怒りをぶつけていると、この男はまだ何か言いたいようなので落ち着かせるために勘違いは勘違いだと言い続けた。
周りの人はみんなこっちを見ちゃいけない目で見ている。
「うるせえ!落ち着けるかこの野郎!!」
「いや、俺まず夏美さんと何も無いし」
「ほんとか……」
「ああほんとだ」
「ほんとだな?」
「お前の勘違いだ」
「そうか!」
男が言っていることの意味が分からないが、変な勘違いなんだとわからせると、急に静かになって大真面目に俺に言った。
「俺は中村(なかむら)悠(ゆう)太郎(たろう)。俺と夏美の恋の応援よろしく。悠太郎と呼んでくれていいぞ」
「あーーえっと。俺は七紙剛志……よ、よろしく」
だから、そのまま俺も何故か勢いに押されて自己紹介をしてしまう。
「んでもなんで剛志が七星に」
そして、勝手に友にされたらしい。俺の名前を何も言ってないのに呼んでくることにおかしな感情を持ちながらめんどうくさいからそのままちゃんと答えた。
「日向の世話係を頼まれて」
「ほう、あの悪ガキか……なるほど」
「知ってんのか?」
どうやら、七星とは繋がりがあるらしい。夏美さんに恋?をしているのと関係あるのかはしらないが、一応聞いた。すると、悠太郎からは八割夏美さんのことしか考えていない返事しか返ってこなかった。
「いや、俺は七星にタダで泊まれるって聞いて悪ガキに旅館まで連れて来られたんだけど……なんとそこで出会ってしまったんだ。運命の夏美に。急いでこっちに住むために東京の仕事を辞めて、職探しを始めたらこっちのホームセンターで働けることになったから今こうして夏美さんの為にここを拠点に行動中だ!大好きだ夏美、待ってろ愛しているぞ」
もう、悠太郎の顔は夏美さん以外に何もない顔になっていた。
「ってお前店員かよ!!店員のくせに俺のこと襲おうとしやがって」
「大丈夫だ。夏美さんと何もないと分かった今、剛志に何もすることはない。安心しろ」
「そういうことじゃないんだが……」
「まあ、剛志にはここ以外でもまた出会うことになるだろう。その時は俺の応援を頼むぞ」
「はあ……」
俺はホームセンターで意味の分からないやつと友達?になってから、レジまで案内され日向に頼まれた粘土を買った。購入後、外に出て車に乗るだけなのに何故か悠太郎はホームセンターの入り口まで俺を丁寧に見送り、ホテルマン接客のお辞儀をされて別れた。
日向のいる部屋へ帰ってからは、俺が外に出ている間日向の書いた日記について「一応チェックするから、見せなって」と頼んだのだが日向は「恥ずかしいから見られたくない!」の一点張りで仕方なく無理やり取った。
すると、一週間くらいためていた日記は嘘だらけで、一ミリも書けていないことに俺は怒る。
「日向は東京で今塾に通っているのか?おお?野球チームで大会に出ただと??これはどういうことだ?」
すると日向は言った。
「じゃ、じゃ他に!何を書けばいいの!!」
「はあ?」
「みんな頑張ってることしか書いてないし、みんなすごいことしかないのに何書けば日向は大丈夫になるの!!」
「おいおい……」
困ったことに相当周りとのコンプレックスを感じているらしい。
しかし、嘘を書くことは許されない。例え周りと違うことが辛くても。
だから俺は少しきつめに言ってやった。
「あのな、嘘書いたら後々辛くなるのは自分なんだぞ?わかってるのか?」
「でも……」
「それにこれは誰でも嘘ってわかる」
「そ、そんな!!」
やはり小学生脳のようだ。この嘘日記で押し通せると思ったらしい。こんな嘘まるわかりな文章で誰が信じてくれると思っているのか俺には疑問だ。
俺は今にも泣きそうな日向に向かってちゃんと言ってやった。
「なあ、日向は嘘を書かなくても十分すごいぞ」
「え?」
「だから、十分すごいんだって。自分でわかってないだけで。この宮崎で過ごした自分の冒険を……モアイの下にいる俺に落ちたところから書いてみろ」
「そ、それが、すごいの?」
「ああ。俺は凄いと思う」
「どうして?」
「誰にもできない事だから。まあ、悪い意味でも良い意味でも……でもそれって誇れることでもあるだろ?日向にしか書けない宮崎での伝説を書いてみろよ」
「で、伝説!!」
「そうだ、この日記は日向の伝説を記録する冒険の書だ!!」
すると、日向は目をキラキラさせてさっきとは違う世界が目の中に広がっていた。やっと自分の書くべきことが分かったようだ。
その後、俺はもう用済みになったらしい。日向は「もう自分で出来る!」とか言って俺をいきなり部屋から強引に出しやがった。よかったのかどうなのかよくわからんが、まあ、ひとりで宿題をやろうという意思は、俺が持っている蓋をしてしまった意思よりもずっと強く見えて羨ましくも感じた。
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