第10話
とある日、俺は一日自由を頂き部屋でくつろいでいた。日向は珍しく勉強をするとか言い出して、自分の部屋に籠っているらしい。俺のこの前の言葉の影響なのか良く分からないが、何かのスイッチが入ったようだ。「勉強教えようか?」と聞いてあげたというのに、「とりあえず一人で頑張ってみるから邪魔しないで」と急に消えてしまった。
生意気な日向がいないのはいないで寂しいが。まあいい。
俺の言葉でもし何かしようと勇気が出たのならそれは素敵なことだ。
振り回されすぎて俺は疲れていたし、今日は寝かせて貰おう。
……と…………思っていた時だった。
「あの!覚えているんでショウか?タイショウ☆」
突然現れたのは夏美さんだった。しかも、いつもの旅館の従業員の浴衣の姿ではなく、何故か綺麗なワンピースの姿で俺の部屋に急に上がり込んできた。
「えっと、急にどうしたんですか!?覚えている?ってなんだ?」
俺が良く分からないぞと頭を捻らせていると、ムスぅっと怒って夏美さんは言う。
「最悪ですね……デートするって約束したじゃないですか!!」
「あ、あ!!か、完全に忘れてた……」
「サイテイデーース。はい、今から行くんで来てくださいね。ほら、HAYAKU☆」
はあ、俺はまたしばらく休めないようだ。
俺は急いで着替え夏美さんに引っ張られて、この部屋から出ることになってしまった。
そうだった……なんかこの前デートするとかなんとか、そんな約束をしたな!?
そして、夏美さんは俺を外に連れ出すと、既に駐車場から旅館の目の前に車を出して止めていたようで、夏美カーの助手席へと強制的に案内する。
「えーーと、夏美さん……その急すぎでは……あの、何処へ行くんでしょうか?」
急に助手席に乗せられて不安になった俺は夏美さんに問いかけるが、変なラップを返されてから扉を閉められてしまった。
「私が運転するので、文句は無し!洋ナシ!要は無し?いえ、これからデートと言う用事あり!!」
――――バタンっ
「はあ……」
そして、ふたりで乗り込んだ後は、夏美さんの運転でどこかへ向かっていた。
めちゃくちゃ荒い夏美さんのやばい運転で。
「めっちゃ運転荒くないっすか?てか、この前乗って思ったんですけれど、この車の中にあるじゃらじゃらは何なんですか?」
俺は、乗り物酔いはしない方なので問題は無いが、弱い人は数秒でアウトだろう。めちゃくちゃな運転を夏美さんはしやがる。
そして昔、ガラケーというものがあった時代に、携帯のストラップとしてじゃらじゃらとキーホルダーを付けた人がいたのを覚えている人にはわかるだろうか?ふさふさしたしっぽのような猫じゃらしのようなデカブツがわかるだろうか?それが、車の天井からたくさん吊るされている。
もちろん、ちゃんと運転する為の視界は良好だが。
邪魔ではある。
「荒くない・悪くない☆可愛いでしょう?夏美カー!ねえ?可愛いでショウ☆?」
「か、可愛いですね……」
そう言われ、邪魔ですなんて言ったら殺されそうだったので俺は言うのを辞めた。
そして、この運転は別に交通違反ではないが、隣に乗っていてちょっと怖い。頼むからカーブではもう少し減速してくれ。
いや、ちょっとじゃないやっぱりかなり怖えって。
でも、そんなことを言ったらめんどくさくなりそうなわけで、俺は隣で普通に装いながら夏美運転に付き合うことにした。
そして、一時間以上の道のりを走った後、とある場所に到着する。
「着きました!焼酎を製造している工場です☆!」
「はあ……やっと着いた……って焼酎!?っておお!すげえでけえ!!」
そこは、かなり広い敷地に焼酎を製造する大きな工場がある場所だった。
夏美さんと駐車場から車を降りてみると、降りた瞬間から焼酎の香りが漂っていて、焼酎工場に来たということをしっかりと感じさせてくれた。
「す、すごいっすね。こんなところがあるなんて……見学とかできるんですか?」
目の前には大きな工場の製造する何かの部分が見えていたし、きっとその工場の中で大量の焼酎が製造されているに違いない。俺は、お酒は強い方で焼酎は好きなので、だいぶ興奮していた。
「できるYO☆でも、今日はおいしいランチを食べに来たのと、焼酎を買いに来ただけだから、特に見学とかはシマセン☆」
「はあ……なるほど……」
夏美さんによると見学はしないらしい。
でも、見学は出来ないとしても、ここで焼酎を買って帰りたい。買って帰れるのが楽しみだ。
夏美さんよ、ありがとう。正直着く前は不安で仕方なかったが、こんな素敵な場所に着くなんて思ってもいなかった。マジありがとう。
「あ、でも、運転する人がお酒はダメですよ!俺も飲みませんから」
「もちろん、だから持って帰るんですって!!もう!!」
「わかってるならいいです」
俺は一応と思って夏美さんにお酒はダメだと言ったのだが、そんなことは分かっていると怒られてしまった。
「とりあえず、良い時間だしあっちの建物でランチしましょう♪」
どうやら、工場のそばにある建物の中にランチが出来る場所があるらしい。夏美さんはその建物の方向を指差して、ランチをしようと言っている。
「ああ、ありがとうございます。あの、俺おごりますからね!?連れてきてもらっているし……」
「もちろん☆だってこれは車を勝手に使われた代償デートなので」
そうだった。俺はすっかりそのことを今忘れていたぞ。これは、日向の言いなりになっていたせいで夏美さんの車を俺が勝手に使ったということになって……夏美さんを怒らせたので、そのお詫びデートだったな。
俺たちはランチができる建物に入ると、手をピースして二名ですと伝えてから、奥の席に案内された。
「霧島の天然水です」
席に着くとこの工場がある地名の天然水をお店のジェントルマンが運んでくれた。俺は喉が渇いていたのですぐに飲み始めたのだがこれが衝撃的なくらい美味しかった。
「なにこれ!?めちゃくちゃうめえ水……あの、俺、水でこんなに美味しいの飲んだの初めてです」
「でしょう?ななしぃさん、霧島ってねすっごく美味しい水があるところで有名なの!」
へえ、そうなんだ。知らなかった。でもそうか、だから焼酎工場があるのか。なるほど。きっと美味しいこの霧島の水が最高に美味しい焼酎に繋がっているのだろう。
「ここのランチもね、美味しいんですよ。安いのに、高級感が半端なくて!」
「へえ、楽しみですね!」
夏美さんの言った通り、その後は高級感のあるフレンチ料理が配膳され、とてもおいしくて感動した。地元でとれたであろう野菜が新鮮で、お肉もジューシーで柔らかく、堪能することができた。
帰り際、会計で言われた値段が思ったよりも安くて、本当にこれでいいのかと思ってしまうくらいだった。
「いやあ、美味しかったですね☆帰りにこっちで焼酎を買うのでもう少し付き合ってくだサーイ☆」
「あ、俺も買いたいです!」
お店を出た後は、お土産コーナーで焼酎を買った。どうやら夏美さんは相当焼酎が好きらしい、大量に様々な種類の焼酎をカゴに入れて重くて持てなくなっていたので、俺が持ってあげた。
そして、俺が会計まで焼酎を運ぶと、夏美さんが俺に買ってほしそうな眼差しを向けるので、しょうがなく買ってあげることにした。
まあ、日向のせいだけれど夏美さんにとっては車を勝手に使ってしまった訳だし?これくらいしないとね?ってことだよな?
ちなみに俺も焼酎をいくつかお買い上げした。
大量に買った重たい焼酎たちを俺が夏美カーの後ろに乗せた後は、また夏美さんの運転でどこかに向かっていた。
そして、時刻はもうすぐ日没だろう頃にとある場所へと到着する。
「へえ~~、夕日が綺麗ですね。ここ、灯台ですか?」
「そう、ここは恋する灯台です」
「恋する?なんかロマンチックだな~~」
「でしょ?」
夏美さんが連れてきてくれたのは、恋する灯台と言われているところらしい。名前からしてかなりロマンチックスポットだろう。もうすぐ日没を迎える海の向こうが、オレンジから紫に変化して、今日の終わりを幻想的に締めていた。
俺と夏美さんはそんな景色を立ったまま見つめていたのだが、夏美さんは俺にいつもとは違う静かな口調で、急に話し始める。
「あの、ななしぃさんは東京からサボりで来たって聞いたんですが、何かあったんですか?よっぽどのことが無い限り、突然宮崎になんてサボりで来ないし、東京に帰らないまま、しばらくここにいるなんてできませんよ?」
夏美さんは日向になにか聞いていたのだろう。それか自分でたまたま聞いた……というよりは勝手に耳を立てて聞きに行ったというのが正しいだろうか。とにかく、日向から何かしら聞いたようだ、俺がどうして東京から来たのか知りたがっている。
だから答えた。
「何があったんでしょうね。まあ、会社が嫌になったのもあるけれど、自分が迷子になってしまったんですよ。やりたいこととかを否定されたり、目標を見失ったりして。そんな感じですかね」
「やりたいこと?目標?」
「俺には将来の夢があったんですけれどね、否定されてから周りが当たり前だって言う生き方に従っちゃって、今、後悔しているわけです。だから、きっとここに来ている気がします」
「そうですか……そっかそっか……うんうん……」
夏美さんは俺の話を聞いて、寂しそうな顔で何度も頷いてくれた。
そして、言った。
「周りが言う当たり前ってなんですかね?普通ってことですか?」
「え?」
「私、自分が特別だってずっと言っていたい。誰かが言う普通なんかより特別な自分でいたいですよ。そう言う私って変ですかね?独特なラップを披露して、宮崎でこの年齢で独身のまま旅館に住み込みで働いて……まあ、閉まっちゃったんで次の私らしい生き方をそのうち探しますけど……」
だから俺は言ってやった。
「変ですよ」
「え!?」
「超~~変人ですよ」
すると夏美さんは、そんな!?というショックな顔で俺を見たのでちゃんと付け加えた。
「でも、いい意味で、です。むしろ変だからいいんです。俺も変人ですし、変だからこそ、自分を特別だってもっと認めてあげられるんじゃないでしょうか……そうだ、そうですよ!変だからいいんです!!周りと違うからそれは特別ですし!!普通なんていりません!!」
「はあ、もう………ふふっ。ふふふふ。びっくりさせないでくださいよ…………でもありがとうございます、なんか救われました」
夏美さんは安堵の表情で俺を見つめていた。その顔はこの場所が似合う、とても美しい顔だった。
そして、俺だって救われたさ。夏美さんの言葉に。
夏美さんの言葉で大事なことに気が付けたんだ。
「いえ、こちらこそやっと気が付けた気がします。夏美さんのおかげで。ありがとうございます」
気が付けば、辺りは暗くなり夜の世界へと変わっていた。俺と夏美さんはそんな世界に変わっても、ずっと灯台から海の向こうを見つめていた。
そして、俺はやっと気が付けたようだ。自分の生き方に。
そうだ、変だからいいじゃないか。
周りと違うからいいんだ。
だから、ずっと特別で自分らしく生きていけるんだ。
そうだよ。
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