第13話


『最初に聖女の奥義で魔王の回復を阻止し、次に魔法の勇者の奥義で生命力を弱め、最後に剣の勇者の奥義で魔力を奪う。そうやって魔王を攻撃するのです』


 リクリアーナの声が聞こえた気がして目を開くと、俺は知らない場所に立っていた。


「ここは魔王城なのか?」


 濃い瘴気が漂い、呼吸する度に禍々しい何かが俺の体を蝕んでいく。


「これまずいな」


 マジックバッグから、瘴気を遮断するローブを纏いフードを深く被ると同時に闇属性を浄化する効果がある腕輪も手首につける。

 勇者や聖女の装備の様に瘴気を浄化し力に変える、なんて事は出来ないが瘴気を遮断し体に害が出ない程度の効果はある。


「それにしても凄いな」


 濃い瘴気だけでもうんざりする程の禍々しさ、だけどそれ以上に目の前にそびえ立つ建物……というか、城の迫力に圧倒された。


「これ、城の中に入っただけで死にそうだな」


 不自然な程辺りは静まりかえっていた。

 魔物の気配はするのに、息をひそめじっとこちらを伺っている様な感覚がチリチリと首の辺りを刺激する。


「城の周辺は魔物だらけ、勿論中もそうだろうな」


 体の状態を確認しながら、周囲の様子を窺う。

 試練の間で感じていた体がバラバラになりそうな程の痛みは無かった。疲労も無ければ眠気も空腹感もない。極めて良好っていうか、絶好調。あの苦しさはなんだったんだって、感じだ。


「魔力量だけでなく生命力量も膨大な増え方したんだな」


 具体的にどれくらいというのは分らないけれど、明らかに試練の間に入る前と今とでは違うと分る。体が馬鹿みたいに軽いし、力がみなぎっている。


「試練の間で人真似奥義は全部放てるようになった。だけどそれを使うには攻撃を受けなけりゃならないんだよな」


 攻撃を受ける恐怖は無かった。

 試練の間で延々といつくるか分らない攻撃に耐え続けたのだ。試練の間では攻撃を受ける事で失った生命力も体に負った怪我も薬無しに回復していたから、それだけは気をつけて回復していかないといけないけれど、痛みで薬が飲めないなんて事もないだろうという自信はあった。


「マジックバッグからなら取り出して即飲めるけど、これが封印される可能性もあるよな」


 周囲を警戒しながら、考える。

 回復薬は大量にマジックバッグの中に入っているから、使って足りなくなる心配はない。

 俺だけに限って言えば、マジックバッグに入っている薬を取り出す時に自分が飲むのを意識すると出したと同時に口の中に入り、瓶は自然にマジックバッグの中に回収される。

 パーティーの中で俺が一番魔力量も生命力量も低かったから、攻撃を受けるとすぐに回復が必要になり、だけど薬を出して飲んでいる暇はないから試行錯誤していたらいつの間にか出来る様になっていたのだ。


「何本かこっちに出しておけばいいか。一本で全回復するんだから、それぞれ十本位でいいか」


 マジックバッグが使えるなら、こちらの補充を考える事はない。これはあくまでお守りだ。

 そう自分に言い聞かせながら、マジックバッグから取り出した革のホルダーに薬の瓶を入れていく。これはドワーフの村で長が作ってくれた特別製だった。簡単な作りだが、これは立派な魔道具で、衝撃緩和と状態保護の効果があるから仮に攻撃を受けたとしても瓶が壊れる事はない。便利な事にホルダー一本に十本の薬を革のバンドで固定出来るから、ホルダーを斜めがけに二本体につければ用意完了だ。


「ハンス達は今どこにいるんだろうな」


 準備を終えて考える。

 俺がいる城の周辺の状況は意識が戻った時から変わらない。周囲は抜かりなく警戒して見ているけれど、ずっと不気味な程に静かで、魔物の気配だけが鬱陶しいだけだ。

 昔戦った様な知能がある強い魔物の気配はなく小物ばかり、あいつらは自分より強い相手には自分から攻撃を仕掛けて来ない。つまり、俺より下なのを察して警戒しているんだろう。それならこちらも無理に攻撃をして騒がしくする必要はない。


「もう城の中に入ってるのか?」


 城の中は正面にある扉が閉まっているせいなのか、何の気配も感じない。それよりも森の大分離れた場所が騒がしいから、あっちにハンス達がいる可能性の方が高い。


「どうする? 森に戻るか、それとも一人で中に入るか」


 空を見上げながら考える。

 瘴気で良く見えないけれど、夜らしいことは判断できた。

 リクリアーナの言葉を信じるなら今は一日目の夜。神殿に向かった時間を考えたら深夜に近い時間だろう。

 夢の中のアンナはハンスが三日も泣いていて鬱陶しいと言っていた。あの場所から魔王の城までは一日程度の距離がありそうだった。時間があれの通りなら、まだまだハンス達はこの城にはたどり着かない。


「森に入って、ハンス達と合流出来るとは限らないよな。むしろ行き違いになる確率の方が高い。中に入るか」


 そびえ立つ城を見上げ、ぎゅっと杖を握りしめる。

 試練の間で何度も攻撃を受け、ボロボロになった筈の杖は何故か元に戻っていて十分使えそうだった。そういえば装備全部元に戻っている。ボロボロのボロ雑巾みたいだった装備が全部、元の状態に。不思議な話だ。


「よし、行こう」


 正面の扉に続く階段を登り始め、途中で立ち止まり森へと振り返る。

 一部分だけざわざわと騒がしいあの場所は、騒がしいというより、よくよく見ると炎の様なものが上がっているのが見える。間違いなくあそこにハンス達がいるんだろう。


「あれを目指していけば、ハンス達と合流出来るかな。でも」


 森に入るのは抵抗があった。

 一人で森を歩くのが怖いんじゃない。怖いのは。


「ハンス達に拒絶される事」


 試練の間の最後の攻撃、ハンスの顔をした相手の放った言葉が忘れられない。


「俺が来たのを迷惑だと言われたら? あれが俺の願望が見せた夢だったとしたら?」


 ハンス達が俺を思って突き放したと信じたい俺が、自分に見せた夢だったとしたら、本当にあいつらは俺を邪魔だと考えていたとしたら。

 それが怖くて、どうしても怖くて森に入る気になれない。


「一人で歩くなら、森も城の中も同じだ」


 これは言い訳だ。少しでもハンス達に会う時間を遅らせる為の言い訳。


「一人で森に入るより、少しでも先に進んだ方が後から来るあいつらにも都合が良い筈だ」


 試練の間でのいつ終わるか分らない攻撃を受け続ける痛みへの恐怖より、ハンス達に拒絶されるかもしれないという恐怖の方がよっぽど大きい。


「中に入ろう」


 マジックバッグから、身代わりの宝珠を三つとも取り出し全部首に掛ける。

 三つの宝珠はあいつらの代わり。心細さを紛らわせるお守りだった。


「俺は力を付けた。俺だけで魔王を退治してみせる」


 パンッと両手で頬を叩き、ぎゅっと杖を握りしめながら森を睨み付ける。

 大きな聖なる火柱が森を浄化している。あれは聖女の奥義だ。


「最初に聖女の奥義で魔王の回復を阻止って、どういうことなんだろう」


 意識を失った後、リクリアーナのその声が聞こえた様な記憶がある。

 あれは奥義を使う順番だった。聖女の奥義は魔物とその周囲の瘴気を浄化さることで魔物の生命力を奪う。

 魔物の生命力は瘴気が元になっているから、浄化されることで生命力を失うのだ。


「周囲の瘴気を浄化すると、魔王は回復出来なくなるのか?」


 聖女の奥義でどの程度まで浄化出来るのかは分からないけど、リクリアーナのあの声が正しいのなら魔王城全体を浄化して回れば、より効果は高くなるかもしれない。


「魔力は十分、百合の奥義を使っていこう」


 攻撃を受けた分の威力を使える人真似奥義ではなく、覚えた技を使う人真似の技。勿論俺はどちらの奥義も使えるまで魔力量を増加した。

 それに試練の間で数えきれない回数奥義だけでも使っていたから、すでにどの奥義も極めている。

 魔力回復薬も沢山あるし、ここは惜しまず使っていった方がいい。


「方針は決まった。行くぞ」


 階段を登り、大きな扉を開ける。

 人が一人で開くには無理そうな重い鉄の扉を、肉体強化の技を使って開くとすぐに魔物達の出迎えに遭遇した。


「魔物相手にどれだけ使えるか、確認させてもらうぞ!」


 杖に魔力を込め、聖女の奥義を放つ。


 ぐおっん!!

 魔物の城が揺れた。


「ギャァァーーーー!!」


 断末魔の悲鳴と共に魔物の姿が消えていく。

 黒い靄の様な濃い瘴気が、一瞬で消えキラキラとした光に変わる。


「試練の間で使ったときには無かった光景だな」


 試練の間は神の力の場所だったから、本来の威力が分かってなかったのかもしれない。

 綺麗さっぱり浄化され別な場所の様になった周辺を見ながら、俺は極めた奥義の凄さを目の当たりにしたのだった。

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