第11話
白い空間で叫んだ俺の声はどこまでも反響して、うわんうわんと遠くまで響いていく。
『強さ。勇者でもないお前がそれを望むのか』
この声は、神託の神殿で俺に望みを聞いてきたあの声だと思い出した。
じゃあこの試練の間は、神託の神殿と同じで神の声を聞いているのか。
「俺にその資格がないのは分っている。それでも俺は力が欲しい。大事な命を守り魔王を倒せるだけの力が欲しいんだ」
『それをお前が望むのは傲慢だ。素質がないものがそれでも上を目指すのは賞賛される行ないだが、お前のは違う。自分の器を超えた力は己を歪ませる。強大な力を望むのは富や名声の為で無いと本心から言えるのか』
「そんなの望んだりしない。自分の器を超えた富や名声を手に入れたところで虚しいだけだ。自分だけの富なんか無意味だ」
欲しい物を買えるだけの力なら、すでに俺達は手にしている。
それだけでいいなら、今の俺達は十分望みを叶えているんだ。
「富なんて望まない。日々のパンを買い腹を満たせれば幸せだ。俺達の望みなんてほんのささやかなものなんだ」
旅をするようになり魔物を狩って稼いだ金で初めてパンを買った時、ハンスはとても嬉しそうだった。
『俺、アル兄ちゃんとアル兄ちゃんの家族に食べ物分けて貰って生きてきたけど、やっと自分で自分のお腹を満たせる様になったんだね。ねえ、アル兄ちゃん。俺凄いよね。俺もアンナも自分でこんなにお金を稼いだよ。誰かの施しでもおまけでもなく、ちゃんとした報酬でパンが買えたんだよ』
ハンスもアンナも村では木の実や薬草を採取し稼いでいた。だけどそれらを売ったお金はすべて親に取り上げられ、あいつらが空腹でも食べ物を買うなんて出来なかった。親の目を盗み買い食いしたのがバレたら、起き上がれない程に打たれて水すら飲ませて貰えない程の仕置きをされるだろう。
それが分っていたから、稼いだ僅かな金を親にそのまま渡していたのだ。
だから幸せだと笑っていた、自分で稼いだ金を自分の為に使い買ったパン。
それは城で食べさせて貰っていたものに比べたら、素朴なものだったけれどそれでも俺達は幸せだと、凄いことだと喜んで食べたんだ。
『では強さは己の為では無いと』
「自分の為だ。強くなりたいと願うのは自分の為。俺がハンス達を仲間を失いたくないから、だから力が欲しい」
『成程。だが勇者の器ではないお前が勇者を超える力を手に入れるには気の遠くなる時間が必要だ。それは辛く厳しい時間となるが、それでも力を望むと言うのか』
「ここで過ごした時間は、戻った時には」
『戻った先の時間は進んではいない。試練の間に入ったその時間に戻るだけだ。ただし望み半ばで挫折したらここで過ごした時間は己の体に返る。過ごした時間が長ければ長い程それは老いとなって体に表れる』
「挫折しなければ良いだけの話だ」
行くも地獄、行かざるも地獄なら前に進む。
それだけだ。
『生意気な子供だ。大人の振りをした子供だな。まあ、いい。望みの力を得られるまで試練に耐えるといい』
突然声が途絶え、白い空間は全くの無音となった。
「なんだ」
発した俺の声も聞こえない。
確かに声を出したのに、それなのに声はただの空気の震えとなって白い空間に消えていった。
「どうして、これもしれん、なのか」
何がくるのか分らないから集中しないといけないのに、気持ちがさわさわと落ち着かない。
わざと声を上げ、大声を出したつもりなのに、俺の耳に自分の声が届かない。
「なにがおきている。なにがはじまる……んだ」
声が出ない。それだけで不安になる。
何もない空間は更に変化し、床すら分らなくなる。
立っている筈なのに、浮かんでいる様な、浮かんでいるのかもしれないのに、何かに埋まっているような。
落ち着こうと深呼吸するのに、空気が入ってこない様な不安。
何度も何度も息を吸おうとして、そしてそれが虚しい行為なのではとまた不安になる。
ふと思い出した溺れた記憶。
城で池に突き落とされて溺れた時、思いがけず深い池に沈み必死に浮き上がった俺の頭を水の中に押し込んだのは魔法使い達の杖だった。
息が続かずに意識が遠くなり、それを助けた振りの兵士達に頭を水に沈められた。
何度も何度も、これも訓練だと笑いながらそうされて、死にそうな思いで俺はそれに耐えた。
死ぬんだと思った。死ねないと思った。
たった十五歳の俺は大人の力には勝てなかった。
苦しさに挫折しそうになる度、思い出すのはハンスが俺に縋ったあの手の感触だった。離れないで、怖いよ兄ちゃん。そう言って怯えて縋るハンスの手、あたしは怖くなんかないよ、でもアル兄ちゃんの側にいてもいい? と甘えるアンナの声。
それを思い出したら、挫折なんか出来なかった。
「これがつづくのか。ちからがえられるまで、ずっと?」
不安が頂点に達し、俺は声にならない叫びをあげながら両手を空へと突き出した。
「マケナイ。まけない。負けないっ!!」
まだ始まったばかり、いいやまだ始まっていない。
試練はこれからだ。この程度は始まりでもなんでもない。
「負けない。俺は挫けない」
ぐっと腹に力を込め、マジックバッグから愛用の杖の取り出し構える。
何がきても対処出来る様に常に戦いの場では常に注意と準備を怠らない。それは旅をするため冒険者となった時に教えられた事だった。
「こんな事で不安になったりしない」
両足を踏ん張り、ぎゅっと杖を両手で握る。
上も下も分らない、不安定な空間がその刹那変わった。
「来るっ。うわああああっ」
何か巨大なものが襲ってくる気配。だけど、気配を感じた瞬間俺はその何かの攻撃を受けていた。
『一つ目の試練は終わった。次は攻撃をすべて受ける。反撃したり防御したりしようとはしない。受けた攻撃はお前の力になる。力が溜まったら、浮かび上がる的を人真似の力で全力で打ち落とす』
どこからかまた声がした。
さっきのが試練だったのか。あれが試練の始まり。
『いつどんな攻撃が来るのかは分らない。連続で来るかもしれないし、時間をおいてになるのかもしれない。魔法が来るのか物理的か、それも分らない。それでも攻撃を受け耐えてみせろ』
「わかった」
リアナの攻撃も恐怖だったけど、今の攻撃はそれ以上だ。
どんな属性の魔法なのか、魔法ですらないのかさえ判断出来なかった。
『試練に耐えた先に望みがある。挫けず強い気持ちで耐えるのだ』
「わかった。必ず試練を乗り越えてみせる」
攻撃を受けた体はそれでも生命力を失っていない。
どうしようもない痛みと疲労が体中に駆け巡るけど、でも生命力は満ちている。
怪我も生命力も神の力で回復するというのは本当らしい。
「来いっ」
ぐわんと空間が揺れて、巨大な炎が俺を目掛けて飛んでくる。
防御をするなと言われた通りただその衝撃に耐える為、俺はぎゅっと目をつぶり足を踏ん張るしかない。
「うわあああっ」
苦しい、辛い、辛い、苦しい。
攻撃をまともに受けても傷は一瞬で塞がり、攻撃で失った生命力も一瞬で回復する。
なのに、苦しい。体中が痛くて腕も足も外見はなんともないのに、バラバラになってしまったような錯覚さえ起きる。
「こんなんじゃ試練はまだまだだ」
技の一覧に人真似炎獄の文字が輝きだした。
勇者の奥義も輝きだしたけれど、放てる力の上限に達していないのだろうその輝きは人真似炎獄とは比べものにならない。
「人真似炎獄っ」
浮かび始めた的を人真似炎獄で打ち落とす。
小さな的は簡単に落ち、小さな破片となって消えていく。
「魔力があがった」
人真似炎獄で失った魔力は一瞬で回復し、それと同時にいま技を放った分だけ総魔力量が上がったと気がついた。
「魔力量がどれだけ上がったかなんて、簡単に分らないのに」
だからリアナは技を放つ回数で、魔力量がどれだけ上がったか確認していたのだ。
そもそも魔力切れ無しに、たった一度で魔力量があがるなんてあり得ない話なのだ。
「これが試練の間の力なのか、う、うわあっ!!」
考え事をしていた俺に、容赦無く攻撃の衝撃が襲いかかる。
連続して三回、間を置いて二回。
生命力が回復しても、傷が幾ら治っても痛みと疲れは蓄積し癒える事がない。
「こんなの序の口だ。まだまだこれからだ」
痛みに耐えまた人真似炎獄を放つ。続けて二回。それだけ受けた衝撃が大きかったというわけだ。
「強くなる。絶対に」
技を放った途端、回復される魔力と上がる魔力量。
そして休む間もなく、炎と水と雷の攻撃が襲いかかる。
「うわああああっ」
予想を超える攻撃に耐えきれず俺の体は、木の葉の様に吹き飛ばされてしまうのだった。
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