勇者パーティーをクビになったので、一人で魔王と戦うことにした。

木嶋うめ香

本篇

第1話

「え、今なんて言ったんだ」


 思いもよらない言葉に俺は、ハンスの顔を凝視した。

 まだ夜が明けたばかり、朝告げ鳥の声も聞こえてこない時間だというのに、三人はすでに旅立つ準備を終え寝ている俺を起こしに来た。


「もう一度言うの……。あの、言いにくいんだけどね、アル兄ちゃ……じゃない、魔法使いアルフォートはクビってことだよ。ここからは、あの、お、俺達だけで、俺達だけで行くから」


 いつもなら何度起こしても頑なに瞼を開けようとせずにアンナに叱られているハンスが、しっかりと装備を身につけてそんな事を言う。


「そ、そうです私達だけ。神託を受けた私達とは違いアルフォートさんはただの魔法使い、あなたの力ではこの先は無理だと、……わ、私達は……はん、判断しました」


 どんな時でも笑顔で居続ける百合は、泣きそうな顔で俺にそう告げる。


「アル兄ちゃん、今までありがとう。ごめんなさい。アル兄ちゃんとはここで、ここでお別れだよ」


 四人の中で一番小さなアンナは頭を下げたままそう言った後、両手でぎゅっと魔法の杖を握りしめた。


「皆」


 三人から立て続けに言われて、俺は何も言い返せなかった。


「俺は邪魔、足手まといってことか」


 自分でも驚く程の低い声が、薄暗い部屋の中に響いた。


「アル兄ちゃん、ちが、そういう……そうだよっ! アル兄ちゃんがいたら俺達は駄目なんだよっ!」


 一瞬苦しそうな呻き声を上げた後、ハンスははっきりとそう言った。

 確かにそうなのかもしれない。ハンスとアンナは勇者。百合は聖女の神託を受け魔王討伐の旅に出た。

 所詮俺は三人の補助でしかないんだ。三人の実力には遠く及ばない似非魔法使い。俺がいたんじゃ邪魔、足手まといなんだ。


「そうか、俺が今まで三人の足を引っ張ってたんだな」


 頭で理解しても、口に出すと何だか落ち込んでしまう。

 力が無くても三人の支えになりたくて、俺なりに頑張ってきたつもりだったけど、それでも不満だった。そういうことなんだな。


「ち、ちが。……そ、そうだよ!アル兄ちゃんは雑用とか料理とか資金管理とか自分の仕事だからって言って何でもやってくれた。でも一人でなんでも頑張って無理してたせいで、いつも寝不足だったじゃないか」

「魔物と戦う時だって、私達を庇って一人で怪我をして無理してばかり、私達は勇者と聖女です。庇ってもらわなくたってちゃんと戦えるんです!」

「自分だって辛いのに、いつも余裕の振りしてさ、あたしの頭ポンポンして、励ましてばかりいてさ。自分が辛いときだって何度もあったのに平気な顔して大人の余裕とか見せてさ。そんなの……」


 追い打ちを掛ける様な三人の言葉に、俺はただ俯くしかない。

 俺が実力も無いのに、無理していたって言いたいのか。

 三人とも、ずっとずっと不満に思っていたのか。


「分かった、俺はここから一人で行動する」


 三人が決めたのなら、俺は従うしかない。

 俺の実力が足りないのだと、魔王と戦う上で邪魔にしかならないのだと判断されたのなら、俺は納得するしかない。


「ギルドの手続きは殆ど終わってるんだ。後はアル兄ちゃんが受付で、パーティー離脱の手続き書に名前を書くだけでいいから。……じ、じゃあ俺達はもう出発するから」

「今までパーティーで稼いだお金は、昨日ギルドで精算して、アル兄ちゃんの口座に割り当て分を入れておいたから」

「アルフォートさんが作った回復薬や魔道具は私達が買い取りました。その代金も含んでいます」


 クビだと言われた事よりも、今の話の方が衝撃すぎて言葉も出なかった。

 昨日、俺は宿の部屋に籠もって回復薬作りに没頭してたけど、三人は買い出しに行くついでにそんな事をしていたのか。

 金の話は、パーティーの皆が揃っている時にする。それは今まで四人で当り前にしてきた事なのに、三人の中ではもう昨日の時点で俺はパーティーの一員じゃなくなってたのか。


「アル兄ちゃんが数年働かなくても暮らしていけると思う。村に戻ってもいいし王都でも好きなところに住んでもいい。優しいアル兄ちゃんは戦いに向いてないよ。アル兄ちゃんは回復薬を作るのも上手いし鍛冶だって出来る。そういう仕事をしてもう魔物と戦ったりしないで、どうか……どうか俺た、アル兄ちゃんは……長生きして欲しい」


 不満に思っていても、三人は俺の先々まで考えて金をくれようとしてるのか。

 そんなのなんだか惨めだな。


「じゃあ、ここでお別れだよ。今までありがと、アル兄ちゃん」

「元気でね。アル兄ちゃん」

「さようなら、アルフォートさん。これからは自分の為に生きて、そして自分の幸せを見つけてください。私達を憎んでくれていいです。私達と旅した時間は無駄だったと思ってくれてかまいません。どうか私達を忘れな……忘れてください」


 それぞれが別れの言葉を告げると、部屋を出ていった。

 後に残ったのは、小さな皮袋に入れられた俺の荷物と古ぼけた杖だけだった。

 最後だからと奮発して取った、いつもよりは少しだけ豪華な部屋。その部屋で俺は一人ただ俯いていた。


「なんでだよ。どうして、昨日までは」


 耐えようと思うのに、視界が揺れる。

 歯を食い縛っても、うめき声が部屋中に響く。


「魔王を倒して村に帰る。昨日はそう誓ったじゃないか」


 魔王を倒す神託を受けた剣の勇者ハンス。魔法の勇者アンナ、聖女の百合。

 俺は能力も無く、神託も当然なかったけれど三人の補助としての役割を国に頼み込み、一緒のパーティーで今までやって来た。


 ハンスとアンナは同じ村で育った。

 俺には弟と妹みたいなものだった。


 神託を受けて五年。戦う術さえろくに持っていなかった俺達は苦労の末やっと魔王の森近くまでたどり着いた。

 この村は魔王の森のすぐ近くにある。ここから先、人の住む場所はない。

 昨日最終準備をした後、俺達は最後の晩餐とばかりに食べて飲んだ。

 魔王の森の近くなのに、いいや近くだからなのか、村には大きなギルドがあり上級冒険者達で賑わっていた。

 俺達が思っていたよりも村は栄えていて、市場にはさまざまな食べ物を売る店があり、王都に戻ってきたような気分にすらなった。


「こんな旨い飯は久し振りだな。明日からはまた携帯食ばかりの日々か」


 この村を出てそれからは、魔物ばかりの森を歩く。

 ゆっくり眠れるのも、落ち着いて旨い物を食えるのも最後。

 だから今日くらいは笑って旨いものを食べようと、豪華な宿に部屋を取り、高そうな料理屋で小さな宴を開いたのだ。


「最後の晩餐は、違う意味だったんだな」


 三人は妙にはしゃいでいた。

 旨い物を何でも持ってきてくれと言ったら、店の主人が張り切って見た事も無い様な料理を振る舞ってくれたせいもある。

 俺は一人だけ麦酒を飲み、成人していないハンス達は地元の子供が好んで飲むというリンゴ酒を薄めた物を飲んでいたから、俺は気分良く酔っ払い、三人も少しだけ顔を赤くしながら、にこにこと笑っていた。


「旨い物食うって幸せだね。村にいたことは考えた事も無かったよ」

「そうだね。あたし達自分で稼いでこんな豪華なご飯食べられる様になったんだね」


 ハンスとアンナはそれぞれ肉にかぶりつきながら、笑いあった。


「アルフォートさん飲み過ぎは駄目ですよ」

「う、気をつけるよ。二日酔いになったら困るもんな」


 冷えた麦酒を嬉々として飲んでいた俺を百合がたしなめ、俺は頭を掻いて誤魔化す。

 ハンスとアンナは仲がいいけれど、俺と百合もそこそこ仲良しだよななんて、酔った頭で考えて、図々しいかと否定した。

 楽しい夜だった。

 楽しい宴だった。

 村での話や、幼い頃の事、旅を始めたばかりの事、話は尽きることがなく、俺達は笑い続けた。

 魔王を退治したらまたここで、こうして笑って旨いものを食べよう。

 俺がそう言うと、三人は、三人は。


「誰も頷かなかった?」


 酔ってたから覚えていないんじゃない。

 誰も頷かなかった。

 皆、視線をそらしたのを感じて何となく気まずくなった俺は、食べたりないなと店の主人に注文を追加したのだ。


「俺だけはここでさよならだと、言えなかったのか」


 あの時誤魔化さずに、視線をそらした理由を聞いていたら。話してくれてたんだろうか。

 俺の役目はとっくに終わっていたんだと。

 話してくれて、いたんだろうか。


「考えたって仕方ない。ギルドに行こう」


 皮の袋と杖を持って、部屋を出た。


「おや、あんたも出発かい」

「いや、ちょっとギルドに顔を出してくる。俺は、そうだな、もう一晩泊るから部屋はそのままにしておいてくれ」


 未練だと思いながら、四人部屋をもう一晩分とろうとして懐から金を出す。


「じゃあ、金貨三枚」

「ああ。じゃあこれで」


 前金を払い、まだ薄暗い外へ出てギルドに向かう。

 朝日が昇る前の薄ぼんやりとした明るさの空を見上げると、馬鹿みたいにまた視界が揺れ始めた。


「もう姿も見えない」


 人気の無い道を一人で歩く。

 こうやって一人で歩くのは久し振りだと気がついて、また視界が揺れる。


「情けないなあ俺、なんでこんな」


 ぐいっと手の甲で目をこすり、パンパンと両手で頬を叩く。


「あいつらは三人だけで決めて、俺をクビにしたんだ。話し合いもなにもなく。それは俺に力がないから。俺がいたらあいつらが思い切って戦えないから」


 それを俺は認めなきゃならない。


「一人なんだ。これからは」


 パンッともう一度頬を叩き、ぐいっと上を向く。

 白い月がまだ空にあった。

 東の空がさっきより少しだけ明るくなって、遠くで朝告げ鳥の鳴く声がした。


「行くか」


 ハンスとアンナと俺の三人で、村を出ようと決めた時もこんな朝だった。

 あの時は三人だったけど、今は一人。

 これからは一人なんだ。


「気楽にいくさ。一人の方が気楽だ」


 女々しいなと自分で自分を笑いながら、一人歩いた。

 三人がどんな顔で部屋を出て行ったのか、考えもせずただ俺は一人歩いていた。

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