言葉と破壊とあいつと俺と
サンカラメリべ
言葉と破壊とあいつと俺と
「つまり、言葉こそ最強の兵器ってこと!」
ルルカの話はいつも唐突だ。何がつまりなのか全くわからないが、いつものことである。ルルカの頭の中では口にする前から会話が始まっているのだ。だから、ルルカに話しかけられた者はキョトンとしてしまう。十年もルルカと付き合っている俺はもう慣れたもので、なんとなくルルカとの会話の仕方というものを心得ていた。
「だから何でだよ」
「人間がここまで力を持てるようになったのは、ひとえに言語の獲得によるコミュニケ―ション能力の向上のおかげでしょ。人間を洗脳するのも言葉だし、人間を追い詰めるのも言葉だし、人間は言語次元の生き物なんだよ」
「なんだそれ」
会話の仕方を心得ていようが、ルルカの話はわからない。伝えられるように話す、ということができていない。
「言語次元とかいう新しい言葉作るなよ」
「でもさ、あたし達の考えは全て言語に支配されてるでしょ。言語なしに考えている人はいる?」
「耳が聴こえなければ少なくとも俺たちが使ってる言語とは違う形で考えてるんじゃないか? 俺たちが考える時は言葉が音を伴って頭の中に浮かぶけど、音のない世界で生きる人は絵とか記号とかもっと抽象的な世界で生きてそうだろ」
俺がそう言うと、ルルカは満足げに笑った。何が面白いんだ? いつもそうだ。こうやって答えてやるとルルカは嬉しそうににやつく。相手にしてやっているから満足しているのではなく、俺の答えに満足しているようだった。
「いつもありがと」
放課後の下校途中でふいにルルカはそう言った。幼い頃から近所で通う学校も同じなもんだから、ルルカとは一緒に帰るもんだと俺は思っていた。しかし、他人からすれば相当変らしい。さっきもルルカを待っていると「お熱いね~」と友人にからかわれた。
「今更だろ。一緒に帰るのは」
「それもそうだけど、あたしの話に真面目に返してくれるのはあんただけだから」
「そうか」
悪い気はしなかった。一応、俺も気付いていた。ルルカは自分の話が通じないとわかると、すぐに相手に合わせてしまう。なので、逆に言えば俺のことを話が通じる奴として信頼してくれているということだ。
「ねぇ、人間は言語次元上の存在なんだよ。今からそれを証明しよっか」
「どうやって」
「じゃーん」
何やらカバンの中から奇妙な器械を取り出した。スマホほどの大きさだが、スマホとゲームコントローラーの融合体のようだった。
「それは何だよ」
「メタ言語装置“小説くん”」
「意味わからん」
「えへへ。じゃあさ、試しに変身してみよ」
十年来の腐れ縁といえども、ここまでよくわからないことをしだすのは初めてだった。遂に本当に頭がイかれてしまったのかと不安になったが、その目に狂人のような濁りはない。俺があっけに取られていると、ルルカが装置に何やら打ち込んで、ボタンを押した。
・・・何も起きない。
「何が変わったんだ?」
「あたしのこと、どう見える?」
「目と耳が二つ、鼻と口が一つ、腕は一対、足も一対。人間だな」
「ふふふ。じゃあ、髪は何色?」
「何色って、いつもと変わらないマリンブルーだろ」
にこーっとルルカはあの満足そうな笑みを浮かべた。何かに成功したらしい。しかし、何に成功したのかわからない。ルルカの髪はこれまでもマリンブルーだったし、その特殊な髪色のせいで地毛であるにも関わらず学校では何度も髪を染めたことを疑われた。なぜこんな髪色なのかは解明されていないが、世界にも数人地毛が青い人がいるらしい。
「あの空き地に行こ。あそこなら誰にも見られないから」
「いいぞ。今日は急いで帰る用事もないしな」
空き地に着くと、ルルカは大きなパイプの上に腰を下ろした。俺はその隣に座った。いたずらっぽく口角を上げて“小説くん”を見つめているルルカの横顔は、小さな頃から変わらないあどけないものだ。
「今のあたしはね、最強なんだよ」
「その細腕のどこが最強だ」
「そりゃ力じゃ男の人には敵わないよ。でも、今のあたしには最強の兵器である言葉を操れる“小説くん”がある」
「へぇ」
どう見たってそんな大したものには見えない。とはいえ、ルルカが冗談を言うことは今までほとんどなかったので、たぶん本気なのだ。
「その“小説くん”とやらはどこで手に入れたんだ?」
「あたしが作った」
「そりゃ最強なわけだ」
「うん! 次は何を変えよっかな。何か変えたいものとかある?」
「特には無いな」
「えー。なら、勝手に変えちゃお」
またルルカは“小説くん”にテキストを打ち込み、ボタンを押した。
さあて、何か変わったか。見渡したところで、何の変哲もない空き地の風景しかない。
「あ、UFO!」
「別に驚くもんじゃないだろ。よくこの辺りに飛んでる」
「まぁね」
地球観光が楽しいのか、UFOはウキウキしたようにぴょんぴょん飛び回ってる。ここまで元気なUFOは初めて見た。なんとなく、こちらを見ている気もする。
「クウヤってヒマオリテスの箱って知ってる?」
「あれか? あの、箱の中身は観察者が開けて中身を確認するまでこの世界に現れない、とかいう意味不明な話だろ」
「シュレーディンガーの猫って話がそれの元ネタなんだ」
「初めて聞いたな」
「だってこの世界じゃあたししか知らないことだからね」
「?」
「この“小説くん”はそれを言語上で行える。そして、言語次元に生きるあたし達にもそれが適応される」
「わからないな。それを言語上で行えるってのの言葉の意味も、それでどうなるのかってのもわからん」
「今日それがわかるかも」
「そうか」
わかる気はしないが、ルルカにはそう思えるだけの根拠があるんだろう。それが“小説くん”なのかもしれん。俺にとってはどうでもいい。こいつが楽しそうにしていてくれれば、それでいいのだ。
日が落ちていく。空は黒みを強めてきて、それに反比例するように星の輝きが増えていく。人気のない空き地に俺らはいる。UFOは月の明かりを反射して、子供のようにはしゃいでいる。そして、ルルカはまた“小説くん”とやらに何かを打ち込んでいた。
「帰らないのか」
「もう帰らないよ」
にこにこしてルルカは言う。親御さんとの仲は悪くなかったはずだが、どうしてだ。
「心配されるぞ」
「観測されるまでは確定してないよ」
「予想はできるだろ」
「予想しかできないでしょ」
「まぁ、ここから家の様子がわかるわけじゃないしな」
「ふふふ」
電灯に照らされるルルカの顔は、心底楽しそうだった。
「いつも思うんだ。漫画も、小説も、話を進めていくと設定が増えていくでしょ。始めから完結した物語なんてないんだよ。でも、物語は新しく加わった設定も始めからあったものとして進んでいく。登場人物は何の疑問も持たないし、読者もその世界のことなんて知らないから、そういうものだって受け入れる。ね?」
「何が言いたいんだ?」
「実はね、あたしたちにとっての現実もそうなんだ」
「は?」
「あたしたちは言語次元上の存在。言葉として現れるまで、世界は確定していない」
「まったくもってさっぱりだが、お前はこの世界もヒマオリテスの箱と同じものだと言いたいのか?」
「その通り!」
なぜかドヤ顔でルルカは胸を張っていた。その胸は本人に反して慎ましいものだが。
「やっぱり、お前の言っていることは現実味に欠けていて俺にはわからんな」
「あんたがわかるかどうかはどうでもいいの。あたしとあんたがここにいるってだけでいい。それだけが確定してれば、後はどうにでもなるんだよ」
「・・・告白か?」
「どうでしょう?」
反応に困る。俺といるだけでいい、なんてキラーセリフもいいとこじゃないか? 俺が恥ずかしそうに顔を逸らすさまをニヒヒと笑うルルカを見るに、からかわれているんだろう。だが、たぶんこいつも俺のことをそんなに悪く思ってはいないはずだ、とは思う。じゃなきゃ二人きりで夜の公園に来ることは無い。
「そろそろかな」
「ん? ああ、そういや今日は流星群が見れるんだっけか。ニュースでやっていたな」
「あんたはそのニュースを見てないはずなんだけどね」
「なんで俺が見てなかったって断言する?」
「だって流星群は今あたしが起こしたんだもん」
「はいはい」
「信じてないでしょ」
「俺の記憶ではちゃんとニュースでやってたからな。ま、それも全部お前が作ったってんなら信じるよ」
「へへへ」
星が夜空に流れてゆく。流星群が来たようだ。こんなにもたくさんあると“星に願いを”どころじゃないな。どの流れ星に願っているのか混乱してしまいそうだ。
「何か願うか?」
「もう叶った夢を願う必要はないでしょ」
「もう叶ったのか」
「うん」
「何が?」
「聞いちゃう?」
「ダメか」
「ダメじゃないよ」
「そうか」
「聞かないの?」
「言いたければ勝手に言うだろ」
「驚かない?」
「内容によるな」
「じゃあさ、もうあたしとあんた以外の人類が絶滅するって言ったら?」
ルルカは眩しい笑顔で笑ってみせた。
流星群が落ちてくる。大気圏で燃え尽きず、巨大な隕石が次々と。俺は寸分たりとも動けなかった。一言も発することすらできず、立ち尽くしていた。ああ、そうだ。そういえば、今日は地球最後の日だった。ニュースでやっていたじゃないか。大規模な隕石群が地球を襲い、たとえ壊滅を逃れたとしても大量に巻き上がった砂埃により太陽光が遮られてしまうことで植物がほとんど育たない世界になってしまうんだ。いや、待て。そんなニュース、本当に俺は見たのか? 俺は、そうだ、そもそも俺は今日のニュースなんて見ていない。そうだ。ルルカの髪は普通に茶色だったはずじゃないか。待て待て。ルルカはルルカだったのか? 違う。こいつはルルカなんて名前でもない。じゃあ誰だ? いや、何を言っている。ルルカはルルカじゃないか。
「ちょっとやり過ぎちゃったかな。混乱させちゃってごめんね」
「ルルカ・・・?」
「あたしと一緒にいようね。ずっと、ずっとさ」
あいつはいつもの笑顔のままで・・・。
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