第2話 中田 笑騎①

 美鈴との結婚後、俺達は互いに家賃を出し合ったマンションで結婚生活を始めた。

俺らは共働きやけど、家事はきちんと分担してる。

俺は主にゴミ出しみたいな力仕事を、美鈴は実家の手伝いで培った洗濯物や料理といった毎日やることを担当する。

夫婦仲も良好で、たまの休みには街に出てデートしてる。

子供は生活がもう少し落ち着いたら作ることにしてる。

……せやけど、世の中に完璧はない。

結婚生活を始めた俺達には、1つだけ問題があった。


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「笑騎……浮気したん?」


「浮気なんかしてへんよ!」


 ある日の夜、いつも通り仕事を終えて帰宅していた俺を、突然現れた美鈴がマンションまで連行しよった。

ほんでリビングまで引きづられ、いきなり浮気を問い詰めてきたっちゅう訳や。


「じゃあ帰り道一緒に歩いてたこの女は誰なん!?」


 美鈴はそういうと、自分のスマホの画面を俺の目の前に突き付けた。

そこに映っていたのは、俺と同僚のめぐみちゃんが歩きながら談笑してるシーンやった。

まあほんの数分前のことやけど……。

あっ! めぐみちゃんは俺が介護施設で働き出した時から一緒に仕事をしてる子や。

俺と同じくアニメやゲームが大好きなオタクやから話も合う。


「これは同僚のめぐみちゃんや! 帰り道がおんなじやから一緒に帰ってただけや! 夜に女の子1人やと危ないやろ?」


 美鈴が疑う気持ちもわからんではない。

めぐみちゃんは、職場でも目立つくらいのべっぴんさんやからな。

だからと言って、俺は美鈴を裏切るようなことはしてへん。

あくまでめぐみちゃんは同僚であり友達や!


「じゃあなんでこんなに仲良さそうに話し込んでるん!?」


「そら実際、仲良しやからな。 めぐみちゃんも俺と同じくアニメやゲームが好きやから、話が盛り上がってん」


「だいたい……なんで下の名前で呼んでんの? ただの同僚なのに、おかしくない?」


「そっそうなんか? 友達感覚でお互いに名前で呼び合ってるだけなんやけど……」


「笑騎も名前で呼ばせてんの?」


 美鈴の顔がさらに険しくなっている。

目から嫉妬に満ちた怒りのオーラが漏れてるように見える。

だけどアニメやゲームのヒロインがやる嫉妬とは違って、美鈴は何というか生々しい感じや。


「そうや……だいたい、めぐみちゃんには旦那さんがおるねんで? その人も同じ介護施設で働いてて、俺も知ってるし……浮気なんて絶対ありえへんよ!」


 旦那さんの方は、介護施設で色々教えてもらった先輩や。

厳しい人やけど仲が悪い訳やないし、俺とめぐみちゃんがオタク仲間って言うのも知ってる……。


「ほんまにそういうんやったらスマホみせてみて!」


「えっ? 別にかまへんけど……」


 俺は特に後ろめたいこともないのでスマホを美鈴に見せた。

ラインとかSNSとか色々調べて、スマホが返ってきたのは翌日の昼やった。

幸い休日やったからよかったのものの……。


「ごめん……スマホ返す」


「いや俺こそ、後ろめたいことがないとはいえ、俺も少し軽率やったわ。 すまんな」


 なんとか誤解は解けたけど……これ以降、美鈴は俺のスマホを毎日チェックするようになった。

しかもGPSを常にオンにして、予定外のことがあれば必ず連絡を入れることになってしもた。

勘の良い奴らならもうわかると思うけど、美鈴はめちゃめちゃ嫉妬深いんや。

まあ俺も付き合い出してから知ったんやけど、結婚してからさらに美鈴の束縛は激しくなった。

特に今のめぐみちゃんみたいな仲のええ女の子に関しては激ヤバや。

まあそもそも女友達なんてめぐみちゃんを合わせても手で数えられる程度しかおらんし、みんな彼氏か旦那がおる子ばかりや。

無論みんな気の合う友達であって、浮気なんてしてへん……というより、俺は男として眼中にないみたいやけど。

キャバクラとか風俗とか、いわゆる夜のお店にかて俺は1度も行ったことがない。

行きたい気持ちはめちゃめちゃあるけどな!

……とはまあ、束縛の激しい嫁やけど、普段は優しいし家事も完璧にこなしてる。

それに束縛って言うと聞こえは悪いけど、それだけ俺のことが心配なんや。

俺は少しでも美鈴の不安を取り除くために、彼女の提案を受け入れることにした。

めぐみちゃんにも事情を説明して、一緒に帰ることをできる限り控えさせてもらった。


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 結婚して2年経ったある日の休日。

その日は美鈴が俺に告白してきた記念すべき日!

俺達は有給を取って街でデートし、近くにあるレストランで夕飯を食ってた。


「なあ笑騎。 来週の金曜日、2人で旅行にでも行かへん? ちょうど連休やし、ひさしぶりに遠出しよや」


 美鈴の言う連休とは、祝日の金曜と土日を合わせた3連休のことや。


「あっ! ごめんな。 金曜はアニメのイベント行く予定入れてもうてん」


「はあ? またイベント行くの!? この間行ったばかりやん!」


「ごめん! でもどうしてもこれだけは行かせてほしいねん!」

 

 その席で俺は、美鈴に来週行くイベントについて話した。

この日の2週間前、当時俺がはまってたアニメ「親友と異世界転移した俺が女神からチートをもらって巨乳ハーレムを築いちゃった件」っちゅう、どこぞのクズハーレム野郎を連想させるアニメがコラボカフェを出すと公式ツイッターで目にしたんや。

しかもヒロイン役の女性声優陣がオープン初日にだけカフェでミニライブを開くというんやで?

これを見逃すほど、俺はアホではない!!

しかも抽選で3人に、声優陣の直筆サインをもらえることになっててな?

見事この俺が当選したんや!!

愛する美鈴の頼みでも、これだけは堪忍してほしい!


「笑騎は家族より、イベントの方が大事なん?」


「そんなこと言うてへんやろ? ただ抽選にも当たったし、好きな声優さんにも会えるから行ってみたいだけや」


「……なあ笑騎。 前々から言うてるけど、あんたもうええ大人やねんから、二次元なんて卒業した方がええんとちゃうの? あんなもんアホな子供か親のすねをかじるニートがはまるもんやろ? いつもゲームとかフィギュアとか色々買ってるけど、はっきり言って金とスペースの無駄や」


 またや……。

美鈴はたまに俺のオタク趣味にいちゃもんをつけてくる。

その理由は、俺が二次元美少女を愛でることがおもろないからや。

俺が昔から二次元美少女を愛してることは美鈴も知ってるからな。

最近は声優さんにまで威嚇するようになっとる。

でも俺にとって二次元は宝や。

それに、美鈴への愛と二次元美少女への愛は別やと俺は思ってる!


「土日は大丈夫やから。 どこにでも行くで?」


「なんでそんなこと言うん!? 家族が大事なんやないの!?」


「大事やで! でも俺にとっては二次元もめちゃくちゃ大切なんや!」


「……」


「堪忍して! 埋め合わせは必ずするから!!」


 俺はおでこをテーブルに着け、美鈴へ謝罪すると同時に、イベントへの承認を申請した。

しばらく不機嫌そうな顔をしてたけど、最終的に「好きにしたら?」とぶっきらぼうな許可を得た。

まあいつものことやからと、俺は気にせえへんかった。


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 イベントの日の夜。


「ひょっほほ~最高やったな~」


 イベントを終えてコラボカフェを満喫した俺は、有頂天になって家に帰ってきた。

美鈴に無理を言ってしまったおわびにと、コラボ限定のまんじゅうを買っといた。

美鈴は甘いものが好きやからな。


「ただいま! お土産買ってきた……」


 鍵を開けて部屋の中に入ると、部屋の中は真っ暗やった。


「美鈴?」」


 部屋中の明かりを付けながら美鈴を探す。

寝室……風呂……リビング……あちこち探したけど見つからんかった。


「……あれ? 靴が……」


 玄関をよくよく見ると、美鈴の靴がないことに気付いた。

今日は美鈴も仕事休みやからどこかに遊びに行ったのかもしれへん。

でも美鈴は外出する時、必ず俺に知らせるはずや。

スマホをチェックしたけど、美鈴からの連絡はない。

俺がコラボカフェに行っている間に送ってたラインには既読が付けられてるけど……。


「とっとりあえず連絡するか……」


 俺はすぐ美鈴に電話するがつながれへん。

ラインも送ってみたけど、既読がつかへん。


※※※


「まさか……なんか事件に巻き込まれたんか?」


 連絡を入れて30分以上経ったけど、美鈴からの連絡は来なかった。

いつもやったらすぐに連絡をかえしてくれるのに、今日に限っては音信不通や。

これにはさすがの俺も悪い想像力を働かせてしまう。

……その時やった!!


「……‼! 美鈴!!」


 俺のスマホに、美鈴からの着信が入った。

俺はすぐに通話ボタンを押し、スマホを耳に当てる。


「もっもしもし? 美鈴か?」


『笑騎……』


 その声は紛れもなく美鈴やった。


「みっ美鈴! お前大丈夫か!? 今どこにおるんや!?」


『今、ちょっと”友達”と出かけてるねん』


「そっそうか……出かけるなら連絡してほしかったわ。 俺、何か事件にでも巻き込まれたんかと心配してもうた」


 いつも通りの声音の美鈴に安堵した時、電話の向こうから美鈴の”友達”らしき人物の声が届いた。


『美鈴……もう1回ヤろうぜ?』


「えっ?」


 その声はまぎれもなく男の声やった。

しかもはっきりと聞こえたから、距離的に美鈴とかなり近い……というより密着してると思う。


『もう待って。 今旦那としゃべってんねんから』


「おっおい美鈴……今の人はなんや?」


『何って”友達”やけど?』


「友達って男なんか?」


『それがどないしたん? 笑騎も女友達おるんやから私に男の友達がいてもおかしくないやろ?』


「そっそうやけど……なんか声が近くないか?」


『そら同じベッドで寝てるんやから当然やろ?』


「べっベッドって……お前、その男同じベッドで寝てるんか?」


「そうやけど……それがどないしたん?」


 美鈴の声には動揺が全くなく、冷静そのものやった。


「おっお前……なんで男と同じベッドで寝てんねん!!」


『アハハハ!! 何言うてんの? 男と女が同じベッドで寝る理由なんて1つしかないやろ?』


 美鈴は談笑混じりにそう答えた。

俺は美鈴の思考に追いつけず、頭の中がどんどん真っ白になっていくのを感じた。


「まっまさか……お前ら……じゃあお前らが今いる所って……」


『ラブホテルやけど?』


「お前……その男と寝たんか?」


『そうやけど? なんならヤってた時の動画送ったろか?』


 そういうと美鈴は、ラインで俺に動画を送りつけてきた。

恐る恐る動画を再生すると、そこには美鈴と見知らぬ男がベッドの上で裸になって交わっているのが映ってた。

しかも交わってる際、美鈴は「旦那よりたくましい!」、「結婚相手間違えたわ!」と俺に対する罵倒を甘美な声で叫んでいた。


「おっお前……」


 俺はようやく理解した……美鈴は不倫してると。

だけど美鈴がどうして自分から不倫を暴露したのかがわからんかった。


『ほんなら、私は彼とお楽しみの続きするから、笑騎は先に寝ててええで?』


 それだけ言って美鈴は電話を切った。

俺はあまりのショックに放心し、リビングのソファに腰を掛けた。

手に持っていたスマホの待ち受けには、初デートの記念に取った俺と美鈴が映っていた。

まぶしいくらいに輝く2人の笑顔が、今日だけは曇って見えた。

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