恥じらう彼女のお願いとは

『でさでさ、隣のクラスの占部ちゃんとこないだ――』



 ……まだ20分しか経ってないのかぁ。


 体感と実際の時間経過のずれに僅かばかりの疲労感を覚えつつ、俺は寝返りを打つ。


 スマホの受話口から聞こえてくる舞花の弾んだ声が、どうしてか今日は頭に入ってこない。やたら時計にばかり目がいってしまう。



『――その時占部ちゃんがさー』


「あ、ごめん舞花。その話、長くなりそ?」


『ううん、そこまで長くはないけど……どうしたの? この後なにかあるの?』


「なにかあるってわけじゃないんだけど……まだお風呂入ってなくてさ」


『そだったんだね! ごめん付き合わせちゃって』


「いいよ、気にしないで。それじゃまた明日」


『うん、また明日! 大好きだよ♡ 治親!』


「俺もだいす――」


「――ハルく~んッ! 今だいじょーぶ?」


「にょわえッ⁉」



 驚きのあまり俺は変な声を上げながらベッドから飛び起きた。


 ノックなしで部屋に入ってきたのは未希ちゃんだった。



「あ、ごめんごめん電話中だったのね。失礼しました~」


「ま、待って未希ちゃん! すぐ終わるから!」



 口をついて出たのは引き留めの言葉だった。


 それを聞いた未希ちゃんは了解しましたとでも言うように敬礼する。



『ちょ、ちょっと治親ッ⁉ いいいいま女の人の声がした気がするんですけどッ! しかも若いッ!』



 受話口から流れてくる舞花の焦った声は更に続く。



『ままままさか――浮気ッ⁉ 浮気相手を家に連れ込んでるのッ⁉ 家に連れ込んでる状況であたしと電話してたのッ⁉ それってアリバイ工作かなにかッ⁉』


「違う違うそんなんじゃないって! ちょうど今、家に従姉が来てるんだよ……それでその、色々立て込んでるというか――――とにかくそういうことだから! じゃ」


『そういうことって、ちょっと待って――』



 俺は舞花の言葉を最後まで聞かず一方的に通話を切った。



「……もう、声出しても大丈夫?」


「あ、う、うん」



 遠慮気味に訊いてきた未希ちゃんに俺は頷いて返した。



「ほんとごめんね! 電話中にお邪魔しちゃって」



 俺の傍まできた未希ちゃんは、申し訳なさそうな笑みを浮かべながらベッドに座った。その瞬間、鼻腔をとろかす香りがほわっと周囲に広がり、またしても俺の心臓が騒がしくなる。


 その事を未希ちゃんに悟られないよう、平静にすがりつく。



「別に、いいけど……ノックぐらいしてよ」


「うん、今度からそうする……ところで、さっきの電話の相手は彼女さん?」


「えッ? あ、いや……た、ただの、友達」



 彼女だと、言えなかった。



「ふぅん、そっか。ハルくんさ……私がここでお世話になる事、知らなかった?」



 俺が「……うん」とだけ返すと、未希ちゃんはやっぱりと微笑んだ。



「だよね、そんな感じした。いつまでいるかはまだわからないけど、なるべく早く出て行くから安心して。それまで色々と迷惑かけちゃうかもだけど、大目に見てね」


「め、迷惑とか、気にしなくていいから……全然」


「ありがと。それじゃ、図々しいかもだけど……早速お願いしてもいい?」


「なに?」



 そう俺が聞き返すと、未希ちゃんは俯き加減で膝に手を置いた。その横顔からは恥じらいのようなものが窺がえる。



「実はその、メンタル的に一人だと辛いと言いますか、寂しさで潰れちゃいそうと言いますか、誰かと一緒にいたくて…………年下のハルくんにこんなお願いするのもなんなんだけど……その、さ…………」



 そこで一拍間を置いた未希ちゃんは、再び顔をこっちに向け、遠慮するように小さく口を開いた。





「しばらくの間――一緒に寝てくれない、かな」

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