リサイクル置場

永原伊吹(八咫鴉)

或る冬の日に エピローグ・1

 10メートル先すら見えない程の激しい吹雪の雪原に、一発の銃声が乾いた音を響かせる。

 俺の数メートル前には、銃口から微かに煙が漂う拳銃を構えたユーリスが立っている。

 撃たれた下腹部からは鮮血が飛び散り、次第に鋭い痛みを感じ始め、それと共に足からは力が抜けていき、俺は冷たい雪の上に崩れ落ちる。

 ユーリスは悲壮な表情で、持っていた拳銃をさも汚らわしい物の様に投げ捨て、こちらに駆け寄ってくる。ユーリスにとって、俺に銃弾が当たることは想定外だったらしい。

 俺の傍で跪き、倒れ込んだ俺の頭を抱え上げて、しきりに何かを語りかけてくるが、吹雪と遠のく意識の為に、はっきりと聞き取ることは叶わなかった。

 ユーリスの瞳からは涙が溢れ出し、雫となって俺の顔の上に滴り落ちてくる。痛みを堪えて伸ばした手で、ユーリスの頬を伝う涙を拭う。

(そんな悲しそうな顔するなよ。折角の美人が台無しだ)

 声を出そうと口を動かすが、上手く言葉にならない。もう力の入らなくなった腕を下ろし、ゆっくりと瞼を閉じた。次第に薄れていく意識の中、俺は漠然と自分の死を感じていた。

 こんな場所で死ぬのは些か不本意だが、悪い人生ではなかった。それに、この絶望的な状況で無駄に生き永らえるより、ユーリスに撃たれて死ぬほうが遥かに有意義かもしれない。出会って数ヶ月しか経っていないのに、いつの間にか俺の中でユーリスの存在が大きくなっていた。昔の俺からは想像も出来ない事だ、と心の中で少し自重気味に笑ってみる。

 ユーリスは俺の頭を抱き抱えたまま泣き崩れ、何かを繰り返し呟いているが、俺にはもう何をする力も残っていなかった。俺の頬に宛がわれたユーリスの手の暖かさも、徐々に感じなくなっていった。

 銃弾が撃ち込まれた腹部からは、生暖かい血が止め処なく溢れ出し、雪原を大きく朱に染めて行く。寒さの為か、不思議ともう、痛みは感じなくなっていた。

(ああ、なんだか酷く疲れた…。先に休ませてもらうよ…)


 ユーリスの悲痛な叫び声は誰かに届く事も無く、無情にも吹雪によって掻き消された。

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リサイクル置場 永原伊吹(八咫鴉) @carrioncrow

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