アイツの方が先に好きだったのに
どっちーん
第1話
「頼む!協力してくれ!」
「ああ、わかった」
大学の学食の隅、自販機の前で220円の蕎麦を前にした男が二人。
一人は俺、もう一人は同じ学科の友人の柴田。柴田が頂きますよりも先に両手を合わせ俺を拝んでいる理由は簡単、思い人が出来たがうまくお近づきになれないから協力してくれ、というそれだけのこと。
早く蕎麦が食べたかった俺は仔細を聞くまでもなく了承した。実際の所、正直面倒という気持ちが2割、面白そうが4割、残り4割はこれ青春っぽいなと思ったという割合だ。何も彼女が出来たことない俺に頼むより適任な人物がいるのでは?という気もするが、まぁせっかく頼ってくれたのを無下にもしたくない。
「で、誰?流石に俺の知ってる人なんだよな?」
「ああ、ほらあれだ…その、ユナちゃん…」
「ここで照れんなよキモいな」
そこそこデカい体のくせにやや気の小さい柴田がすこし顔を赤くしながら思い人の正体を告げる。ユナ……ユナ……その名前を耳にして顔が浮かんでこない、誰だっけ。
「わかんないのか?あんなにかわいいのに」
「いや知らんし、可愛かったら全員知ってるみたいな前提はやめろ」
「チェックしてない……だと?」
ネタなのか本気なのかの判断に迷うアホの驚愕はさておき、ユナという子は正直思い当たらない。まぁこいつがかわいいというんだから可愛いんだろうが。
「そんなことはいいんだよ、何をどう協力して欲しいのか言えよ、あと蕎麦伸びるぞ」
「おお、いただきます」
そうだったと勢いよく蕎麦をすすりだす柴田、俺も気を取り直して蕎麦に口をつける。うん、この汁が思いのほか美味いんだよな……蕎麦の麺はスーパーでも売ってるような味なんだが、汁は学食のシェフのおじ様おば様方が作っているらしい。控えめに言って220円でこれが頂けるのはこの大学に通う利点の1~2割は占めるだろう……他のメニューも割と美味い、貧乏学生である俺たちの味方であり、もう一人の母と言ってもいいだろう。特に安くて気に入っているのは100円で腹いっぱい食べれるかき揚げ丼で……
「おい、聞いてるか?」
そばつゆの美味さに思考トリップしていた俺を柴田が呼び戻す。
「悪い、全然聞いてなかった」
「大丈夫かよ、頼むぜマジで……」
そう言いながら柴田は後方斜め後ろを肩越しに親指で指した。
「あっち見てみろよ、ユナちゃんがいる」
「え、どれ?」
「真ん中あたりのグループで一番かわいい子」
「わからん、何色の服?」
その言葉に柴田も体ごと振り向いた。
「薄いピンクでスカートの」
「あーあの子」
言われた方向を見れば確かに柴田のいうような服装の子がいる。学食の机に課題なのか大きめの紙を広げた男と、それを囲むように7人くらいがたむろっている。そのうちの一人が噂のユナちゃんらしい。遠目にみると正直よくわからないが、女の子!という感じの雰囲気はなんとなく感じる。
二人してユナちゃんを見ていると、ふと彼女がこちらに気づいたようでこちらを向き、そして少しだけ微笑んで小さく手を振るとまたグループの会話に戻った。
「気づかれてたな」
「ハァーーーッかわいいッ、天使かよ……Ohプリティプリティ……」
「うわバグった、こわ」
「いやお前見たろ?たまらんやろ?」
確かに可愛い、というのが正直な感想。そしてそれと同時に思うことが一つ
「手ぇ振ってくれたじゃん、もういい感じなんじゃないのか?」
「バカか、お前まさかそんなウヒョー」
「少しは耐えろよ、もう俺いらなくねぇか?」
「いや待て、俺には自信がない、やはり頼みたい」
「お前そんなんで付き合えた後大丈夫なのかよ……」
「その時にはその時の俺が何とかするさ」
ふっ、と笑みを浮かべて箸を置く柴田。お前そういってこの前の課題ギリギリ提出だった上にC評価だったじゃねぇか。
「あっ、やべぇ三限あるわ」
「は?三A?」
「そう、続きは後でLIINするわ」
「はいはい、じゃあな」
三限は学食が混雑することを防ぐためにA時間とB時間がある。A時間開始から45分ほどでB時間の講義が開始され、A時間終了後は四限までの間に55分の空きができる。A時間の講義を取っている奴は遅れて昼を取る、というような形だ。
たまたま学食に入るときに柴田に捕まり、急な話で悪いんだが……というのがつい先ほどのことだ。なんか俺に声かけたのも思いつきでたまたまなんじゃないか説が出てきたな。
柴田からの連絡が来るまでの間に、予想できるところはしてしまおう。まず柴田はあのユナちゃんが好き、協力の中身は付き合うまでまでのサポート、サポートってなんだ……?仲を取り持つも何もユナちゃんと俺は面識がない(多分)、ってことは俺もユナちゃんとある程度仲良くなった上で、柴田をおススメしないといけない。
柴田をおススメか……あいつの良い所ってなんだろうな……アホなんだよな、良くも悪くも正直……嘘がつけないタイプ、うーん、押しが弱い。金を持ってるわけでは無いし……車もない、なんか夏休みに免許取るとか言ってたしな。うーん……
「こんにちは」
「はい?」
思案にふける俺のすぐ近くで声がした。俺に向けられたような気がしたので反射的に顔を上げると、そこにはユナがいた。
「あ、はい。こんにちは」
ちょっと笑顔、やや疑問混じり。そんな表情でこちらを見るユナ。なるほど柴田の言うように可愛い。春色という感じのピンクのシャツ、赤いチェックのラインが入った紺色のスカート。センス良し、これは柴田なら落ちるわ。
「えっと、何か?」
何を言おうか……みたいな表情で戸惑うユナに声をかけると、少しだけ悩むそぶりを見せて口を開いた。
「や、むしろ何か用事あるのかなって思って、さっきこっち見てた……よね?勘違い?」
「あ、あーー。ごめんね。確かに見てたけど特に用事があるってわけじゃないんだ」
「え、じゃなんで見てたの?」
「いや、さっきまでここにいた奴が、凄いかわいい子がいるから見てみろって言ってて」
「ふぅん……?」
ちょっと口角があがった笑みを見せつつも手に持ったクリアファイルで口元を覆ってしまい、どんな表情をしているか見えづらくなってしまったもののどことなく嬉しそうではある。
「で、君は?」
「ん?俺?」
「可愛いと思いましたか?思いませんでしたか?」
おお、なんかすごい直球で攻めてくるなと慄いてしまうが、なるべく平静を装ってなんとか答える。
「可愛いと思いました」
「へへ、ありがと」
はにかみ笑いがかわいい。なるほどこれは柴田じゃ耐えられない。
「ちなみにもう一人っていうのが……」
「あ、えーとあれだよね。ほら……誰だっけ、えーと……」
すまん柴田、全然いい感じじゃないわ。お前の印象薄いぞ
「柴田って言って、建築科の一年」
「あーそうそう、柴田くん。思い出しました」
「その柴田がカワイイぞって言って見ちゃったんだ、悪いねなんも用事ないのに声までかけてもらっちゃって」
「あ、私こそごめんね。ビックリしたよね」
いやいやそんな、とお互い軽い謝罪を交わしつつ時計を見ると自分も三Bの講義に向かったほうがよさそうな時間になっていた。
「あ、三B?わたしも行かないと」
「そう、どこ棟?」
「わたしは3階かな、えーと……」
そっちは?と聞こうとしたところで名前を知らない事に気づいたのだろう、何と呼べば?と目がうったえていた。
「ごめん、俺は
「り、りんご?可愛い……名前だね?」
「よく言われるよ、まぁ好きに呼んでくれていいから」
「あはは……よろしくね。私は
じゃあまたね、と軽く手を振って小走りに去っていくユナを見ながら、自分も三Bに向けて移動を開始する。
思いがけず縁が出来て良かったものの、あの感じだと人気もあるだろうし、柴田の印象は薄いしでなかなかハードルの高いお願いだな……そう考えながら外に出た。もうすぐ梅雨がやってくる、今日はいい天気だ。
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