叫んで五月雨、金の雨。

@chauchau

幸せの定義を他が決めるべきことではない


「何してますん?」


 恋の季節は命懸けだ。

 寝る間も惜しんで一心不乱に相手を探さなければならない。誰かに言われたわけでもなく、教えられたわけでもなく、僕たちはそうやって命を繋いできた。親から子へと連綿と繋がる命のバトンを僕も次の世代へと渡す義務がある。


 だから、ライバルでもある他の男を気に掛けるなんて、僕もまた馬鹿であることは分かっているのだが、それを差し引いても声をかけずにはいられなかった。


「見て分からないか、若造」


「分かれば声をかけてませんて」


「なるほど、道理」


 周りではライバルたちが必死に女性へアピールを続けている。離れたところで彼女たちは僕たち男を値踏みしている。自身が遺伝子を残すべき価値のある男が居るのかと。

 いまはまだアピールタイムだ。それでも気の早い若い女性がすでに目を付けた男に近づいているところを見てしまっては焦る気持ちが高まっていく。


「あぶれてしまいまっせ」


「値踏みするはこちらとて同じこと。価値ある相手以外と子を残すことに何の意味があらんや」


「せめてこっちを見て話してくれませんかね」


「無礼は許せ。そもはそちらが勝手に声をかけてきただけのこと。私には優先すべきことがある」


「その妙ちくりんな踊りが優先すべきことですかいな」


 食事を探しているのならばまだ分かる。明日の未来しそんよりも今日の現在じぶんだ。

 だが、なぜ踊るのだ。

 女性の目を引くためだとすれば成功して失敗している。誰もが、それこそ男ですら彼に目をやり、すぐさま目をそらしている。


「何が必要かは自身で決めるべきことだ。他の意見に左右されることではない」


「ほんなら別の場所でやるとか如何でっしゃろ。そのほうがみんなが喜びますけんども」


「この場所でなければ意味がない」


「意味とは?」


「彼女はこの道を通る。それだけのことよ」


 全てが払しょくされたわけではないが、幾分と不安が軽くなる。

 とどのつまりはこの男もまた恋の犠牲者であるだけだ。愛する女性に必死にアピールしている男をどうして笑えようか。たとえその方法が奇抜すぎて見てられないほど無様であろうとも、だ。


「みんなと方法合わせたほうがええかと」


「彼女は雨の降る朝と夕にしか現れない。まずは雨だ。雨が降らねば始まらない」


 まさかとは思った。

 それでも会話を拾えば、彼は雨を呼べるのか。あの踊りで雨を呼ぶことが出来るというのか。本当だとすれば世界が変わる。


 本当だとすればの話だが。


「本当に振らせられるんですかい」


「無理だ」


「少しは期待を持たせる努力をしてくださいって」


「私は一言でも振らせられるなんて言っていない」


「会話には流れがありますやん」


「無理だから願うのだ。出来ぬからと何もしないでは世界は変わらない」


「踊っても世界は変わりませんて」


「かもしれない」


 それでも彼は踊っている。

 大きな岩の上で、一等目立つ場所で狂うように踊る。ようにが外れるのも時間の問題だ。


「かもしれないが」


「……あ」


「願うからこそ世界は変わるのだ」


 雨だ。

 一粒。一粒。一粒と。


 大粒の水滴が、ぽつぽつと、やがてザーザーと。

 恵みの雨が降る。


 彼の功績ではない。

 踊っただけで世界は変わらない。願っただけで世界は変えられない。


 分かっていても、


「良かったですね」


「お互いにな」


 大地を潤す雨に、周囲から歓喜の声があがる。

 アピールタイムも佳境に突入していく。これはもう、僕もうかうかしていられない。


「僕、行きますけど。そちらも頑張ってください」


「勿論だとも君も良い女性と……むっっ!! か、彼女だ!! 彼女がやってきた!!」


「おお、良かったですやん。それでどんな女性…………え?」


「見るがいい! 彼女ほど雄大な女性がどこにいる!! ああ、今日こそ! 今日こそ私は彼女にこの想いを伝えるのだ!!」


「雄大……それはまあ、間違ってはらへんけど、いや、あの、あれは」


「あぁぁぁぁいぃらぁぶぅぅゆおぉぅぅううううううう!!」


「えええええぇぇ……」


 ※※※


「ママー! カエルさんが飛んできたぁ!!」


「あら、本当……。珍しいこともあるのね」


「きっとカエルさんのカッパ着ているから仲間と思ったんだよ!」


「それはどうかしら……。どうする? 連れて帰ってあげるの?」


「うん! カエルさん、げこげっこぉ♪」


 ――ゲコゲコ♪

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